赤堂トオル
「大抵のことは思い込みでなんとかできる」
駅前の大通りで、赤堂を中心に人だかりができている。
まるで大道芸やストリートミュージシャンを見るように、行き交う人は足を止め、彼を見た。
そしてザワザワと騒がしくなる。
あ、見たことある…
あれが噂の…
SNSで見た…
ガソリン男…
人の円が二重三重となったところで、赤堂は再び口を開く。
「大抵のことは思い込みでなんとかできる」
先ほどと同じセリフ。
人の視線と携帯電話のカメラが彼に注目する。
赤堂はそれらを舐め回すように見た後、横に置いたカバンの中から1本の500mlペットボトルを取り出した。
ラベルは剥がされてあり、中に黒色の液体が入っている。
「ガソリンが入ってる。そして今から俺はこれを1滴残らず飲む」
言いながらペットボトルのフタを開け、ギャラリーに匂いを嗅がせに回る。
嗅いだものは一様にしかめっ面になった。
「ガソリンってのは飲んで飲めないものじゃない。言わば油だからな。けど…」
一通り匂いを嗅がせ終え、元いた円の中心に戻って続ける。
「問題は味だ。至近距離で匂いを嗅ぐだけでもその顔だ。500ml飲もうなんて気が触れてる。
普通の人がやればまずは嘔吐、次に下痢、食道が火傷するなんてこともあるらしい。」
手首のスナップでペットボトルをゆっくりと左右に揺らしながら、赤堂は得意げに話し続ける。
「しかし、俺はそれを思い込みで乗り切る。このガソリンをコーラと思って一気に飲み干す!」
大抵のことは思い込みでなんとかできる。
最後にそう言って、赤堂はペットボトルに口を付けた。