15.プレッパー・サバイバー
校長の証言によって内海さん殺害の容疑者になってしまった私は、会長に命令されて朝倉さんの隣に座らされました。
「さてみんな、残念な事に避難生活が始まって初めての犠牲者が出てしまった。
そしてあろう事かゾンビではなく、僕らの仲間だった朝倉君と比嘉君が、その加害者だった」
「おいおい、比嘉さんは外出したって証言だけで、内海の件には繋がらないだろ」
気が付けば殺人の共犯者という事になっていた私を庇って、朝倉さんは反論してくれます。しかし……
――おいおい、庇うとかやっぱり出来てんじゃね?
――前から怪しいと思ってたけどこりゃ確定だろ。
いくら反論しようが、既に固められた認識を変える事は叶いません。
「……確かに今回の事件と繋がっているという証拠はない。だが、繋がっていないという証拠は出せるのかい」
「は?」
「証拠が出せない以上、以前から不審な行動をとっていたキミたち二人が容疑者となるのはおかしくないだろう?」
数瞬、朝倉さんはポカンとした表情を見せます。
「……いやいや長井、その理屈はどう考えても通らないだろ。お前らも流石に――」
あまりにおかしい会長の言葉に、彼は周囲へ援護を求めますが、返ってきたのは予想もしない言葉でした。
――確かにちょっとおかし――会長が言う通り、コイツら二人がどう考えても怪しい! そうに決まってる。
――そうだそうだ!
――うーん、たしかに間違ってないな。コイツらが怪しいと思う。
え? いや、何を言っているんですか?
周りにいる人たちはみんな、長井会長が何も間違ったことを言っていないと信じている様な声を上げています。
一瞬、私の方がおかしいのではと思いかけましたが、どう考えなおしてもおかしいのは私以外です。
一方で朝倉さんは逆に納得がいった様な表情を見せ、大きくため息をついていました。
「君たち以外は納得がいっている様だけど、まだ異論はあるかい?」
私はこの間に思い付いた反証十個を、全て説明しようと立ち上がろうとしますが、朝倉さんが表情で制止する様に訴えかけてきます。
かわりに咳払いをして、彼は口を開きます。
「本当にいいのか?」
「ん? 何がだい」
「俺は人よりも遥かにサバイバル知識を持っている。奴らとの戦いも……まぁ無能力者の中ではそこそこ出来る方だ。本当にいいのか?」
彼の言葉に会長は疑問そうな顔を浮かべます。
「今更命乞いかい? 残念ながら僕は公平な生徒会長を目指しているんだ。そんな言葉には乗らないよ」
「……そうか、なら異論はない。
それに白状しよう。俺たち二人が犯人だ」
「ちょ、朝倉さん!?」
突然の自白に思わず声が出ます。というか二人って――
「ふむ、意外だね。さっきとは逆に罪を認めるのかい?」
「ああ、命乞いも通じない上、ここまで完璧な理屈を出されたんじゃもう誤魔化しようがない。
比嘉さんゴメン、俺もう隠しきれないよ」
彼はそう言いながら、私の目をじっと見つめて何かを訴えかけてきます。
何となく、“何も喋らないで”という合図だと感じたので、とても不安ですが私は何も言わずにコクリと小さく頷きます。
「そうか、なら判決の方に移ろうか……」
私たちの処遇は投票によって、学校からの追放という事になりました。
二人とも一日分の食糧のみを渡され、校門前に連れてこられました。
「さて、もう一度言うがこの校門を出た瞬間、君たちには二度とこの敷地に入ることを許さない。もし侵入した瞬間、僕たちは君らを敵として攻撃する。いいね」
「危険な外に出るんだから、せめてロッカーに置いてる私物と武器くらい餞別にくれてもいいんじゃないか?」
「悪いけどこれは追放だ。君たちのために学校の備品を減らすわけにはいかない。私物も同様だ」
「はいはい分かったよ」
朝倉さんは、緊張と恐怖で顔が引き攣っている私とは逆に、まるで安堵しているかの様な顔を浮かべて後ろにいる会長に話しかけています。
「無駄話はここまでだ。開門を!」
会長は話を遮り、生徒会に校門を開ける様指示します。
万が一に備え、壁の低い校門周りのゾンビは一掃されているので、開閉音には気を使わずにガラガラと門を開きます。
「じゃあな会長。精々お前以外が長生きすることを願ってるよ。
さ、行こう比嘉さん」
会長の返事を聞かずに、朝倉さんは私の手を引いて学校を出て行きました。
――――――――――――――――――――
午後一時 桂琴南公園。
「ここまでくれば流石に監視もされないかな」
俺たちは五分ほど歩き、ようやく学校が見えなくなる距離まで移動出来た。
なるべく人通りが少なかったルートを選んだおかげか、ここまでゾンビを見かけていない。
今は休憩も兼ねて、付近にあった小さな公園のベンチに腰掛けている。
比嘉さんは学校を出てからずっと不安げな顔を浮かべていた。
「ラムネあるけど食べる?」
俺はポケットに隠し持っていた、ラムネ瓶の様な見た目の容器に入ったラムネ菓子を取り出すと、封を切って中の錠剤型の菓子を取り出す。
私物は没収されたが、ポケットに入れている物まで没収される前に逃げ出せてよかった。
それに万が一やつらに本を見られていたら間違いなく奪われていただろう。
それをいくつか比嘉さんの手に置くと、彼女は小さく笑って一粒ずつ丁寧に食べ始めた。
少し空気が和んだので、さっそく本題を切り出す。
「ゴメン比嘉さん、俺のせいで巻き込んでしまった。
でも、なんであの時会長に反論したんだ? 自分も標的になるか――」
「はい、分かっていました。それでも、それでも放って置けなかったんです」
以前忠告した事もあり、彼女は薄々何かがおかしい事に気づいていたらしい。下手すると自分も容疑者になってしまうかもしれない事だって。
それでも、俺たちが出会った日の様に、彼女は自分の意思を曲げたくはなかったのだろう。
「ですが、あんな理屈を全員が信じたのでしょうか? それに内海さんをこ、殺した濡れ衣を貴方に?」
確かに彼女の言う通り、“やった証拠がないが、やってない証拠もない。だからやった”
などという理屈が通るのは、精々保育園までだ。小学生でもおかしい事に気付くだろう。
当然俺らが暮らしているのは高校で、よほどの馬鹿相手でも通すのは不可能なはず。
だが、一つだけ方法がある。
不可能を可能にする、非現実的な技術。
「それはきっとスキルを使ったからだ」
「そんなスキルがあるんですか?」
「確証は無いけど俺が調べた限り、スキル持ちは全員自分の得意な事に近い能力を得たみたいなんだ。
アイツは得意の話術を使って、一年の頃から生徒会長をやっていたらしい。
それで思考誘導能力のようなものを獲得したのかもしれない」
「では、なぜ朝倉さんにスキルを使わなかったんですか? もっと簡単に濡れ衣を着せる事だって出来たはずです」
「それは分からない。でも、なんらかの理由で俺にスキルが使えなかった。だから不穏分子を排除する為に罠にハメたと考えると、一応筋は通る」
そういえば比嘉さんもアイツに同調していなかったな。なにか思考誘導の条件があったのかもしれない。
俺が初めて長井を見たのは一年の頃、全校集会でいつもの様に演説をしていた時だ。
当時から“あのタイプ”の人間は胡散臭いとは思っていたが、まさか殺人まで犯すとは。
アイツは避難生活が始まっても大人である教師がリーダーにならない様、積極的に発言し、なんなら教師の信用を落とす様な言動をとっていた。
六日目の茶番だって、俺が乱入するまで自身がリーダーに相応しいと示す様な立ち居振る舞いをしていた。
“典型的な独裁者”と確信した俺は、このまま支配されるのは危険と判断し、全員の自主性を促そうと勝手に食糧を回収したり、裏で色々と動いていたが、流石にスキルの存在までは予測出来なかった。
次はもっと警戒しなくては。
俺は上記の事を説明しながら、胸ポケットから取り出した手帳にメモを取る。
「なるほど、それなら私が反論した途端に容疑者にされたのも納得がいきますね」
俺の説明でパズルのピースがハマったのか、彼女はうんうんと頷いていたが、少しすると考え込み始め、とうとう俺に一つの疑問をぶつけてきた。
「あの、長井会長が悪い事を企んでいたのをすぐに察したのもそうですが、救助が一ヶ月は来ないのを知っていたり、初日からゾンビの検証を行ったりと、何故そこまで行動ができるんですか?」
今更だが、当然な疑問だ。
俺は少し迷ったが、彼女に一冊の本を手渡す。
文庫本サイズで、使い込まれ、所々縒れたり折れ曲がったりしている。
背表紙には『落ち着きましょう』と大きく描かれている。
「プレッパー・サバイバー?」
表紙に書いてあるタイトルを読み上げる比嘉さん。
「百九十ページを開いてみて」
俺に言われるがまま、彼女はページを捲る。
『 《もしもゾンビが発生した場合:概要》
極めて非科学的だが、もしも貴方の目の前にゾンビが現れた場合、最も重要なのはゾンビの能力を即座に判断する事だろう。
まずは貴方がゾンビと言われて最初に想像するであろう、劇場やドラマで良く目にするAパターンだ。
この場合はもっとも安全で、対処しやすいと言えるだろう。
貴方が走れる状態なら、ゾンビとは逆の方向へ全速力で走ろう。屋外ならゴミ箱などがあれば投げつけて怯ませるのも効果的かもしれない。
次に最低限知性の残っているBパターン。
もし対話が可能なら、極力相手を刺激しない様に話しつつ、出来る限り距離を取ろう。
感染要因がよくある物語と同じ噛み付きなら、とにかく噛まれない様にする事が重要である。
万が一、一部の映画やゲームで見られる大型や人間の限界を超えた動きをするCパターンだった場合。
残念ながら単独での生存は非常に困難と言わざるを得ない。
もし仲間がいるのなら僅かだが生存の可能性はある。酷な話だが、仲間を囮にして全速力で逃亡するのだ。
彼(あるいは彼女)が仲間をひき肉に変える間に、何とか視界、感知範囲から離脱するしかない。
どのパターンだとしてもまず優先するのはゾンビと距離を置く事が最優先なのだ。次のページからは各パターンの詳細――――』
「こ、これは一体……」
彼女はページを捲り続ける。
中には“独裁者の行動パターン”や“災害時の救助までの所要時間”など、さまざまな情報が一ページ一ページ詳細に記載されている。
「すごい……あらゆる状況の対策法が書かれています――一体どこでこんな本を……」
「こいつは俺が書いた本だ。まだ途中だけどね」
「朝倉さんがこれを!?」
「ああ、俺はPrepperと呼ばれる、一種のサバイバリストみたいな事をやっているんだ。
俺はあらゆる災害に備えて常に準備してきた。
だからどんな状況でも落ち着いて行動してこれたんだ」
『前もってそれを考えて準備しておけば、どんな時だって安心。』
この言葉を忘れた日は一日たりとも無い。
『行け、お前は絶対に生きるんだ!』
燃え盛る車の中で、父に最期に言われた言葉は今も俺を生かし続けている。
俺は生きる。何があろうと絶対に生き残ってやる。
だが、人は一人だけでは生きていけない。
この地球に生きる以上、必ず他者の力が必要になる時が来る。
だからこそ、本を書いた。
生き抜く意思があり、助け合う事を厭わない人を生き残らせる為に。
生き残る意思の薄い寄生虫や、山田や長井の様なクズには決して渡すわけには行かない。
実際は、どうやって悪人の手に渡らない様にするか思い付いていない上、そもそも本が完成していない状況で災害が起きてしまったが――
まぁ起きてしまった以上は仕方ない。残りは手書きで完成させ、自身で善人かどうか見極めて本を渡す。
全ては、この終わった世界を生き残る為に。
めちゃくちゃ終わりっぽい感じですが普通に続きます。




