質素で豪華な歌会
「この度は、拙者が無理を言って参加させていただいたのでござる。かっかっかっかっ」
と、佐々木高氏は言った。基久は「それはどうして」と言おうとしたが、彼や尊氏が玉をチラチラと見ているので、聞くのを止めた。
「玉に悪さしてはいかんぞ、玉は都の宝じゃ」と後伏見院は言った。
「わしも十歳若ければのお」と太田時連が言うと、
「かっかっかっかっ、時連殿、五十歳の間違いであろう」と高氏が言った。
皆はドッと笑った。
―― 高氏殿も婆娑羅だ。しかし千種忠顕とは趣が違う。無礼でも、皆を楽しませるなら悪くない……
基久はそう思った。
「さて、本日、連歌で勝った者には……」後伏見院が話し始めた。
「玉を与える……」
光厳上皇と佐々木高氏が、「なぬっ!」と言った形相で、立ち上がった。
「……訳がなかろう」
二人は、ひどくがっかりした顔で腰を下ろした。
「まあ、今日は、いつもの集まりではないし、懸賞は後で決めよう。希は叶えるつもりじゃ」
後伏見院は基久に顔を向けた。
「基久殿、先の祭、大儀であった」
「はっ」
「今日の題目は決めてある。〈神祇〉じゃ」
そうして、伏見院から順々に歌を詠み始めた。玉は、基久に筆を渡すと、後ろに下がって控えた。光厳上皇が詠み、基久が続く。その次が尊氏だった。玉は、「武家の棟梁である足利様は、どのような歌を詠うのだろうか」と、静かに聞き入った。
「ひ、ひっ、ひと夏のぉー、オホン、ウンッ」
「ははははっ、足利殿、緊張しなくて良い。気楽に、気楽に」と後伏見院は言った。
尊氏はピシッと姿勢を正し、真面目な顔で頷いた。基久は感じた。
―― 後伏見院は、足利殿に気をつかっているようだのぉ。もしかしたら、足利殿との良い関係を作りたいやも知れぬ……
「ひと夏のー、山の茂みのー、花かたみー、賀茂のまつりはー、卯月なりしにー」
後伏見院は「おお、見事じゃ」と言って手を叩いて喜んだ。次は高氏の番だった。高氏は「オホンッ」と言って、詠み始めた。
「君がためー、ひとり想いとー、成るものをー、女神お玉はー、有やなしやとー」
場がドッと沸き立った。「かーっ、かっかっかっ」「はっはっはっはっ」と皆が笑う。後伏見院は腹を抱えていた。
「佐々木殿、何をちゃっかり玉に告白しておるのじゃっ」
尊氏は「場をわきまえよ」といった感じで高氏を見ていた。これには玉もクスリと笑ってしまった。
結局、後伏見院は勝者を尊氏に決めた。
「尊氏殿、何を望まれるか」
尊氏は姿勢を正して頭を下げる。
「これからも宜しくお付き合い下さいませ」
と言うと、後伏見院は「うんうん、こちらこそよろしく頼む」と言って尊氏の手を取った。池の鯉が、ぱちゃんと水音をたてた。
「そうそう、玉殿も歌を詠まれるとか」高氏が言う。
「皆も聴きたいであろう」
「なんと、そうであるか」
「うむ、うむ」
「どうじゃ、玉殿、一句」
玉は基久の後ろに静かに控えていた。基久は、
「今日は素晴らしい歌をたくさん聞くことができました。歌ばかりでは面白くありませぬ。玉にはアレをさせましょう」
と言って、「よいか」と玉に訊いた。
玉は「はい」と答えた。




