賭物
審判の一人は丹波忠守である。忠守は千種の所業を聞き、「それならば」と自ら審判を買って出た。千代を診療しながら「このような小さな娘を手にかけるなど許せん」と憤った。
千種忠顕と、丹波忠守、そしてもう一人の審判、中原章有が揃い、席につこうとした所である。
「勅使がおわします!」
と忠顕の家臣が走って来た。
「賀茂基久様、帝が、至急、参内するようにとの事にございます!」
忠顕は口をぐにゃりと歪ませ、基久を見て、嫌らしく微笑む。基久は「やられた」と思った。
勅使が賀茂の屋敷ではなく、千種の屋敷に来る時点で、千種の企みであると明らかである。基久は、帝の召喚を後回しにしようかと、本気で思った。しかし、博打をするために、帝に従わないなんて、出来る事ではない。千種に闘茶の延期を、申し込もうとしたが、忠顕は、
「勝負するのは、玉ではないか! 賀茂殿、お主は関係なかろう。今、行わないのであれば、そちらの仕合放棄と見なす! 無論、玉の負けだ!」
と得意げに言った。玉が、「大丈夫です。こちらはお任せください」と言うので、基久は内裏に参上する事にした。警固衆のうち五人に「共をせよ」と言って、千種の屋敷を出ようとすると、選ばれた警固衆は、
「絶対に嫌でございます!」
「私はここで、玉様を守りとうございます!」
と口々に言った。大友靖頼は、
「な、何で拙者が一緒に行かないといけないのですか! うっ、うっ……」
と泣きはじめた。基久は、警固たちが、玉を守ろうとしてくれる事を、ありがたく思ったが、反面、主を一人で行かす気かと、少し悲しくなった。
しかし、玉が「神主様を、どうかお願いいたします」と警固衆の手を取ると、皆、「はい!」「お任せください!」と喜び勇んで胸を叩いた。
基久は、三条吉永に「くれぐれも玉を頼む」と言って屋敷を出る。丹波忠守は「後は任せよ」と、基久を見送った。
忠顕と玉は、机の前に面と向かって座った。忠顕は、自分の後ろに眼光鋭い護衛を一人置き、玉の後ろには吉永が控えた。吉永は、忠顕背後の男を見て思った。
―― 相当、腕の立つ奴だ。千種を斬ろうとすれば、玉様を斬られる……。一対一でも勝てるかどうか分からん……
忠顕と玉の間、金屏風の前に、審判の丹波忠守と中原章有が座る。その他の警固衆や家臣たちは庭に控え、それぞれ忠顕と玉の側に分かれて整列した。
「さあ、では、賭け物を決めようか」
忠顕は玉に大金、賀茂家の資産を賭けさせ、それらを巻き上げた後、挽回の機会を与える名目で、玉の肉体を賭けさせようと考えていた。
―― さあ、玉、いくらでも申し出るがいい。何をしても、わしの勝ちは変わらないがな。くっくっくっ……
忠顕は心の中で舌なめずりする。玉は視線を上げると、静かに言った。
「千種様、お互いの命を賭けませんか」




