31.桜塚猛、モンスター軍の陣地に潜入する(1)
「じゃあ、幕屋にはそれぞれダンジョンコアがあったんだな?」
ジュリアーノがミランダとアーサーに確認する。
「間違いないよ。少なくともあたしの確認した二つの中にはあった」
「わしが見た幕屋の中にもあったわい」
「俺も直接確認した」
偵察した幕屋はここから近い四つだけだけだ。
身の軽いミランダは二つを確認してくれている。
「どの幕屋にも、ナザレ・トロンゾはいなかった。聖櫃も見つかっていない。矢文も回収できなかった」
ジュリアーノがまとめる。
「ちぃっ。奴さえ倒せばあとは烏合の衆になるってのに」
舌打ちするミランダに、ジュリアーノが言う。
「いや、俺たちの戦力でナザレを倒せるかは不透明だ。周囲にモンスターが山ほどいる状況で、悪魔まで呼ばれたらたまらない。なんとかギルドと連絡を取って、Sランクのパーティに依頼した方がいい」
「じゃが、Sランクパーティ《爽原の風》は、副ギルドマスターの横領事件の調査でフルメンに赴いているのではなかったか?」
「そうだった……しかもその足で、ことの顛末を報告するために、冒険者ギルド協会本部に向かっているはず」
「協会本部のあるサフィーザからサヴォンまで五日はかかるね。サヴォンの異変が五日で伝わったとして、《爽原の風》が戻ってくるまでにさらに五日――いや、連中なら三日くらいで戻ってくるか。だが、それでも八日もかかるぞ!」
ジュリアーノが歯噛みする。
「八日もあれば、隣国の軍もとっくにサヴォンに到着しているじゃろうな。いや、それ以前にモンスターどもの組織だった攻撃を凌げるかどうかじゃが……」
「にしても、タイミングがよすぎるじゃないか。ドロモット軍にも、ナザレの息がかかってるのは確実さね」
ドロモットというのは隣国の名前らしい。
強力な重装歩兵を擁する軍事国家だと、ロイドの知識にはある。
「ああ。ナザレの所在はわからないが、ドロモット軍と合流されてしまえば、《爽原の風》が戻ってきたところで簡単には手出しできなくなる」
「冒険者の仕事はモンスターとの戦いじゃ。戦争に関しては、ドロモット軍に分があるわい」
三人が同時に唸る。
わしが言う。
「皆、焦りすぎるな。ナザレの首級を取りたいのはわしも同じだが、功を焦ってはしくじるぞ。わしらに確実にできることをやるべきだ。当面は、幕屋のダンジョンコアの破壊だろう。包囲軍の補給線を叩くのは防御側の定石だからな。一つでもコアを潰せば、その分だけサヴォン側が楽になる。それで救われる命も多かろう」
わしの言葉に、ジュリアーノがハッとする。
「そうだな。できればすべてのコアを破壊したいところが、それは高望みがすぎるだろう。できて二つといったところか」
「あたしらが二人ずつに分かれて、同時に二箇所の幕屋を奇襲するんだね?」
「そういうことだ」
当たり前のようにミランダが言い、ジュリアーノがうなずいた。
二人は自信があるようだが、念のために聞いておく。
「それは危険ではないのか? 戦力を集中して一箇所を確実に叩くべきではないか?」
「四人も固まってたら幕屋に辿り着く前に見つかっちまうよ。かといってひとりでは逃げ切れない。コアを破壊する間、見張ってる人間も必要だ」
「やけっぱちになるのは論外じゃが、慎重すぎても戦果が得られん。なに、わしらとて死ぬ気はない。十分に安全は見込んでおるよ」
最後にアーサーが胸を叩いて言った。
「……わかった。おまえたちに自信があるならわしが口を挟むことではなかろう」
わしの言葉に、ジュリアーノがうなずく。
「じゃあ、二手に分かれよう。狙うのは離れた幕屋がいいだろう。片方が感づかれてももう片方が警戒されるまでに時間がかかるだろうからな。メンバーは……俺とアーサー、ミランダとサクラヅカ翁でいいか?」
「あたしとアーサーが破壊役ってわけだね」
ダンジョンコアはそれなりに固いらしいから、力のあるアタッカーが必要だ。
ロイドにもできないことはないが、単純な打撃力ならミランダの方が上らしい。また、わしではロイドの能力を十分には活かしきれないおそれもある。
「では、いくぞ」
ジュリアーノの声にうなずき、わしらは行動を開始した。
わしとミランダは、目標となる幕屋のすぐそばまでやってきた。
ここまで、モンスターには見つかっていない。
種類にもよるが、総じてモンスターは五感が鈍いという。
生態系のいびつな勝者としての立場が、感覚を退化させたのかもしれない。
むろん、特定の感覚が鋭いモンスターもいるが、どちらかといえば少数派だ。
だから、ここまで近づける。
わしとミランダが息を潜めていると、遠くでモンスターたちが騒ぐのがわかった。
「あの二人は成功したらしいね」
ミランダは言いながら、幕屋の陰に滑り込む。
わしもその後に続く。
幕屋の中には黒紫の水晶のようなものがあった。
大きい。
人の背丈ほどもあり、重量は数百キロといったところか。
本体からは菌糸のようなものが地面に向かって生えている。
コアは大地を侵食するように地面に食い込み、淡く発光しながら不気味に脈を打っていた。
さいわい、幕屋の周囲にモンスターはいない。
サヴォン攻めの方に出払っているようだ。
わしが外を見張っている間に、ミランダが大剣を振り上げる。
「いったん壊し始めたら、気づかれないってのは無理な相談さね。なるべく早く壊すしかない。タケル、あんたは敵が来たら教えることと、手に負える範囲の相手だったら倒すこと。この二つだけを意識するんだ」
「わかった」
正直不安だったが、事ここに至ってはやるしかない。
わしはミランダに背を向け、剣を片手に幕屋の陰から外を見張る。
「はぁッ!」
背後でミランダの気合の声。
がぎん、とすさまじい音がした。
「くっ……固いね!」
ミランダの舌打ち。
がぎん。
ごぎん。
最後に、岩石の割れるような音がした。
「もうちょっとだ!」
ミランダが言う。
そこで、幕屋に向かってモンスターがやってくる。
ゴブリンだ。
(たった二体か。わしでもやれるな)
わしは物陰を飛び出し、一体の首を後ろからはねる。
返す刀でもう一体の背中を撫で斬りにする。
モンスターとはいえ、命を絶ち斬った感覚に、わしの背中が粟立った。
わしは束の間、棒立ちになっていたらしい。
――ギギャアアッ!
背後からモンスターの声。
あわてて振り向く。
今度はゴブリンが五体。
しかも、既に臨戦態勢を取っている。
(しまった! さっきの二体は斥候か!)
「ちっ! ファイアアロー!」
魔法で一体を仕留めるが、その隙に他の四体が迫ってくる。
わしは幕屋とは逆の方に下がりつつ、一体の棍棒をいなし、すくいあげるような剣撃で胸を斬る。
浅い。
返す刀で首を刈る。
なんとか仕留めた。
が、一体に二太刀では遅すぎた。
残りの三体が、わしの左右から襲ってくる。
左から二体、右から一体。
わしは一体の方に体当たりし、ゴブリンの囲みを突破する。
しかし、
「くっ!」
強引な動きに体勢を崩す。
振り向いたゴブリンが棍棒を横薙ぎに振ってくる。
わしは倒れ込みつつ地面を転がる。
起き上がりざまに、
「ファイアアロー!」
炎の矢がゴブリンの肩に直撃する。
が、
――ギィイイイッ!
片腕を焼かれたゴブリンが怒りの声を上げる。
(仕損じたか!)
ゴブリンが迫ってくる。
その迫力に一瞬呑まれた。
振り下ろされる棍棒。
「ぐぁっ!」
棍棒が肩をかすめた。
回避が間に合わなかったのだ。
(くそっ、ロイドならかわせたはずだ!)
せっかくの若く頑健な身体が活かしきれない。
身体能力や反射神経はロイドのものだが、わしの意識は老人のままだ。
いや、老人でなかったとしても、平和な国で生まれ育ったわしに、このような鉄火場は向いていない。
再び棍棒を振り上げるゴブリン。
わしはゴブリンの腹に蹴りを入れる。
ゴブリンがよろめいた隙に立ち上がる。
そこで、ミランダの叫びが聞こえてくる。
「こっちは終わったよ!」
わしは踵を返す。
進行方向にいたゴブリンを力任せに斬り伏せる。
倒れるゴブリンを蹴り飛ばし、ミランダのいる幕屋へ向かう。
幕屋からミランダが飛び出してきた。
たちまち、近くにいたゴブリンを両断する。
「ちぃっ、もう交戦してんのかい! しかも討ち漏らしやがって!」
背後から角笛が聞こえた。
片腕を焼かれたゴブリンが仲間を呼んでいるのだ。
ミランダが懐からナイフを取り出し投擲する。
ゴブリンの目玉にナイフが刺さり、ゴブリンは角笛を落としてその場に倒れた。
鮮やかな手並みだ。
ロイドの中身が老いぼれであることを除いても、ミランダはもともとロイドより強い。ロイドに剣を教えたのはミランダだというから当然だ。
「逃げるよ!」
「ああ!」
短く言葉を交わし、わしとミランダは陣の外へと逃げ出す。
軍団を形成しているとはいえ、相手は所詮モンスター。陣地の構築が甘い。
わしらは襲い来るモンスターを倒し、いなしながら外側へ向かう。
襲い来るゴブリンを斬る。
飛来するキラーワスプを転がってかわす。
立ち塞がるジャイアントの股をくぐり抜ける。
いくら今の身体が若い冒険者のものだと言っても、さすがに息が切れてくる。
わしの剣は血に塗れ、わしの前を走るミランダは返り血で全身を赤く染めていた。
「うらあああああっ!」
ミランダが吠え、大剣を振るう。
その勢いに、弱いモンスターは思わず進路を開けていた。
その奥に、キュクロプスが現れる。
一つ目の巨人は、ミランダに巨大な木槌を振り下ろす。
「ファイアアロー!」
わしはキュクロプスの単眼を炎の矢で狙う。
キュクロプスが怯んだところに、
「っぜいああッ!」
ミランダが跳び、全体重を乗せた斬撃を放つ。
キュクロプスの分厚い胸が袈裟懸けに裂かれる。
「風よ打ち据えろ――ウインドブロウ!」
わしの魔法。
キュクロプスの上半身を強烈な突風が打ち据える。
キュクロプスがバランスを崩す。
「どらあああッ!」
再びミランダの一撃が入る。
その衝撃でキュクロプスが仰向けに倒れた。
止めは刺さない。
刺す余裕がない。
わしとミランダは、倒れたキュクロプスを跳び越え、駆けていく。
「あと少しだ、気張んな、タケル!」
一歩先を行くミランダが首で半分だけ振り返って言う。
「ああ!」
わしは短く返事する。
最初の段取りでは、この先にある灌木の雑木林に逃げ込み、追ってきたモンスターを撒くことになっている。
雑木林にはいくつかのモンスター用の罠をあらかじめ用意していた。
その雑木林は目前だ。
わしは木と木の間に張られた細いロープを跳び越え、木立に駆け込む。
――ギギュイイ!?
追ってきたモンスターがロープに足を取られ、玉突きになって倒れていく。
飛行型のモンスターは木立の中には入れない。
「よしっ! 目論見どおりだ、ミランダ!」
ガッツポーズしつつ、前を向く。
と、ミランダの背中が予想より近くにあって驚いた。
ミランダが足を止めている。
ぶつかりそうになり、わしはあわてて走るのをやめる。
「どうし……」
聞きかけたわしの言葉を遮って、
「……おや、奇遇ですね。あなたがたが生きているとは思っていませんでしたよ。キャリィさんは仕損じたようですね」
ミランダの目の前にいる男が言う。
その男には見覚えがあった。
かといって、男が特徴的だったわけではない。若くもなく老いてもいない。太っても痩せてもいない。優しそうでも厳しそうでもない。特徴がないのが特徴という稀有な男だ。
わしは叫ぶ。
「ナザレ・トロンゾ!」




