差し水
五番勝負、忠顕は賭け金を上げた。
「今度は五千貫だ! いいな!」
玉は「はい」と言う。そして五千貫を賭けた勝負が始まった。
玉は茶を飲むと、袖口から小さな瓢箪を取り出した。周りの者は、「何だ?」と思う。玉は栓を抜き、中の液体を茶に入れた。
「な、何をする!」と忠顕は立ち上がった。
「何を、と言いますと」と玉。
「何を入れたんだ!」
「はい…、少々熱うございましたので、水で冷ましました。これで飲みやすいと思います。どうぞ…」
と言って、玉は茶碗をのせた盆を、スッと忠顕の方へ差し出す。
「おい! 審判!」忠顕は、忠守と章有を見る。章有は困った顔をし、忠守は、「取り決め違反では、ありませんからな」と言った。
「ただの水だそうですぜ」と吉永。
「な、何が水だ! ど、毒に決まっている。わしを殺す気か!」と忠顕はわなわなと震えている。
「飲まないんですかい」
「誰が飲むか! そんなもの飲める訳がない!」
五番勝負は、玉が茶の種類を当て、忠顕から五千貫の証文を手に入れた。「うおおお!」と警固衆が万歳し、悦びあう。
「おい! 取り決めを変更するぞ!」忠顕は忌々しそうに言った。玉は「はい」と言い、次の勝負から、茶碗が二つ用意される事になった。まとめて別の椀に茶をたて、二つに注ぎ分ける。
十服茶の折り返し地点。現在、玉の四千貫勝ちである。このままの調子であれば、千種に勝てる、警固衆は、皆そう思った。
その時である。
「丹波忠守様に急使です!」と忠顕の家臣が来た。
「なんじゃ」と忠守。
丹波家の小舎人童が入って来て言った。
「た、大変です! 雅守様の家人が強盗に襲われました! 数人が重症で、すぐに忠守様をお呼びするようにと、雅守様に仰せつかって参りました!」
「何!」と言って、忠守は立ち上がる。
「くっ、すぐに行く、と言いたいのだが……」
忠守は玉と忠顕を見る。忠顕は、顔を背け、檜扇で口を隠して「くっくっ」と震えている。そして陰険な目をしていた。
「おのれ千種! お主の所業か!」と忠守は怒鳴る。
「はて、何のことやら。証拠もないのに、言い掛かりとは見苦しいものよ」
忠守は忠顕に掴みかかろうとした。忠顕の護衛が脇差に手を伸ばす。吉永は、スッと忠守の前に出て、彼を制した。小舎人童は、不安そうに待っている。
玉は、「ここは、お気にされずに、どうかお急ぎ下さいませ」と言った。
「玉、すまぬ……。それから千種! 覚えていよ!」
忠守は、ずかずかと音を立てて、千種の屋敷を出て行った。
「さあて、これで邪魔者はいなくなった。後は、ゆっくり闘茶を楽しもうではないか。はーっ、はっはっ」
忠顕は玉を見て、愉快そうに笑った。