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14.もし学級裁判が始まったら

 翌朝。

 目が覚めると知らない天井があった。

 ……いや、知ってる。教室の天井だ。


 校内の清掃が終わり、私たちは全員が寝泊まりするには手狭な体育館から、男女別に各十人の組で教室を使う事になったんでした。


 くだらない事を考えながら起き上がると、部屋に誰もいない事に気付く。

 小さく欠伸をしながら壁掛け時計を見ると、時刻は九時丁度を指していた。

 今日は何の作業もないとはいえ、完全に寝坊だ――。


 もう八時の配給は終わってしまったでしょうか? いや、だとしても多分朝倉さんが確保してくれてるはず。きっと、おそらく……。


 そう思いつつも、比嘉()は大慌てで身だしなみを整えて教室を飛び出したのでした。



――――――――――――――――――――


 (なんだか避難生活が始まってから遅刻ばかりしてる気がしますね……)


 とはいえ、こんな事態でも廊下を走るのは校則違反なので、駆け足にならない競歩の様に歩く。


 教室を何部屋か通り過ぎるが、どの部屋にも誰もいない。

 皆体育館で食べているのか、それとも何らかの作業をしているのか。


 どちらにせよ人付き合いがあまり得意ではない私は、友達が一人もいない避難生活でほとんど目立った事はしていません。

 きっといなくても大して問題はないはず。


 (って、なんでこんな不真面目な事を考えているのでしょうか……)


 軽い自己嫌悪に悩まされながら歩いていると、ある教室に一つだけ膨らんでいる布団がある事に気付きます。


 ここは確か、朝倉さんの組の教室だったはず。


 まさかとは思いつつも、その教室に入って布団の人物を覗いてみると――


 そこには小さく寝息を立てて眠っている朝倉さんがいました。


 彼が寝坊とは珍しいものを見ました。


「……」


 せっかくなのでしばらくその寝顔をじっと見つめていると、彼はようやく起きたのか目をゆっくり開きます。


「…………っ! 比嘉、さん!?」


「ふふっ、おはようございます」


 普段はすごく冷静なのに、寝起きの私の顔を見てとても動揺していますね。

 そんな表情に少し笑いが込み上げてきます。


「あ、ああ、おはよう……比嘉さん、今は何時?」


「もう九時ですよ、お寝坊とは珍しいですね」


「そんな時間までずっと寝てたのか……そんなに疲れてたのか?

 まぁいいや、とりあえず顔が近いからどいてくれないかな」


 気がつけばお互いの顔が触れ合いそうな程に近付いていた事に気が付きました。


 途端に自分がしている事が恥ずかしくなり、急いで距離を取る。顔が熱くなるのが分かる。


「と、とにかく一回体育館に行きましょう! きっと何かやってるはずです」


 ここまでの経緯を話しながら体育館に着くまでの間、彼の顔を見る事が出来ませんでした……




――――――――――――――――――――



 何とか体育館にたどり着き、既にバリケードは撤去されているので正面玄関から館内に入ると――


 ――ゴフッ!


「ガッ――ァ」

 突然お腹を思い切り殴られ、あまりの衝撃に胃液を吹き出して蹲る(うずくま)朝倉さん。


 な、何が――


「朝倉さん!大丈――」

「もう一発っと」


 前を見ると山田さんが、お腹を押さえて咽せている朝倉さんの髪を掴んで起き上がらせ、お腹に膝蹴りを一発入れて、そのまま体育館の中心へ投げ飛ばします。


「ゲホッ、ゲホッ……山田、何を……」


「オイオイ、そりゃあテメェが一番分かってるだろ?」


「何を……言ってるん、だ……?」


 私は彼の所まで向かおうとすると、突然羽交い締めを受ける。振り返ると、あの日トイレで私に水を掛けてきた山田さんの恋人がいました。


「助けて下さい!」


 中心にいる大勢の人達に助けを求めるが、誰一人として動こうとはしません。


 朝倉さんの方も、苦しそうに咳をしながら立ち上がろうとしますが、男子生徒二人に押さえつけられてしまいます。彼の口から血の様な色が見える。


 なんとかしなきゃなんとかしなきゃ。

 私の力じゃこの人を振り切れない。どうしよう、どうしよう何も思いつかない――




「そこまで!」


 優しげで、それでいて力強い声が聞こえ、それと同時に私の拘束が解かれます。


 私たちを見ていた群衆が割れ、声の主が姿を表します。長井会長です。


 会長は朝倉さんを押さえつけている二人に声を掛けると、アッサリと手を離して彼を解放しました。


 流石会長です! あの方は簡単に私たちを助け



 ――いや、違う。


 “あまりに簡単過ぎる”


 ふと、いつもの優しげな会長の顔が一瞬、氷の様に冷たく見えた。


――――――――――――――――――――



「率直に聞こう、朝倉直希君。内海哲郎君を殺害したのはキミかい?」


「何のことかサッパリ分からない、俺はただ――」


 ――しらばっくれんな!

 ――この大嘘つき! アンタが内海さんを殺したんでしょ!

 ――そうだそうだー!



 現在、朝倉さんは両手をビニール紐で拘束され、体育館の中心で膝をつき裁判に掛けられていました。

 罪状は殺人。それも一緒に校内の探索をしたサッカー部の内海さんを殺したという容疑で……


「静粛に! ではもう一度最初から説明しよう。

 事件発生は推定、午前五時。


 被害者である内海哲郎君は、容疑者に手紙で体育倉庫前へと呼び出され、背後から頭を殴られて死亡。抵抗の痕跡や致命傷以外の傷が無いことから一撃で彼は殺されたと推察される。

 その後遺体は隠す様に倉庫裏に移動され、放置。


 配給の時間になっても姿が見えないことに友人の安川君と和泉君が気付き捜索を開始。程なくして遺体を発見。

 と言った所だ。異論はあるかい?」


「全く身に覚えがないね、御託はいいから証拠を見せてくれ」


 朝倉さんの言葉に呼応して会長は後ろに控えさせていた生徒会の女性に指示を送ります。


 しばらくしてその方が持ってきたのは付着した血が乾いて黒い痕が残っているシャベルでした。


「コレが遺体の側に落ちていた。

 発見時にはまだ血が新しかったので、凶器に使われたと断定したが……校内でシャベルを武器として使っていたのはキミだけだった」


「そんな物誰だって使えるだろ……」


「キミも知っているだろうが、このシャベルはどうにも武器として使いづらい。柄の長さもそうだが、なにより重さのバランスが悪い。


 試しに何人かに使わせたが、不意打ちとはいえコイツで、しかも一撃で人を殺せるのはキミくらいしかいない。みんなもそう思わないかい?」



 会長が一般生徒に問いかけると、一斉にそうだそうだと声が上がります。誰も疑問に思う人はいません。


 おかしい。

 使いこなせるだけ。は、どう考えても証拠としては不十分です。

 例えば使いこなせなくとも、筋力を上げる異能力(スキル)を使った。とか、シャベルには血液を塗っただけで凶器は別にある可能性だってあります。


 少し考えれば分かることなのに、どうして誰も疑問に思わないのでしょうか。


 朝倉さんが反論しようと口を開けると、それを封じるように会長は続けます。


「証拠は武器だけではない。生徒会が調査した所、誰一人として犯行推定時刻に朝倉君を目撃した人がいない」


 ――アリバイがないとか犯人確定だろ。

 ――会長! もう結果は決まってますしそろそろ裁判終わらせて早く刑罰に移りましょうよ!


 それは流石におかしい。


「あ、あのすみません」


 人前で意見を言うのは緊張するが、そうは言ってられないので恐る恐る手を挙げる。


 そうすると会長は一瞬とても恐ろしい表情を浮かべた。次の瞬間には普通の顔をしていたので、気の所為かとも思ったがきっと違う。


先程から感じていた違和感がどんどんと大きくなっていくのが自分でも分かる。


「そこのキミ……えーっと比嘉さん、だったかな? 何か意見があるみたいだね」


「はい、その……おかしくないですか? 朝倉さんはずっと教室で寝ていました。

 それにみなさんも五時には寝ているはずですし、それは証拠にならないと思うんですが……」


「――確かに一理ある、見張りがいなかった場合の話だけどね」


「えっ、校舎の中にも見張りがいたんですか?」


 見張り役は交代制で、毎晩必ず数名は配置されている。だけどそれは侵入者対策で学校の敷地の外を見張るためのもので、全員屋上にいるはずです。


「あぁ、()()()()に生徒会全員で教室前を巡回していたんだ。それに丁度、犯行時刻前に扉を開ける音を聞いた人がいるらしい。それで()()()()()()()?」


「いや、あの、えっと、その……」


 会長の言葉には何か分かりませんが()がありました。

 その圧の重さに圧倒され、私は反論どころか何も言う事が出来なくなってしまいました。


「そういえば情報によると、君は朝倉さんとよく行動を共にしているようだね。今日だって一緒に到着したようだしね」


――なんかコイツも怪しくね?

――確かに朝倉以外のヤツと一緒にいる所見た事ねぇな。

――あ、俺、避難初日の夜中に二人共窓でなんかしてるの見たわ、もしかしてなんか企んでんじゃね?

――もしかして朝倉と二人で内海君を襲ったんじゃ……


 会長の言葉一つで生徒達の意見が動いていく。


 その時、会長の右手が僅かにブレた気がした。

 直後、一人の男性が手を挙げる。


 彼は、よく言えば恰幅がよい。悪く言えば中年太りした見た目で、その薄い頭皮からは粘性の高い脂汗を垂らしている。

 校長先生だ。


「あの、会長。一つ宜しいですか?」


「校長ですか、別に構いませんよ」


 生徒会長ではあるが、あくまで生徒の一人である長井さんに、校長はご機嫌を伺うかの様な態度で問いかけ、許可されると「ありがとうございます」と感謝のあまりお辞儀までしている。


「ゴホン……えーっとですね、実は伝え忘れていた事がありまして……

 実は私、偶然、そう偶然夜中に一度、そこにいる比嘉さんを見かけたんですよ」


 ……何を言ってるんでしょうか?

 私は昨夜、消灯時間になってからは一度も教室の外に出ていません。それは同じ組の人たちが簡単に証明出来るのに、何故そんな嘘をつくのでしょうか。


「なるほど校長、それを見たのは何時頃ですか?」


「えーー、五時前後だったと思います」


「そうですか、では比嘉君と同じ組の中で、その時間起きていた人はいるかい?」


 今度は誰も声を上げてくれません。


「誰もいない様だね。まぁそうだろうね、なんせ()()()()()()()()()()()だろうからね」


「校長の証言を否定する人がいない以上、比嘉君も容疑者として前に出てもらう。異論はあるかい?」

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