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17⇔70 七十歳定年退職者、十七歳冒険者と魂だけが入れ替わる  作者: 天宮暁


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33/44

33.桜塚猛、サヴォンの状況を知る(1)

「ロイド!」

「ロイド・クレメンスじゃないか!」


 サヴォンに命からがら逃げ込んだわしらの周りに、近くにいた冒険者たちが集まってくる。


「今までどこにいたんだ!? この大変な時に!」

「おいよせ、たまたま出ていて帰還できてない冒険者はたくさんいる」

「とにかく無事でよかったじゃないか」


 気さくに話しかけてくる冒険者たちは、街がモンスターに包囲されているという緊張感を表には出していない。

 さすが、場馴れした冒険者たちだ。

 これがもし日本で、外国の軍に都市を攻撃されているとしたら、ここまで落ち着いていられるだろうか。


(いや……そうでもないか?)


 思い出したのは、阪神淡路大震災の時のことだ。

 まだ現役の会社員だったわしは、当時関西支社に単身赴任していた。

 余震の続く中、一時は非難を余儀なくされた。

 避難所には、もちろん不安がる者が多かったが、それ以上に表面だけでも明るく振る舞おうとする者たちもいた。

 高齢者の血圧を測りながら明るく励ます若い看護師。自分も被災していながら、住む家を失った生徒たちの相談に乗っていたベテラン教師。不登校だったという少年が、炊き出しで見事なリーダーシップを取っている場面も目撃した。

 苦難にある人間の前向きさに、生来どちらかといえば後ろ向きなわしは大きな感銘を受けたものだ。


 わしは、話しかけてきた冒険者に聞く。


「いつからこの状態なんだ?」

「二日前の未明からだな」


 わしらが遺跡で聖櫃が持ち去られたことを確認した直後ということになる。


「食糧はあるのか?」

「ああ。冒険者ギルドと領主がそれぞれに非常用の備蓄をしていたらしい。食糧だけならひと月は優にもつという話だ。……本当かどうかはわからないがな」


 最後の一言だけは小声だった。

 たしかに、仮に食糧が少なかったとしても、それを正直に公表するとは思えない。

 が、現状食糧にはまだ制限がかかかっていないそうなので、今のところ余裕があるというのは本当だろう。


「この街の戦力は?」

「《爽原(そうげん)の風》が留守だったのは痛いな……他にも、依頼で外に出たまま戻ってない冒険者が結構いるらしい。それでも、ギルドの点呼によればサヴォンに所属する冒険者の約三分の二が街にいる」

「思ったより多いな」

「まぁ、逃げ出す暇がなかったからな。好むと好まざるとを問わず……という感じだ。経験の浅い冒険者には、高ランクの者が即席の訓練も行ってる」

「そうか。なんだ、想像してた以上にまとまってるじゃねぇか」


 わしはロイドの口調でほっと息をつく。

 が、わしの言葉に、冒険者の顔が暗くなる。


「……いや、それがそうとも言い切れないんだ。違うな、まったくそうは言えないってレベルだ」

「どういうことだ?」

「それは……」


 冒険者が答えようとしたところで、



「――無駄な抵抗はやめて、魔王軍に(くだ)ろう!」



 突然、そんな声が響いてきた。


 わしらは驚き、声の方向を見る。

 声は、サヴォンのメインストリートの方から聞こえてきた。


 そこにいたのは、集団だ。

 黒いボロ布を旗のように掲げ、腕や頭に黒い布を巻いた一団が行進している。

 老若男女、とくに偏りはないが、冒険者よりは住民ふうの者が多いだろう。

 どの者も切羽詰まった表情をしている。

 それはさながら、


(昔の学生運動に似ているな)


 プラカードこそ持っていないものの、「魔王軍に降ろう!」と繰り返しながら練り歩く黒い集団は、地球のデモ行進そのものだ。

 違うのは、学生運動やデモが怒りを中心にまとまっていたのに対し、黒布の集団は恐怖を中心にまとまっているように見えることだ。

 街頭にいる者たちから冷ややかな目を向けられているが、それに気づいた様子もない。

 強い恐怖と切迫感のせいで、周囲のものが目に入らないようだ。


「な、なんだいありゃあ?」


 ミランダが唖然として言った。

 冒険者の男が吐き捨てるように答える。


黒旗(こっき)派さ」

「黒旗派……?」


 ジュリアーノが問い返す。


「ああ。モンスターどもは、最初の襲撃以来、度々矢文(やぶみ)を打ち込んでくるんだ。モンスターが矢文だぞ? ふざけてる」

「俺たちも、ゴブリンどもが矢文を射かけているのは外から見た。矢文には何が書かれていたんだ?」


 ジュリアーノの問いに、冒険者の男は黙って懐から紙を取り出した。


 わしらはその紙を一斉に覗き込む。


 サヴォンの住民諸君に告ぐ。

 われらは魔王ナザレの擁する軍団なり。

 おまえたちに勝ち目はない。

 このまま抵抗を続ければ、サヴォンは凄惨な結末を迎えるだろう。

 当然のことだ。われら魔王軍に、逆らう者にかける慈悲などひとかけらもありはしないのだから。


 だが、精強で鳴らすサヴォンの冒険者を、犬死にさせるのは忍びない。

 そこで、われは、寛大なる御心(みこころ)をもっておまえたちに降伏を勧告する。

 魔王軍に降る者は黒旗(こっき)を掲げよ。

 サヴォンが陥落したその時に、黒い布を身に纏う者は生き延びるであろう。

 決断は早ければ早いほどよい。いち早く魔王陛下に恭順を示した者には、魔王の名の下に厚遇することを約束しよう。

 また、仲間を説得し、降伏を促した者も、戦後の地位を保障しよう。

 頑強に抵抗を試みる者を闇討ちにした者には、とくに手厚い褒美を与えよう。


 われら魔王軍はいたずらに時が流れるのを好まぬ。

 降伏勧告を行う(かん)、少しでも攻め手を緩めるなどとは期待せぬことだ。

 サヴォン陥落までの時間はごくわずかだ。

 その時までに、反抗して死ぬか、恭順して生き延びるかを決めておけ。


 だが、あらかじめ言っておく。

 しぶしぶながら服従するような者を、魔王軍はまったく評価しない。

 進んで魔王軍の覇道に協力しようとする者以外はすべて殺す。

 しかし逆に、魔王に心からの忠誠を誓った者は重んじられる。


 おまえたちの中には、実力の不足によって魔王の役に立てぬのではないかと心配する者もいるだろう。

 だが、そのような心配は必要ない。

 おまえたちの忠誠が心からのものであり、おまえたちが最大限の努力を惜しまぬのであれば、魔王はそれだけでおまえたちを庇護すべき部民(べのたみ)と見なすだろう。女子供、老人、病者、怪我人。辺境では生き(がた)い者たちであっても、魔王に献身を惜しまぬのであれば、生きる場所は必ず与えられよう。


 おまえたちの賢明な判断を期待する。


 魔王ナザレ・ギュスティヴァーン・トロンゾ


「なっ……なんだい、こりゃあ!」


 ミランダが声を上げる。

 ジュリアーノとアーサーも驚いた顔をしている。


 わしはつぶやく。


「降伏勧告……と見せかけたプロパガンダであり、かつ混乱を煽るための煽動文でもある、か」


 第二次世界大戦でこの手の情報工作が駆使されたことはよく知られている。

 ナザレに異世界の知識があるはずはないが、本人の(げん)によれば不老のまま長い時を生きてきた魔導師だというから、このくらいの手管は思いついてもおかしくはない。


「最初に鞭を見せてから、最後には飴を用意する。逆らえば地獄、従えば天国……とまではいかんにせよ、悪いことにはならなそうだ……そのような期待を巧妙に煽っておるのだ」


 わしの言葉に、ジュリアーノが反応する。


「なるほど……降伏するならばよし、しないまでも、内部分裂を煽ることができる、というわけか」

「うむ。黒旗を掲げさえすれば殺されないというのなら、降伏しようと言い出す(やから)はいるだろう。サヴォンの住人のすべてが冒険者や兵士ではないのだから」


 非戦闘員には、戦いの有利不利などわからない。

 身の安全を買いたいと思えば、降伏に傾く可能性はある。

 奇しくもこの煽動文に書かれているように、辺境の街は社会的弱者には生きにくい街だ。厳しい現実をたくましく生きている……といえば聞こえはいいが、そうせざるをえないだけともいえる。健康保険も年金制度も整備された会社員生活を送ってきたわしには、目がくらむほどしんどそうな世界である。


(あるいは、ナザレは焚きつけておるのかもしれんな。サヴォンの街に隠れていた、潜在的な不平分子たちを)


 冒険者の男が言う。


「情けないことに、冒険者の中にも黒旗に寝返る者が出てきている。サヴォンが冒険者の街だと言っても、冒険者は自立心の高い存在だ。街のために戦いに駆り出されるのは嫌だという者もいる。辺境に冒険者は絶対必要なのだから魔王だって自分たちを悪くは扱わないだろう、などと言ってな」


 魔王を名乗るナザレは、この街の冒険者ギルドの元マスターだ。

 そのこともまた、そのような期待含みの憶測を生む要因になっているのだろう。


「ギルドは何をしてるんだい!? あんな連中を野放しにしてるって言うのかい!?」


 ミランダが冒険者に噛み付く。

 冒険者はあきらめの混じった声で言う。


「どうするも何も……混乱しきってるよ。言ったろ、冒険者の中にも黒旗になびく連中がいるって。今、ギルドは、黒旗派と抗戦派で真っ二つに割れているよ」

「なぜじゃ!? ギルドの上の連中は何をしておったのだ!」

「なぜって言うが、そもそもの発端はおまえらなんだぞ?」


 アーサーの言葉に、冒険者が言う。


「あたしらが発端だって!? どういうことだい!?」

「今ギルドにはマスターどころか副マスターすらいないんだ。マスターだったはずのナザレは魔王を名乗って攻め込んできてるし、副マスターだったザハルドはおまえらの告発でギルドの檻ん中なんだろう?」

「「うっ!」」


 アーサーとミランダが言葉に詰まる。

 冒険者が苦笑した。


「まぁ、おまえらが悪くないってはわかってるけどな。よりによってこんな時に、という声は当然ある」


 周囲にいる他の冒険者たちも、男の言葉にうなずいた。


 そこに、突然遠くから女の声が聞こえてきた。

あけましておめでとうございます!

新年早々、区切りの都合で短くてすみません。

今年もよろしくお願い致します。


平成29年正月

天宮暁

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