表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17⇔70 七十歳定年退職者、十七歳冒険者と魂だけが入れ替わる  作者: 天宮暁


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

32/44

32.桜塚猛、モンスター軍の陣地に潜入する(2)

「ナザレ・トロンゾ!」

「おや、よく覚えていましたね。私は人に名前を忘れられるのが特技なのですが」


 くっくっく、とつまらない冗談に自分で笑う。


「ロイド・クレメンス……でしたか。私の罠をかいくぐって生き残ったばかりか、私が留守の間にダンジョンコアに奇襲までかけるとは。たしかに、Dランクに留め置かれていたのが不思議なほど優秀ですね」

「あんたの方は、ギルドマスターなんて嘘っぱちの悪魔召喚師だったけどな」


 ロイドの口調で軽口を返す。


「ふむ。ここであなたを殺すのは簡単ですが……惜しいですね。――ロイド君」

「なんだ?」

「よければ、私の仲間になりませんか?」

「おまえの仲間? ここいらのモンスターと一緒にサヴォンを襲えと言うのか?」


 わしは周囲を見回して言う。

 足を止めたせいで、周囲をモンスターに囲まれている。

 ゴブリン、コボルト、ギガアント、ギガントセンチピード、グール、ゾンビ、スケルトン。遠くからはジャイアントやキュクロプスがやってくる。


 ナザレが表情を変えずに言う。


「そんな小さなことではありません。私の手足として役に立ってほしいということです」

「曖昧だな。成功の定義がはっきりしない依頼は受けるな。冒険者の常識だ」

「ふふっ……そうでしたね。では、すこし語って聞かせましょう」


 ナザレが両手を広げる。


「私は神です」

「……は?」

「驚くのも無理はありませんが、事実ですよ。オストー、という神を知っていますか?」

「知ってるも何も……あの聖櫃に封じられてた神の片割れだろう」

「ほう、そこまで調べていたのですか。やはりあなたは優秀だ」


 ナザレがわざとらしく眉を上げる。


「聖櫃の封印は万全でした。なぜそんなことがわかるかというと、私は密かにオストーからの命令を受け、聖櫃の捜索、見つかってからはその解析に当たっていたからです」

「オストーの手下だったわけか。冒険者ギルドのマスターでありながら」

「私を、ギルドのマスターなどという矮小なくくりで語ってほしくはないものですね。私は魔導師ですよ。禁断の魔法を極め、神となることを望む者です。いえ、そうだったというべきでしょう」

「……神になったからもう違うって?」

「その通り。私は神です」


 おどけた様子で、ナザレが言う。

 その間にミランダとアイコンタクトをかわす。


「さて、どこまで話しましたか……そう、聖櫃の封印は万全だった。しかし、ここでとんでもない偶然が起こりました。さすがにここまではご存じないでしょう。コンジャンクション、という現象です」


 思わず、びくりと震えそうになった。

 が、かろうじて抑える。

 わしが本物のロイド・クレメンスと入れ替わった異世界の人間だということは、こいつには伏せておくべきだ。


「詳しい説明は省きますが、オストーは聖櫃から逃げ出すことに成功しました。ただし、逃げ出した先は、ここではない異世界です。しかも、彼にとっては天敵である妹神(いもうとがみ)オスティルも同じ世界に放り出されています。そのままではいずれ妹に捕まって元鞘です。オスティルという女神は、オストーに対する切り札のような存在なのですから」


 それは、わしの身体に入ったロイドが追っていたはずの話だ。

 ロイドとオスティルはオストーを捕捉できなかったのか?


「そこで、私はオストーに献策しました。聖櫃を書き換え、オスティルのみを封じてしまえばよいではないかと。魔導師たる私だからこそできる提案です。オストーは一も二もなく乗ってきました。……それが罠だとも知らずに……くくく……」


 ナザレの顔が歪んだ。

 口が三日月のように横に裂け、片目だけが大きく開く。

 こんな邪悪な笑いを、わしは七十年の人生で初めて見た。


「オストーは聖櫃の力でこの世界に戻ってきました。私の施した細工によって、オスティルは聖櫃の中に封印され、オストーは自由の身となりました」


(何だと!)


 オスティルが封印された?

 しかも、オストーの方は野放しになっている?

 およそ、最悪の結果だ。

 ロイド・クレメンス――あの若造は一体何をしていたのか。


 わしは、こちらの関心を悟られぬよう、用心しながら聞き返す。


「じゃあ、何か? 悪しき神だっていうオストーが野放しになっちまったっていうのか?」


 ナザレが首を振る。

 そして醜悪に笑う。


「くくく……」

「何がおかしい!」

「いえ、失礼。あなたを笑ったのではありません。あの神があまりにも愚かしかったものでね」

「おまえ……オストーをどうしたんだ?」


 神になった、と先ほどこの男は言っていた。

 とすれば、神であるはずのオストーはどうなったのか?

 悪人同士が仲良く手を取り合い、揃って神様になったはずもない。


「きひひ……察しがいいですね。そう、オストーの自由はほんの束の間のものでした。いえ、最初から自由なんてなかったともいえます。なにせ、奴は徹頭徹尾私の――いや、()の掌中にあったのだからな。ああ、何度思い返しても笑みが(こぼ)れる。神が這いつくばり、俺に怨嗟の声を浴びせながら、抵抗することもできずに力を奪われ、死んでいくさまはなぁ! ひゃーっはっはっはぁっ!」


 ナザレが両手を大きく広げ、顔を仰けて哄笑する。


(な、なんということだ……)


 この男の言ってることが事実なら、この男はオストーの神としての力を奪ったということになる。


 わしは思わずつぶやいた。


「神殺し……」

「くくっ……なかなかいいことを言うじゃないか! そうだ! 俺は神を殺して、その力を奪ったんだよ! 神としての地位を簒奪したんだ!」

「ば、馬鹿を言うんじゃないよ! そんなことができてたまるかい!」

「できるのさぁ。もっとも、いかな天才魔導師、いかな数百年を不老のまま生き続ける俺といえど、この世界の(ことわり)に従っている限りは、神を(しい)することなんざできなかっただろう!」

「じゃあ、一体どうやったというんだ?」


 わしが聞く。


「その答えも、コンジャンクションさ。俺はコンジャンクションによって外なる宇宙の力に触れ、その一部を手にすることに成功した! さっそくその力を使ってオストーの阿呆を罠にかけたってわけだ!」


 ナザレは饒舌に語り続ける。

 (かぎ)のように指を曲げた手で、自らの顔面をなぞっている。

 指の隙間から覗く目は、既にわしらを見ていない。


 その時だった。


「――ロイド! ミランダ!」


 わしとミランダは弾かれたように飛び出す。

 声の方向にだ。

 そこにはジャイアントがいた。

 その足元に現れたアーサーが斧を振るう。

 脛を砕かれたジャイアントが絶叫しながらその場に転がる。

 ミランダとわしは、その脇をスライディングで抜ける。


 その先にはジュリアーノがいた。


「話は後だ! 逃げるぞ!」


 ジュリアーノとアーサーが駆け出す――外へ向かってではなく、サヴォン側へ向かって。


「お、おい、そっちは……」

「外側には間もなくドロモット軍が現れる! 時間切れだ! サヴォンに逃げ込むぞ!」


 逃げるわしらを、ナザレは追おうともしてこない。

 散発的にモンスターが襲い掛かってくるが、アーサーの斧とミランダの大剣、わしの魔法でいなしていく。


 サヴォンの城門前にはコボルトの群れがいた。

 ジュリアーノが反射的に速度を落とす。


「待て、そのままだ! アレを使う!」


 わしの言葉に、三人がうなずく。

 わしは呪文を唱える。

 ロイドでは使えなかったという魔法を、わしなりにアレンジして使えるようにしたものだ。


「空気中の水分よ、水素と酸素に分離せよ、爆炎よ、水素と酸素を取り込み爆燃せよ――エクスプロージョン!」


 コボルトの群れを爆炎が襲う。

 ちぎれた肉片、ちぎれた四肢が宙を舞う。


 詠唱は若干据わりが悪いが、起こそうとする現象をなるべく緻密にイメージした方が魔法の威力は上がるという。

 中学校で習ったような初歩的な化学の知識だが、これだけで魔法の威力も安定度もロイドの倍以上になっている。


 城壁の上で、冒険者らしき男が驚いている。


「あたしだ! ミランダだ! 中に入れてくれ!」


 冒険者はミランダの知り合いだったらしい。

 少し待つと、城門がわずかに開いた。

 わしらが身体を横にして城門をすり抜けると、城門はすぐに大きな音を立てて閉ざされた。

 城門の外から、モンスターたちが扉を叩く音が聞こえてくる。


「……まったく、死ぬかと思ったわい」


 アーサーがつぶやく。

 わしに、同意するだけの体力は残ってはいなかった。

物語は佳境ですが、おそらくこれが今年最後の投稿になると思いますので、ご挨拶を。

今年は『NO FATIGUE ~24時間戦える男の転生譚~』の3巻もあり、『焰狼のエレオノラ』もありと、とても恵まれた年でした。

それもこれも皆様のおかげ。

改めてありがとうございます!

いよいよクライマックスを迎える『1770』も、最近更新空きがちで申し訳ない『NO FATIGUE』も、完走を目指してがんばっていきます。

来年もよろしくお願いいたします!

それでは皆様よいお年を。


2016年12月30日

天宮暁

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ