EX.生徒会長、長井和久の転落日誌。後
九十五日目、午後五時九分。
夕方頃、四人組が学校に向かって歩いてくると監視から連絡があった。
僕はすぐにかろうじて残っている第二校舎の屋上に登り、望遠鏡で確認する。
先頭にいる一人は、もう夏だというのにライダージャケットを着て、フルフェイスヘルメットを被っていた。体格からみて男だということしか分からない。腰のベルトに金槌と、ナイフを装備している。
その隣にいる女は、男と似たような半袖のレザージャケットを着ている。金髪だが頭頂部だけ地毛の、いわゆるプリン頭が特徴的だ。武器が見当たらない。スキル持ちだろうか?
その後ろを歩いているのは、普通の格好だが、前の二人よりも年齢が少し上の女性に見える。
自身の身長と同程度の棒を杖代わりにして持っている。
さらにその後ろ。最後尾の人物は、前の女性が背負っているバックパックの陰に隠れて顔が見えない。スカートの様なものが見えたので、おそらく女性だろう。
全員、空腹で血色が悪い僕らとは違って、実に健康的な顔をしている。
その時、先頭の女が自分のリュックから小さな袋を取り出し、中に入っているピーナッツを食べ始めた。
隣の男が注意している様に見えるが、止める素振りは見せない。
間食をさせられる程に食糧に困っていないという事か。
一方で僕らは、もう何日も、まともな食事が出来ていない。
水分だって、スキル持ちがいなくなってしまったので、雨の日に必死にかき集めている。そしてそれももう尽きかけている。
そんな、どうしようもなく追い詰められていた僕は、最悪の判断を下してしまった。
襲撃。
相手はたったの四人。対して僕らは、ヤツに大半の戦闘員を殺されてしまったが、まだ九人、まだ不調気味な山田を含めれば十人だ。
それに相手から学校に入ってくる。地の利は圧倒的にこちらにあった。
今回は楽勝だと。そう、思っていた。
彼らは壊された外壁から侵入せず、わざわざ校門の前で立ち止まって、全員で両手を挙げる様子を屋上から見ていた。
相手は誰か居ることを予測して、無抵抗をアピールしているのだろう。ここで僕が直接会いに行けば交渉次第で食糧を入手できるかもしれない。
だが、もしかしたら十分な量は手に入らないかもしれない。
それに、これまで何度も略奪を行ってきたせいで、交渉という選択肢を無意識のうちに消していたというのもあったのかもしれない。
そうこう考えているうちに、相手は無人だと判断した様で、校門を乗り越えて中に入ってきた。
もう後には退けない。僕は奇襲の合図を出した。
「ゲホッ、こ、こんなはずじゃ……」
奇襲は完璧に成功したはずだった。
僕の奇襲の合図――複数人による屋上からの落石を、先頭の男はまるで予知していたかの様に回避した、次の瞬間。
パッッッァァン!
耳をつんざくような破裂音が盛大に鳴り響く。
「ぅぅぅぁ……」
呻き声が聞こえ、振り向くと一秒前まで隣にいたはずの和泉が、倒れて腹を抑えている。
下を見ると、最後尾にいた女が、いつの間にか拳銃を構えていた。彼女の顔、どこかで見た気が。
パッッッァァン!
もう一発。慌てて隠れようとしたが、当然音速に近い速度で飛翔する弾丸を避けられるはずもない。
僕の左手に命中した弾は、僕の中指から小指を吹き飛ばし、僕は痛みのあまり思わず前のめりに足が動いてしまう。
落石のために出来るだけ端に立っていたために、もう一歩進めるほどの足場はなく、僕は屋上から真っ逆さまに落ちてしまった。
この時僕は、ああ、死んだな。
と、自分が死ぬ事を自覚した。
だが、死神は僕をそう簡単には殺してくれなかった。
なんと、偶然にも落下した場所には木が生えており、枝が落下の衝撃を和らげた。
更に体を少し横へと弾き、その先には放置され伸び放題の生垣があった。
そのおかげで全身に枝が突き刺さったが、辛うじて生き残った。
身体中が痛くて動けない。
なんとか状況を把握しようと、無理やり首を動かして辺りを見回す。
戦況は最悪だった。
合図に従って飛び出した仲間たちだったが、それも効果が無かったらしい。
棒を巧みに扱い、距離を取りつつも四人と互角以上に戦う女性。
身体強化のスキルを持った男相手に背負い投げを決め、掴んだ腕をへし折る女。その周りには既に三人が倒れていた。
そしてヘルメットの男。男は金槌を握りしめ、山田と対峙していた。
山田は僕らの中でも一番の戦闘経験があり、そして身体強化の上昇率もトップだった。
ヤツとの戦いで左腕を折られてしまったが、それでも人間とのタイマンでの戦闘で山田が負ける筈がない。
山田自身もそれを自負しており、彼は男に向かって正面から突っ込んだ。
スキル持ちの中でも特に多い身体強化系だが、その上昇率には個人差があり、平均値は一・五から二倍に届かない程度。
対して山田は興奮状態のゾンビと同等――つまりは常人の三倍近くの力を発揮できるのだ。
そんな速度で全力で突っ込まれた場合、回避もカウンターも不可能。防御しか選択肢はない。
しかし男は身を守る構えすら見せず、とても自然な動作でポケットから何かを取り出して、それを山田に向けた。
「ッ――痛ぇぇ!」
突然山田は足が止まり、目を押さえて蹲った。
「強化系の弱点を知ってるか?」
男は山田の方へ歩きながらそんな事を問いかけ、そしていまだ目を押さえている山田の前に屈んだ。
「強化系、それもお前みたいな単純な筋力増加型は反射神経や、粘膜、内臓までは強化されないんだ。
コレって内臓に結構な負担が掛かりそうなもんだけど、そこの所どう思うよ? なぁ、山田」
男はポケットから取り出した物、催涙スプレーを山田に見せつける。
「グッ、お前、は……」
「朝倉くん、こっちは片付いたわ」
「アタシの方はとっくに終わってるぜ、ナオ」
気が付けば周りの戦いは終わり、立っているのはやって来た四人組だけだった。
ヘルメットを脱いだ男――朝倉直希は、彼女達に合図を送り、立ち上がって僕の方へ歩いてくる。
「お久しぶりです、長井会長」
横から声を掛けられ、振り返ると、そこには赤縁の眼鏡を掛け、少し破けてはいるが、ここ全安高校の制服を着ている女性――比嘉千春がいた。
僕は返事をしようと口を開こうとしたが、うまく声が出ない。視界がぼやける。
急に思考にまとまりが付かなくなり、瞼がゆっくりと落ちていった。
筆が乗ったんでもう一話だけ続くんじゃよ




