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千種忠顕




 このところ、千種ちぐさ忠顕ただあきは賀茂神社によく出没していた。鷹狩をするため数百騎の手勢を繰り出して、そのついでに立ち寄った。


 神社周辺で狩りだけして、そのまま帰ればよい。が、忠顕は下鴨神社に侵入し、好き勝手に暴れまわった。ただすの森で馬を走らせた。ここは毎年、流鏑馬の神事を行う場である。彼らは神木や鳥居だけでなく、犬や鳥をも射て遊んだ。参拝者や神職は、馬で撥ねられたりしないよう、また矢が当たらぬように悲鳴を上げて逃げ回った。


 神社にも宮中の滝口のような警固衆がいる。都の神社とはいっても、下鴨神社は京の外郭の外、川を渡った所にあり、野盗などから自衛する必要があった。しかし京を鎮守する神社とはいっても、それは霊的な意味であり、いきなり来襲した数百の騎馬武者を退却させることなど容易ではない。しかも相手は盗賊ではない。朝廷の重臣とその家臣団である。彼らに強く当たることなど出来なかった。




 千種忠顕、彼は公卿である。そして婆娑羅ばさらであった。金で刺繍をした絞り染めの直垂ひたたれを着て、虎や豹の毛皮を身につけた。伝統的な権威やならわしは、彼にとっては路傍の糞も同然だった。日夜、諸大夫や侍、三百人あまりで酒宴を開き、一度に万銭の金を酒肴に費やした。


 彼の栄華が始まったのは、ここ最近のことである。後醍醐天皇の倒幕運動、元弘げんこうの乱に寄与したことで、佐渡国など三か国の国司の職と、北条氏の旧領十か所を拝領した。また従三位参議となり、権勢を振るっていた。




 はじめて忠顕が賀茂神社に姿を現し、騒ぎをおこしていた時、賀茂かも基久もとひさは本殿にて祭を行っている最中だった。


「さ、三条さんじょう様! いかがしましょう」


 巫女や禰宜ねぎたちが右往左往する中、警固頭の三条吉永よしながは細かく指示を出す。


「森家や松下家にこの事を急ぎ伝えよ! 警固衆はここに集まれ! 彼らを本殿に通して、祭事を中断させてはならぬ。楼門を死守するぞ。神職たちは避難されよ!」


 警固衆がザザザと玉石を踏み鳴らして集まり、門を固めた所に、忠顕たちは馬をゆっくりと歩かせてやって来た。


 吉永は前に進み、恭しく忠顕に言った。


「これは、これは、参議様、ここへは何用でしょう?」

「はっはっはっ! なに、退屈だったのでな。お前たちも刺激になって楽しいだろう」


 と忠顕ただあきは馬上で意地悪く笑った。そして自分をこの先に通すつもりがない吉永を見て言った。


「そこをどけ」

「それは出来かねます」

「どけ、さもないと、楼門に火をつけるぞ」

「はははっ、お戯れを、神の怒りを買われますぞ」


 吉永は警戒しながら言った。楼門を固める警固衆と忠顕の家臣団の間に、ピリピリとした空気が漂った。


「はっ、何が神だ、おい、お前たち、楼門に火をつけろ!」


 忠顕が言ったが、家臣たちは躊躇とまどった。いくら何でも神武天皇の御世みよからある神社を、何の理由もなく燃やしたら、祟られてもおかしくない。馬上の集団は動こうとしなかった。


「火をつけろ!」


 再三の命令に、仕方なくそれに従おうとする輩が現われた。次々に下馬して楼門に近づこうとする。警固衆はそれを阻止しようとこんを構えた。長い木の棒である。「そこをどけ!」「ここは通さん!」と、場は一触即発の状態になる。


 その時、涼やかな鈴のような声が響き渡った。


「おやめください」


 朱塗りの門が開き、中から出て来たのは、巫女、玉である。その姿は白く輝く天女のようであり、忠顕の家臣たちは主の命も忘れ、只々うっとりと玉に見入った。


 しかし忠顕ただあきだけは違った。彼は驚きとも喜びともとれる表情で玉に食い入った。蝦蟇がま蛙のように顔を照らつかせ、目は蛇のようにいやらしく、貪欲な淫乱さにあふれていた。


 玉を嘗めまわすようなその視線に、警固衆の心には忠顕に対する激しい怒りと嫌悪の感情が芽生えた。






挿絵(By みてみん)







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