千種、玉を誘拐せんとする
「おい、その巫女は賀茂神社の玉か?」
と男たちの頭らしき者が言った。色鮮やかな派手な直垂を着て、刀を差しているが、清潔感はまったくない。その下品に、にやけた顔を見て、吉永は嫌になった。
―― 絶対に玉様には近づけたくないな……
「だとしたら何だ」
「ちょっと顔を貸してもらおうか。玉だけでいい。その他はいらん。とっとと帰れ」
「玉様を渡す訳ないだろう。一体誰の差金だい? ま、見当はついているんだがね」
「ほう、誰だ?」
「そうだな……、んー、博打好きの淫乱じゃないかい?」
「ぶ、無礼な!! 千種様のことを、ば、博打好きの淫乱と言ったか!」
「はっはっはっはっ、そうか、そうか、博打好きの淫乱と言うのは、千種のことなのか、なるほどねぇ、なるほど…」
男たちはざわつき、その頭は「はっ」と思い、顔を紅潮させて言った。
「くっ、ゆ、許さん! おい! お前ら、こ、こいつらを痛めつけてやれ」
男たちは両手を広げて近づいて来た。千代は大声で叫んだ。
「強盗じゃあ!! 助けてたもー!! 強盗じゃあ!!」
京に帰る人々は、集団に取り囲まれた巫女たちを見て不審に思っていたが、千代の声を聞き、ある者は南に、ある者は北の上賀茂神社の方に駆けて行った。
「ええい、くそっ、早いとこやっちまえ!」
男たちは襲いかかって来た。玉の背後を靖頼が守り、正面を吉永が守る。
後ろから真っ先に玉に近づこうとする男がいた。だが、靖頼が棍をブンッと横に振ると、男はゴンと音をたてて、遠くの草叢にまで吹っ飛んだ。靖頼は、棍をくるっと回し、その勢いで、その後ろに続く三人の男の腕を、ゴンゴンゴンと打ち付けた。男たちは腕を抱えて倒れ込んだ。
「木の棒だからって甘く見ない方がいいぜ。重い樫の棒だ」
と吉永が言った時には、彼もまた数人を倒していた。
「す、すごいのじゃ! 三条も、大友もかっこ良いのじゃ!」と千代。
玉は千代を抱えて、心配そうに戦いを見守っていた。男たちは刀を抜いて構える。今度は油断せず、じりじりと詰め寄って来た。しかし吉永と靖頼により、一人二人と倒されて行く。
「頑張れ、頑張るのじゃ。ほれ、玉姉様も応援するのじゃ」
「千代、三条様と大友様のお心を乱してはいけません」
「何でなのじゃ、玉姉様のために戦っておるのじゃ。三条、頑張れ、頑張るのじゃ」
「ええ、任せておいてください」
「大友、頑張れ、全員やっつけたら、玉姉様のご褒美が待っておるぞ」
「はっ! はいいいぃ!! ぎゃ、ぎゃんばりましゅっ!」
「千代!」
靖頼の顔は、沸騰したように真っ赤になった。そしてものすごい速さで、敵の中に突っ込んで行き、鬼のように男たちを倒していった。
「お、おい、靖頼! あんまり玉様から離れすぎるな!」
と吉永が言った時、河原の草むらに隠れていた男が飛び出て来て、玉を襲った。
「玉姉様! 危ない!」
千代は、玉をドンと後ろに押して、男の前に立ち塞がった。男は千代を「邪魔だ」と言って、殴りつける。さらに倒れた千代の腹に、足がめり込むほどの、蹴りを入れた。
「千代!」
玉は千代を救おうと男に向かう。吉永も靖頼もそれに気づき、男たち数人を相手に戦いながら、千代の許へ行こうとした。しかし、男たちも考え、その前に吉永と靖頼を、前後左右から囲んだ。駆け寄るに寄れない状態になった。
男は玉を捕まえようとする。玉は千代を助け起こそうとする。千代は玉を守ろうと、男の足にしがみつき、「玉姉様! 逃げて!」と叫んだ。
「くそ、五月蠅いガキだ。くそ、離れろ、くそ」
男は足から離れない千代の頭を、拳骨や刀の柄頭で叩く。頭から出血し、千代の顔に血が垂れてきた。
「やめてください! 一緒に行きますから。千代に乱暴はしないで……」
「くそ、しつこいガキめ! 離せ! 離さんと殺すぞ!」
「離すものか、お主など、玉姉様に近づく資格もないわ!」
「お願いします。千代も離れて。もういいの、もういいから」
「はっ、この腐れ外道が、殺せるものなら殺してみよ! そんな意気地もないじゃろう」
「何ぃ、この餓鬼が! 手加減してやれば、いい気になりやがって!」
男は刀を回転させ、刃を千代に向けた。そして刀を千代の背中めがけ、突き立てんばかりに力を入れた。