EX.生徒会長、長井和久の転落日誌。中
注意:地震の描写があります。
五十一日目。
何が起きたのか今でも理解出来ない自分がいる。
頭を打ってしまって少し意識が混濁しているけど、とにかく今日起きた事を書き記そう。
ここ数日雨続きで、僕らは校舎から出ずに過ごしていた。
確か、この日は大人数で第二校舎や体育館の清掃をしていて、その休憩中に二年に誘われて、三階の教室で昼食を食べている途中だったはずだ。
そんな時、突然地面が揺れた。初めて体験する位大きな地震だった。
避難訓練を思い出し、僕は冷静に机の下に隠れる様に指示を出す。
当然、地震を想定した緊急避難はみんな手慣れたもので、全員即座に机の下に身体を隠した。
アトラクションを楽しむかの様な女子生徒の悲鳴や、机の上の物が落ちる音の中で、一際大きな叫び声が聞こえた。
一分ほどで揺れが収まり、叫び声の主を探すと、生徒の一人が背中を庇う様にのたうち回って泣き叫んでいた。
そばには給湯器が倒れ、溢れたお湯からは大量の湯気が出ていた。
その後ろの席の生徒の証言によると、身体が隠れきれておらず、落下した給湯器の熱湯をモロに被ったらしい。
僕は周りの生徒に患部を冷やす様指示して、保健委員の生徒と一緒に薬を取りに一階の保健室へ向かおうとした。
その時、一人の生徒が僕を引き止めて壁を指さした。
壁にはX型に亀裂が入っていた。
その時僕は急いでいた。彼の火傷はかなり広範囲ですぐに治療しないといけない。
そして、後遺症を出来る限り少なくすることが出来れば、冷静な処置が出来たとして、僕の評価は益々上がる事だろう。
それにこの学校は防災面にかなり力を入れており、最新の耐震基準を満たしていると入学時にパンフレットで読んだことがあった。
ちょっとした亀裂程度、大した問題ではない。
その事を手早く生徒に伝えて安心させる。引き止めてきた生徒は少し不安げな表情だったが、納得した様で火傷した生徒の応急処置に向かった。
五分ほどで薬が見つかり、保健室を出ようとした所で余震が起きた。
僕はあまりの揺れに立っていられず転んでしまう。起きあがろうとした所で意識が途切れた。
次に目が覚めたとき、僕は瓦礫の上で山田に揺さぶられていた。
ボヤけた視界で後ろを振り返ると、僕が居た保健室ではなく、反対側にあるはずの第二校舎の壁が見えた。
さっきまで生徒と談笑していた教室も、たくさんの食糧が置いてあった職員室も、さっきまでいた保健室も、全部、瓦礫に埋まって見えなくなっていた。
死者三十一名。重軽傷二十二名。
寝泊まりしていた校舎が崩れたのに、これだけの数で済んだのはとても幸運だった。
いや、最大の幸運は倒壊に巻き込まれたのに倒れていたおかげで、上手く瓦礫の隙間に入ってほとんど無傷で生き残れた僕だ。
すぐ隣にいた生徒が瓦礫の下敷きになってまともな状態でないのを見て、そう思った。
あの時僕が亀裂を指摘した生徒の話を聞いておけば良かったのか?
いや、あの時は急いでたし、まさか校舎が倒壊するなんて誰も予想していなかった。アイツだって最後は納得して応急処置に向かっていったし僕は間違っていないはずだ。
僕は間違っていない。間違っていない。間違っていない。
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五十三日目。
瓦礫の中から犠牲者や無事な食糧を探しているが状況は芳しくない。
身体強化系のスキル持ちを中心に働いているが、見つかった食糧も大半は潰れてしまっていた。
それに瓦礫に巻き込まれた遺体を見た生徒は、体調を崩してその日はもう使えない。効率は落ちるばかりだった。
百名近くを食べさせるためには、校内だけでなく、外にも目を向ける必要がありそうだ。
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五十五日目。
もう二ヶ月近くも経つのに未だ救助は来ない。
食糧を探しに探索隊を派遣したが、何の成果も得られないどころか一人が死に二人が負傷してしまった。
どうやらコンビニやスーパーに向かったがインスタント麺一つ見つからず、その帰りに複数人の男達に奇襲されて逃げ帰ってきたらしい。
ここは本当に日本なのか?
ゾンビが現れてからしばらく経つが、もう集団で略奪を行うなどと想像出来なかった。
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五十六日目。
まだ救助は来ない。
死んだ生徒の仇を取ると言う建前を作り、山田や強力なスキル持ちを狩りに出した。
その結果、簡単に昨日の略奪者を捕らえる事が出来た。僕の力で奴らから略奪の技術を聞き出し、仲間に加えることが出来た。
食い扶持は増えるが、戦闘要員を上手く利用すればそれ以上の食糧が手に入るはずだ。
全員に意見を聞いたが異論は無いらしい。
今更他人の命がなんだというんだ。
僕は正しい。僕が正義なんだから。
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五十七日目。
まだ救助は来ない。
近隣の民家に押し入り略奪する作戦は上手くいった。
取り返そうと校内に侵入した人を火炎放射のスキルで容赦なく焼き殺したのが効いたのか。最初の数人以降、誰も抵抗はしなかった。
やはり校門前にスキル持ちを配置した僕の采配が良かったらしい。
これから定期的にやっていこう。
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七十九日目。
まだ救助は来ない。
近隣住民の同盟との戦いが始まってから五日が経過した。
一体どうしてこうなった。
それは自分でも分かっている。あまりにたくさんの家から食糧を奪い過ぎた。
それも中途半端に殺さずに物だけを奪ったせいで住民達を団結させてしまったんだ。
その結果がコレだ。今じゃ常に敵の侵入に怯える毎日。
やはり和平交渉を持ちかけてきた爺さんを殺したのが不味かったか。
なんで誰も止めてくれなかったんだろうか?
そのせいで奇襲されて命を落とす生徒だって出ているのだが…それでも僕は悪くない。
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八十二日目。
まだ救助は来ない。
なんなんだあの化け物は!
あんなに簡単に学校の外壁を壊すだなんて、コレは現実なのか?
ここ数日学校の周りを僕たちが出てくるのを待ってるかの様に延々とうろうろとしている。
もうずっと体育館から出られていない。
大半の戦闘員は奴に、片目の悪魔に殺されてしまった……。
恐怖で自分でも何を書いてるのか分からなくなってきた。
何がいけなかったんだ? どこで間違えた。
撤退の進言を無視して突撃させた事か? それとも夜にこっそりと逃げてきた近隣住民を救わなかった事か?
山田の腕が綺麗に治ると良いが……
死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。
(ここからしばらくの間、恐怖を綴った記録のみが書かれる)
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九十四日目。
まだ救助は来ない。
近隣住民を皆殺しにした後、いつの間にかヤツは居なくなっていた。どこにいったかは誰にも分からない。
今はただ、外の空気を吸えることに感謝しないと。
奴との戦い、それに致命的な食糧不足によって気がつけば僕の国民は三十人にまで減少していた。
それでも同士討ちで全滅せずに体育館の中で隠れられたのは、僕のスキルの力が大きかった。
生き残っている大人たちを罠に嵌め、共通の敵とすることで残りの数十人の団結力を高められた。
最終的には大人たちを殺す事になってしまったが。
もっと良い方法があったかもしれないが、今はもう分からない。僕以外誰も意見を出そうとしないからだ。
認めたくないが、国を治めるには命令に忠実な家臣だけでなく、時に王と反対の意見を言うような参謀が必要だったとようやく理解した。
後悔先に立たずとはまさにこの事。
あの日、彼の話を聞いて校舎から避難すれば良かった。
あの日、略奪を止めてくれる様な人を残していれば良かった。
あの日、和平交渉を受けていれば良かった。
あの日、ヤツから逃げ延びた住民を助けて話を聞いておけば良かった。
あの日、朝倉達を追放しなければよかった。
本編の方で記載するので、備考は省略します。




