愛は死んだ!! われわれが殺したのだッ!!
日本、ある都道府県、ある街中。
日が沈みかけた人通りの多い中、私は仕事帰りに駅へと向かっていると、無数の人だかりが出来ているのに気が付く。
迷惑だなと思いつつも興味が湧く。
私は人だかりに混ざり、その中心を見て驚いた。
ひとりの男がそこに立ち、喚き散らしていた。
歳はわからないが、きっと私よりもずっと上だろう。
その男は言った。
「誰もいないのか!? 誰もいないのか!?」
大勢の目の前で喚く男に誰もが嘲笑の笑みを浮かべており、中にはまるで流れ作業のように滑らかな動きでスマートフォンを手に取り、動画を取っていた。
誰もいないのか、とは?
私は人だかりの中で男を見据えた。
周りの大勢の人間に対しての発言とは思えなかったが……。
「諸君等の中に、真に愛を知り、その通りに生きる者はいるのか!?」
この言葉が出たとき、人だかりに巨大な笑い声が響いた。
スマートフォンの目が一気に増えて、彼の方へと向けられる。
私はその光景を黙って見ているしかなかった。
しかしかまわず目の前の男は続ける。
「よろしい! ならば教えてやろう自称善良なる諸君等! ────愛は死んだ!! なぜか!? 我々が殺したんだ!! 禁欲主義思想者の名の下にッ! 男女はいつしか男女というものを愛さなくなった。男女は男女の愛を殺したのだ!! 男女の愛を、より良く、より清貧なものにして"理想"の彼方へと追いやってしまったのだ! では、"愛"とはなにか? 本来愛とは親子的なものであり性的なものでもある。それと同時に自らの為、自らの目標の為に戦う意志そのものでもある。それは生きることへの衝動であり、自らの行動により生み出し、且つ手に入れる物である! 即ち、愛とは極めて創造的なものなのだ!」
男はスマートフォン越しの目線など気にも留めず、延々と喋り続けた。
かく言う私は彼の言葉というよりも彼の勢いに圧倒され、ただ茫然としている他なかった。
きっと誰もがこう思ったことだろう。
"こいつは頭がおかしいんだ"と。
「諸君、君達男女は男女を憎む。歴史の中続いてきた男女というものに絶えず復讐の念を抱いている。そして、復讐の理由に事欠かないようにいつまでもその場に居座り続けている。沼地に住み続ける蝦蟇のように! 次の世代まで、次の世代まで! だがそんな生き方にすら内心うんざりしている! それでも創造的であることにも、停滞的であることにも常に神経を張り詰め腹を煮えたたせる諸君は、救われたいと願う男女諸君は……────一体"今"のなにを愛せるというのか!?」
男は尚も喋り続けようとしたそのとき、人だかりの脇から数人の警官がやってくる。
通報を受けて駆け付けた彼等は、男に注意を呼び掛けた。
しかし、男は尚も喋ろうとした為、彼等に連れて行かれた。
人だかりに散るよう指示する警官の下、人だかりはゆっくりと散っていき、元の駅前の風景に戻っていった。
私もまたその場を離れ、自動販売機で缶コーヒーを買った後電車に乗る。
帰宅後、私はすぐにネットを開くと、駅前のあの男のことが載っていた。
SNSに取り上げられ、多くの嘲笑や罵詈雑言の群れが、画面を埋め尽くしていた。
しかも行動が早いことに、あの男の姿や言葉の節々を使って音楽のリズムに乗せたMAD動画まで作成されており大いに盛り上がっている。
「……」
私はネットを開いた状態で、テレビのチャンネルを取り電源を入れる。
丁度ニュースが放送されていた。
『では次のニュースです。少子高齢化問題について政府は……』
『例年と比べ結婚した人の割合は……』
『子供を虐待し死なせた容疑で……』
等等。
様々なニュースを見ていく内に、億劫な気持ちになる。
そしてあの男の言葉をぼんやりと思い出した。
────愛は死んだ!!
彼はこういったニュースで取り上げられているような世間的なことを言っていたのだろうか?
私の中で疑問が浮かぶも、それに答えてくれる者も、それに該当する自らの答えも持ち合わせていない。
そもそも、あの気狂いのように喋った男の話は、私にはあまりにも難解過ぎた。
どこまでが真実を語り、どこまでが虚言であるか等、漠然と生きた私には判別がつかない。
「……」
ふと、ネットの画面を見て、彼等が作ったMAD動画を開いてみた。
軽快な音楽の中で、あの男は踊る。
否、踊らされている。
「愛、か……」
画面に向かって呟くが、道化のように踊らされている男が、その答えを教えてくれることはなかった。




