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12.もし食糧を取りに行く場合

ちょっと長め

一時間後、職員室前。


 コツン、コツン。

 

 廊下の角から密かに投げられたピンポン球は、校舎内に入り込んだゾンビ二体の頭上を通過し、ヤツらの足下で小気味のいい音を立てながらまっすぐに転がっていく。


 それに気付いた二体は興奮した様子で、ヴァァ。と呻き声を上げながら、音の発生源であるピンポン球を一直線に追いかけ始める。


 俺はヤツらの注意が完全に球に向いている事を確認し、山田と内海に合図を送る。


 それを確認した二人は出来るだけ音を立てない様に中腰の姿勢でゾンビどもに接近。

 十分に距離を詰めると、山田は内海に向かって顔を向け、バットを持っていない左手で三本の指を立て、一本ずつ折り曲げていく。


 三、二、一……今!

 カウントに合わせて同時に振り下ろされた金属バットは、二体のゾンビの無防備な頭を強烈に打つ!


 後頭部をヘコませたゾンビどもは、ほとんど同じタイミングで崩れ落ちるが、油断せずバットを構え続ける。

 数秒経っても動かない事を確認すると、内海は大きなため息を吐いた。


 彼の額には汗が滲んでいて、呼吸も少し荒い。

 そして僅かに震える両手を見つめ、感触を確かめるように開いたり握ったりを何度か繰り返す。


「初めてにしては良くやったじゃねぇか、内海」


「あ、あざっス……センパイ」





 俺たちは今度こそ食糧を取りに校舎内に入ったのだが、そのついでに校内の制圧も兼ねて三人に経験(・・)を積ませていた。


 まぁ、端的に言えば人型の生き物――と、呼べるかは疑問だが――を本気で殴る練習って事だ。


 何度か言ったが、人は生き物を本気で害そうとすると、どこかで躊躇してセーフティが掛かってしまう。

 当然、初めからセーフティがぶっ壊れている様なクズも存在するが、一般人はとにかく場数を踏んで慣らして行くしかない。


 そこで、三、四体なら余裕で片付けられる山田を傍に置き、躊躇せずにゾンビを殺せる様に、先程の不意打ち戦法を道中何度も行なっている。


 安川と和泉は何度か躊躇したものの、最終的には内海の様に不意打ちなら一撃で仕留められる様になった。

 ちなみにそれを見ていた先生は、出発時とは打って変わって


「生徒ばかりに任せては教師の名折れ」


 などと言ったのでやらせてみると、ゾンビと向き合った瞬間、バットを放り出し脱兎の如く山田の後ろに隠れてしまうという事件もあった。


 それはさておき


 俺の背に隠れながら小さく震えて目を閉じている先生に声を掛ける。


「先生、職員室に着きましたよ」


「よ、ようやくですか……貴方達、よくそんなに簡単にゾ、ゾンビを倒せますね……」


「そんなに簡単じゃないですよ」


 そう、実際ゾンビを殺すのは、精神面だけでなく、肉体的にも難しいものがある。


 実は校舎に入る直前、一体のゾンビに見つかった事があった。

 位置的に俺が戦ったのだが――




――――――――――――――――――――


 ――正面から向かってくるゾンビ。

 距離はおよそ十メートルと少し。


 俺はまず背負っている邪魔なリュックを下ろし、ゾンビの顔面目掛け投げつける。

 ヤツは当たった衝撃で少し顔を退け反らせるが、それだけ。その足は止まらない。


 距離残り五メートル。


 止まらない事は分かっていたので、焦らず持っているシャベルの柄の端を両手で握りしめ、バッティングフォームを取る。


 そうしているうちに間合いに入ったので、そのままこめかみ目掛けスイング。

 容赦せずに全力で振ったつもりだったが――


 (振りづら――っ!)


 シャベルというものは本来地面を掘るための道具で、当然バッタースイングなど想定されていない。

 ついでに言えば、所詮は素人振りだ。


 故にシャベルに力が伝わりきらず、結果ゾンビは横に大きくよろめくが頭を砕く事は叶わず、再びこちらへ突っ込んでくる。


 いくらこちらが武器を持っていても、相手も元は人間なのだ。

 弱点である脳は硬い頭蓋骨に守られており、もし一撃で倒せなければ人間の二、三倍の力で襲いかかってくる。


 人間とは違って痛みで怯む事はなく、凶器を見ても一切恐怖心を抱かない。

 対して感染要因が不確定な以上、こちら側は絶対に傷を負ってはならない。


 ッ――!


 即座にシャベルを引き戻し、柄の中心を大きく開けた口に合わせる。


 ガチンッ!

 強靭な顎の力で木製の柄に噛み付くゾンビ。

 なんとか間に合った。


 しかしヤツは諦めず、邪魔なシャベルを退けようと本能でか両手を使ってシャベルを掴み、全身で押し込んでくる。

 こちらも負けずに押し返そうとするが、力で負けている。到底持ち堪えられない。


 そこで俺はシャベルから手を離して、瞬時に横へズレる。

 前のめりになるほどに体重を掛けていたゾンビは、俺という支えがいなくなった事で止まる事が出来ず、転倒する。


 起き上がる前にシャベルを拾い、うつ伏せに倒れているゾンビの首目掛けて、思い切り突き刺す。


 ゴキッ。と奴の首から鈍い音が聞こえ、ヤツの首から下が動かなくなった。


 頸髄(けいずい)――背骨の中には脊髄(せきずい)という筋肉や感覚を司る神経が通っている。

 その中でも首にある頸髄(けいずい)という部分は手や腕などを司る神経であり、ここを損傷すると首から下の筋肉の麻痺、感覚の喪失を引き起こす。


 硬い頭蓋を破るよりも、首を折る方が楽だと思い狙ったのだが正解だった。

 足下のゾンビは、自身の身体がもう動かない事を理解していないのか、芋虫の様にモゾモゾとほとんど反応しない全身を使って、尚もこちらに喰らい付こうとしている。


 その姿は、山田が見れば酷く滑稽だと笑うだろうが、俺にはとても恐ろしく見えた。


 コイツら(ゾンビ共)は最期まで決して足掻く事を止めない。

 助けもなく、肉体は再起不能。数秒後には死んでしまう。そんな状況で普通の人間なら、きっと生きる事を諦めてしまうから。


 例えそれが知性のない動物的本能だったとしても、諦めない者の強さは変わらない。


 だからこそ難しい。

 だからこそ、常に全力で殺しにいかなければならない。


 俺は、ゾンビが完全に動かなくなるまで何度も頭を殴打し続けた。


 普通のシャベルって武器として使いづらいな。なんて考えながら……


――――――――――――――――――――


 まぁ、そんな事を長々と先生に語っても伝わらないと思ったので、俺は先生を促し職員室を開けさせる。

 盗難対策で戸締りをしてから避難したのが功を奏し、中は少し埃っぽい以外とても綺麗な状態だった。


「すみませんが山田君、この棚を動かしてもらってもいいですか?」


 斉藤先生は山田に部屋の隅にある棚を退かす様に指示する。

 山田はそれに従って横に動かすと、その下からハッチが出てきた。


「ここです、この中に非常用の物資があると研修時に教えてもらいました」


 研修時だけなのか……こういった重要な事は半年に一回は確認しておかないと、非常時にパニックで忘れてしまう可能性があると思うんだけど……


 それは置いておき、先陣を切った山田に続いてハッチを降りる。


 中の地下室はおよそ四十畳程、教室と同じくらいの広さだった。

 換気があまりされておらず、ジメジメとした湿気があったが、それ以外は比較的綺麗な状態が保たれていた。


「すんげぇ、お菓子が山の様にあるけん!」


「食い物だけじゃねェな。薬、電池……ヘルメット?」


 見渡す限りの箱、箱、箱。

 適当に開けてみれば食糧だけでなく、簡易トイレや医療品、タオルなどの生活用品が一通り揃っている。

 その中でも目を引いたのが携帯ラジオだ。


 これで久しぶりに外の様子を知る事が出来るな。

 さっそく菓子の袋を開けて久しぶりの甘味を堪能している和泉達を横目に地下室から出る。


 適当な椅子に座って未開封のラジオを組み立てる。

 乾電池を入れ、スイッチをワイドFM放送に切り替えて電源を入れる。

 ザーッ、とノイズが出たので周波数を日本公共放送(NKH)に合わせる。

 するとノイズが小さくなり、アナウンサーの声が聞こえ始めた。


 丁度定時放送の時間だった様で、現在の放送局の状況や、外で何が起きているかの情報が流れていた。


 地方の情報など現状必要ないものも混ざっていたので要点をまとめると。




 ・事態の収拾はまだついていない。

 ・爆発やゾンビ発生の原因はいまだ不明。

 ・ゾンビに噛まれてから死ぬか、約二四時間経過でゾンビ化してしまう。治療法は現在研究中。

 ・噛みつかれる以外での感染は一切確認されていない。

 ・自衛隊や警察組織によって首都を中心にゾンビの殲滅が行われている。

 ・放送局も含め、いくつかの場所が避難所として使われている。

 ・ゾンビを殺害しても罪に問われない。


 そして最後に。

 ・救助は遅れるが必ず全員に行われる。との事。




 ようやく希望が見えてきた。

 その嬉しさのあまり、つい顔が綻んでしまう。


 フィクションの世界では、ゾンビは時間が経つほどに増えていくが、俺たちには当てはまらない。

 何故ならいくら足掻こうが、身体能力が強化されていようが、俺たち高校生が倒せる程度の強さで、自衛隊や軍隊の重火器に敵うはずがないからだ。


 噛まれなければ感染しないのも大きい。これから各地の避難所が安定するにつれ、どんどん死者は少なくなり、ゾンビの絶対数も減っていく。


 いつか必ずゾンビはいなくなる。

 その日まで、俺たちは生き残ればいいだけだ。


 マラソンでもゴールが見えないよりも、見えていた時の方が力は出る。

 当然油断は出来ないが、それで十分だ。


 ふと窓を覗くと曇り空の雲間から、一条の光が差し込んでいた――









 ――そして、一ヶ月後。


  私立、東京全安高校 第一体育館。




 体育館の中央では百二十人程の人間が、輪になって二人の男女を囲んでいた。


 彼らは中心の二人に対し、“人殺しが” “喰われて惨めに死ね”などと、まるで良心を失ったかの様に全員で罵詈雑言を浴びせかける。


 女はそんな言葉に耐えかねて、目と耳を塞いで屈んでいる。

 男は両腕を後ろ手に縛られ、膝を付いていて耳を塞ぐ事が出来なかったが、暴言の嵐を物ともせずにただ一点を見つめていた。


 その視線の先には壇上があり、そこには3年生の長井 和久生徒会長がいた。

 長井は一、二年生よりも大人びた雰囲気を持ち、優しげだが力強い声で、二人に告げる。



「満場一致だな。残念だが、朝倉直希君、比嘉千春君。


 キミ達はこの学校を出て行ってくれ」

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