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10.もし取ってきた食糧を見せる場合

 バットが当たった瞬間、原沢先生の頭蓋骨が頭頂部から砕け、頭皮を突き破って辺りに脳漿(のうしょう)と血をぶち撒ける。


 先生は衝撃に逆らう事なく、真下に倒れ込む。

 ビニール紐は彼の腹部に食い込むが、それでも切れる事なく、彼はくの字に宙吊りの状態となった。


 俺は一歩下り、様子を窺うが動く気配はない。

 どうやら仮説通り頭部の破壊でトドメを刺せるようだ。


 バットを振り下ろした時、俺は少し罪悪感か、あるいはそれに似た感情を覚えるかと思ったが手の痺れ以外何も感じなかった。


 躊躇は絶対にしないとは決めていたが、ゾンビとはいえ、実際に“命を奪う”という行為をした自分の精神がどうなるかは予想がつかなかった。


 一度も他者を傷つけた事もないのに、自分は人を殺しても動揺しないと妄想する人種(厨二病)は多くいるが、実際にやってみない限り分かるはずもない。

 今は大丈夫でも、数日後にPTSDを発症する可能性だって十分にある。


 だけど、こんな世界になった以上、どこかで覚悟を決めなければならない。


 『生き残るためには、他者を害する事を躊躇してはいけない。』

 一瞬でも隙を見せれば殺されてしまう様な、ルールのない殺し合いにおいて、躊躇う事は文字通り“致命的”だ。

 その点では、危険の少ないこの状況でゾンビを殺せたのは僥倖と言える。


 さて、時間もあまり無いし、ここでいつまでも考察してる場合ではないな。

 俺は先生の遺体を退かし、今度こそ梯子と箱を持って倉庫を出たのだった――

 




 そして時は現在へと戻る。

 帰り道、ダンボール箱を落として食べ物をダメにしかけたが、無事体育館二階へ戻って来れた。


 館内では中央に全員が集まり大喝采といった状況だった。

 壇上に長井生徒会長と山田が立っていて、手には体育倉庫にあった物と同じチョコ菓子の箱。

 やはり予想通りの事が起きたのだろう。


 このまま黙っていると非常にマズい(・・・・・・)

 注意を引くためにダンボールを落とし、俺も就寝時用に重ねて置いてある体育用のマットの上に着地する。

 期待したとおり、全員の意識がこちらの方を向く。


「“ちゃんとした”食料、持ってきたぞ」


 壇上の前でカレーライスの箱を見せつけると、会長はイラついた顔を一瞬だけ見せ、さも驚いた様な表情をした。


「朝倉君⁉︎ それは一体どこで……」


「外にある方の体育倉庫で見つけた。他にも色々ある」


 俺は箱の中から羊羹や缶詰を取り出して、適当に周りにいる生徒たちに投げ渡す。そして壇上に上がって全員に向かって言った。


「今日で避難してから七日が経った。電気も水も止まったのにまだ救助は来ないじゃないか。

 これ以上ここでただ無意味に籠城しても意味があるか? 食糧が尽きるのが先だろ……」


 俺は続ける。


「体育倉庫にあるものだけでも、この人数なら二週間以上は保つ。それにHP(ホームページ)を見る限り、この学校にはまだまだ非常食が備蓄されているはずだ。救助はまだ来ない。だから」


「その通りだ!」


 俺が更に話を進めようとした所で遮る声が一つ。会長だ。


「確かに、最初に想定していた一週間では救助は来なかった。そこで僕もそろそろ食糧の確保に動こうとしていた所だったが……朝倉君、キミもそれを心配して動いてくれたんだろ? 感謝するよ」


 だけど。と一旦区切って会長は続ける。


「勝手に外出するのはとても危険だ。違うかい?」


「違わないな」


「キミがゾンビに襲われて死んでいた可能性だってあったんだ、今回だけは大目にみるけど次からは勝手な行動は控えて欲しい」


 俺が適当に了承の意を示すと会長は納得したようで、今度は生徒達に向かって語りかけた。


「さて、朝倉君が勝手に動いた事はあまり褒められた事じゃないけど、確かに彼は間違ってはいない。さっきも言ったけど――」


 それから会長は、実は最初から校内に保管された非常食の存在を校長から聞いていて、救助が来るのが遅れたら探そうと考えていた。

 そして先程の一件で、本格的に校内探索隊を結成するつもりとの事。


 目標は校内にまだまだ保管されている非常食の回収と居住スペース、つまりはゾンビが入り込んでいる校舎の確保だった。


 隊員は最初、会長が指名しようとしていたが、俺の願いで志願制となった。

 最初は誰も手を挙げなかったものの、平均的な体格の俺がゾンビを倒したと言うと、男子達が一気に挙手し始めた。


 人は皆、少なからず英雄願望を持っている。こういった非常事態において、男性なら特に顕著に表れるマッチョイズム的な感情。


 それに加え『アイツが出来るなら俺にだって出来るはず』『どう転んでも原沢先生のようにはならない』など、自分だけは死なないと、正常性バイアス※1 も重なり、わざわざ自身の身を危険に晒そうとしている。


 本来なら止めるべきだろうが、この状況はむしろ好都合だ。これで一般生徒に僅かでも自主性が芽生える事を期待する。


 最終的に志願した人数が多すぎたので、第一次探索隊は話し合いによって


 俺――朝倉直希

 野球部の山田達也

 サッカー部の安川、内海、和泉


 そして非常食の保管場所を知っているという理科教師の斉藤 貴文(サイトウ タカフミ)

 の計六名となった。


 探索は明日の正午から開始という事になり、一時解散となった。


――――――――――――――――――――



「朝倉さんが急に後ろから現れてビックリしましたよ、本当に」


 その日の夕方。

 俺と比嘉さんはいつもの様に二階で晩飯を食べていた。

 “いつもの様に”とは言ったが、いつもとは少し様子が違う。そう、カレーだ。


 あの後、体育倉庫周りにゾンビが一匹もいない事が分かっていたので、体育館裏のドアから直接食糧を回収したのだ。およそ一週間ぶりの乾パン以外の味は、少し濃い目に感じた。


 比嘉さんは発熱剤で少々温まり過ぎたカレーをフゥ、フゥと冷ましながら食べていた。

 何となくそれを見つめていると、視線に気付いたのかカレーの容器を俺から隠す様に持ち、数センチ程後ろに下がった。


 いや、別に取らないって


「あ、そういえばですけど、この前言ってたアレは何だったんですか?」


「アレ?」


「……会長を信じるなーという話の事です」


 周りの目を気にしてか、小声で聞いてきた。


「あぁ、別に大した事じゃないよ。ちょっと気になる所があっただけ」


「気になる事、ですか?」


「今はまだ確信はないから言えないけど、会長をよく見ていれば分かるかもな」


 確定的な証拠が無い以上、あくまで推測の域を出ないが、俺の経験と知識では奴は恐らく――

後書き

※1.正常性バイアスとは、認知バイアスの一種。社会心理学、災害心理学などで使用されている心理学用語で自分にとって都合の悪い情報を無視したり、過小評価したりしてしまう人の特性のこと。

(Wikipediaより引用)

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