穢れた茶
玉は、頭を下げると、両手で茶碗を手に取り、それを口に近づけた。少し香りを確かめると、茶を口に入れ、茶碗を盆に戻す。それから短冊と筆を取り、答えを書き入れた。
続いて、千種忠顕は片手で茶碗を掴むと、口の中でかき混ぜるようにして茶を飲み、短冊に答えを書いた。
丹波忠守は二人の短冊を読み上げる。
「玉、比叡山坂本。千種殿、比叡山。両者正解。一番勝負は引き分け」
庭の警固衆、家臣団は「おおーっ」とどよめく。忠顕は、玉がいかさまをしていないか、蛇のような目をして見ていた。
次の勝負、今度は忠顕から茶を飲んだ。中原章有が答えを読み上げる。
「二番……、千種様、高野山。玉、同じ、高野山。引き分け」
またも、場はどよめく。「さすがは玉様じゃ」と警固衆は笑顔を見せる。「なかなかやるな」と、忠顕は目を細めて玉を見た。
次の三番勝負を引き分け、四番勝負、忠顕が茶碗を口につけた時である。忠顕は、茶を味わうと、茶碗の中に、唾液をたらし入れた。彼は玉を見て、ニヤッと笑う。
吉永は「おい! 何をする」と身を乗り出す。玉は微かに眉をひそめた。審判の忠守は、あからさまに不快な表情をした。
忠顕は、「ん? 何か問題か? 茶碗に何か入れては駄目だと言う、取り決めはあったか? ほれ、玉、飲まんのか、ほれ、飲め」と白々しく言った。
警固衆は、「おい! 卑怯だぞ」と喚きたてる。
吉永が、「忠守様、どうか入れ直して下さいますか」と言うと、忠守は「うむ、そうじゃな」と、別の茶碗を取ろうとした。その時、章有は忠守の腕を掴み、「失格としますよ」と言った。庭に控える忠顕の若侍たちは、「同じ茶を飲め!」「取り決めを守れ!」と言う。
吉永が「そりゃぁ、こっちの台詞だ」と立ち上がろうとすると、玉は振り返り、吉永を制した。そして忠顕の唾入りの茶碗を手に取った。皆、玉が何をするのだろうかと見守る。
玉は茶碗を持ち、庭先の簀の子へ行った。忠顕の家臣たちに声をかける。
「どなたか、これを召し上がりたい方はいらっしゃいますか?」
家臣は顔を見合わせ、押し黙った。玉の目を見られず、視線をそらす。警固衆は口々に、
「はっはっはっ、飲める訳ないよなぁ」
「千種で穢された茶だものなぁ」
「汚すぎるわ」
「玉様のだったら俺は飲む」
「ざまあみろ」
と言って笑う。玉は庭に茶を捨てると、席に戻った。
忠顕は、「こ、こ、この、わしに恥をかかせおって……、許さん!」と顔を真っ赤にして、歯ぎしりした。
しかし、四番は忠顕の勝ちである。一千貫の証文が忠顕に渡り、警固衆の顔には不安の色が現われた。




