シン・エヴァンゲリオン劇場版反:||
学生街へ続く大通りを一本入り、洒落た喫茶店を抜けた少し先。そこに映画館『すすきが原シネマ』はひっそりと佇んでいた。
ウォールナット調のお洒落な観覧イスも、名作映画のパンフが並ぶ趣のある本棚も――――何もない。ただの古びたコンクリート造りの、ボロボロの映画館だ。
だがその何もなさが、『ボロだけど味は確かなラーメン屋』の様な、不思議な魅力を醸していた。
古びたガラスのショーウィンドウの中にはNOW SHOWINGの赤く光った看板。その下には『シン・エヴァンゲリオン劇場版反:||』のポスターが貼られている。
すると扉が開き、観客達が出てきた。思い思いの表情を浮かべているが、一番最後に出てきた一組の男女だけは他の客と様相が違った。
「くっ……えぐっ……!! グウゥ……ッ!!」
「ヒッグヒッグ……ふ……グフ……!」
高校生くらいの少年と、彼より年上の社会人と思しき女性。
少年は着崩したオーバーサイズの制服にパーカー、ハイカットのスニーカー。"デビュー"したてなのだろう、顔にあどけなさを残している。
女性の方はうなじの空いたリネンの白シャツに、ピンクベージュのジャケット、グレーのスキニーパンツにヒールの高い茶色のショートブーツ。艶やかな茶髪を下ろし、前髪は切り揃えている。
チケットのもぎのバイトが、受付のバイトとヒソヒソ話をしている。
「ホラ、あの人だよ……」
「何か、凄いよねぇ……」
だが二人は映画館のスタッフの声など耳に入っていないようだ。
「良かった……すげー良かったよ……何だよコレ……」
「ホントに……私これ5回目なのに、また泣いちゃった……」
映画館から出てくる二人は、歩きながら映画の感想を述べ始める。
「あの……ごめんね、この間は。私大人気なかったな。急に昔の事で感情的になったりして。キミには関係ないのに」
「いや……その、俺の方こそ……」
少年は何かを言いかけるが、女は優しく首を振りそれを遮る。
「折角だから、映画の話をしようよ? シーンの解説や解釈なんかはネットで沢山出てくるけど……」
「待った、これだけは言わせてくれ」
「?」
「今回はさ、冒頭が分かりやすくてハラハラドキドキしたんだ。あ、ユーロネルフを奪還する作戦だなって。あれで一気に引き込まれた。……あれが、セオリーの掴みなんだろ?」
少年の言葉を聞いて、女は嬉しそうに笑う。
――――エヴァは、売れ線である――――
前作『Q』の鑑賞時に、言葉の解釈をめぐって二人がケンカするきっかけとなった言葉でもあった。少年は興奮気味に続ける。
「ド派手な戦闘シーン、男子憧れの陽電子砲を前に、艦隊を丸ごと盾にして防御! 時間制限ギリギリでのハッキング。 ユーロネルフを奪還し、真っ赤なパリの都が色を取り戻す瞬間!」
彼女も嬉しそうに、少年のセリフに乗っかってみせる。
「稀代の天才アニメーター庵野監督による、針の穴を通すような絶妙なバランスで放つセオリー展開の五重奏!!」
「ははっ……何それ、セリフが厨二病じゃん」
「厨二病は不治の病だからね。うまく付き合っていくしかないの」
そう言って女と少年は楽しそうに笑い合った。
「他には、どんなシーンが良かった??」
「何だろな……何か、キャラクターがすごくイキイキしてたんだよな。ホントに生きてるみたいというか」
「シンジ君は元気なかったけどね」
「はは……でも、そんなシンジが元気を取り戻すまでの過程も凄く良かった」
「庵野監督はQの評価が芳しくなくて、鬱病を患ってしまったと何かで読んだ。周りの人達の献身的なケアがあって復帰したようだけれど、それが本当ならその時の経験が活きていると思う」
「なるほど……」
「鬱になると、自分に自信がなくなるの。当たり前にこなしていた日常の選択に自信が持てなくなり、人との会話がうまく出来なくなる」
「はは、まるで経験してきたみたいだ」
「ふふ、でもきっとそうなんだよ。会話が出来なくなると人と話すのが嫌になり、そしてそんな自分が嫌いになる」
「そんなもんかね……」
「そんな時一番元気になれるのって、ケンスケみたいに存在丸ごと肯定してくれる事なんだよね。お前はここにいてもいいんだよって」
「なるほど」
「物語の後半では、精神的に立ち直り、成長したシンジ君が初めて父親と正面から向き合った。旧劇の様な対決ではなく、対話」
「あぁ……確かに。シンジは他のキャラクター達も精神的に解放……救済?していくような感じたったよね。なんかキリスト様みたいだなって思ったよ」
「この映画は、作中アスカが話していた『生きたくもないけど、死にたくもない』人々に向けた話。精神世界での語りかけ。演出としては原点回帰」
「うんうん」
「90年代に公開された最初のエヴァは、見た後抱く感情が「どうして自分は生きているんだろう?」だった。でも今回は違う。似た演出方法を用いながら我々の多くが抱く感情は『まぁもうちょっと生きてみよう』だったと思う」
「それもきっと、庵野監督の経験が生きて生まれたストーリーなのかもね」
「可能性の話ね。私は庵野監督の知り合いではないし、おこがましい事かも知れないけれど」
「はは、律儀だなぁ~」
「でも、それがもし合っているなら、これは庵野監督の記録映画だと思うの。スタジオカラーという自分の会社を使った、自主制作映画と言ってもいい」
「自主制作映画……か」
「そう。個人的経験に基づいた、青臭い自主製作映画。ただし公開規模が全国拡大ロードショーで……」
「セオリーを絶妙に混ぜ込んだ……だろ?」
「……その通り! だから、あの映画は凄く面白いと思うの」
「同感だね。けど、まだまだ話足りないよ」――――
そうして、2人は喫茶『カサブランカ』に着いた。
洒落た店内にはアンティークなタイプライター、柱時計、古びた地球儀、蓄音機。良く分からない英語の分厚い本。
カランカラン・・
「マスター、アイスコーヒーを二つ」
二人はいつも決まって、奥の角の席に座る。
そして決まってすぐそばの小さな映画館でリバイバル上映される、映画について話すのだ――――




