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17⇔70 七十歳定年退職者、十七歳冒険者と魂だけが入れ替わる  作者: 天宮暁


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30/44

30.桜塚猛、モンスター軍を観察する

 ロイドのパーティメンバーたちは、モンスターに包囲されるサヴォンへと戻ってきた。

 正確には、サヴォンを見渡せる、近郊の小高い丘の上だ。

 灌木に身を隠しながら、三人はサヴォンの方を覗き見る。


「こ、こりゃあ……」


 目の前の光景に、ミランダが絶句する。


 ギガアントの群れが大挙して城壁に押し寄せ、城壁を登攀していく。

 城壁の上からは岩や熱した油などが降り注ぐ。そのたびにギガアントは城壁から墜落していくが、知能の低いギガアントは仲間が殺されても臆することなく城壁に取り付いていく。

 今のところなんとか防げてはいるが、焦っているのはむしろ防衛にあたっている冒険者や領主の兵の方だった。


 ギガアントの他にも、手先の器用なゴブリンたちが、手製の長梯子を持って城壁に取り付こうとしている。

 こちらは城壁の上から降る矢の雨によってかなりの犠牲を出しているようだ。

 ギガアントとは異なり、ゴブリンたちはあからさまに戦意を失っている。

 が、その背後にいるミノタウロスが、戦線から逃亡を図ったゴブリンを、巨大な斧で挽肉に変える。

 ゴブリンたちは恐怖に震えつつ、少しでも死の遠い方――城壁へ向かって突進していく。


 さらに厄介なのは空を飛ぶモンスターたちだ。

 人の赤子ほどの大きさのある巨大蜂キラーワスプ。

 毒腺のある尾を持つ巨大なトンボ型のモンスター・ポイズンフライ。

 長く鋭い嘴を持つ小型の怪鳥スティングシュライク。

 城壁に取り付くギガアントやゴブリンを攻撃する城壁上の冒険者や兵たちに、飛行型モンスターが襲いかかる。

 その一部は、城壁の要所に配置された魔法使いの炎の魔法で撃墜される。

 が、モンスターたちは動揺した様子もなく波状攻撃をしかけていく。

 群れをなすモンスターには女王またはボスとなる個体がいることが知られている。女王やボスを倒せば、モンスターの群れは瓦解し、連携が取れなくなったりバラバラに逃げ出したりするという。

 しかし現在、女王やボスは攻撃には加わらず、ギガアントやゴブリンの背後にあるモンスターたちの野営地に陣取っていた。鳴き声、フェロモン、8の字ダンス、その他モンスターごとに異なる方法で、離れた場所から部下たちに指示を出している。あれでは、いつまで経っても群れを殲滅することができないだろう。


「なんてこった……!」


 ジュリアーノがうめく。

 サヴォン側の冒険者や兵は今のところ持ちこたえている。

 が、消耗を気にしないモンスターとは違い、サヴォン側は休まずに戦い続けることは不可能だ。


 さらに、


「おい見ろ! ワイヴァーンだ!」


 アーサーが声を上げる。

 アーサーが指さした方向に、岩を脚で抱えたワイヴァーンが飛んでいる。

 ワイヴァーンは高度を下げながら速度を上げ、城壁にぎりぎりまで近づいてから、岩を手放して急上昇する。

 岩は城壁には当たらずその上を通り、奥にあるサヴォンの街に墜落する。

 ギシャアア、と悔しげにワイヴァーンが啼く。

 そのワイヴァーンに、城壁上の冒険者が矢を射かける。

 ワイヴァーンは、翼をはばたいて矢を失速させつつ、はばたきの力を利用して上空へ逃れていった。


「くっ! あんなことをされちゃ、自慢の城壁だっていつまでももたないぞ!」

「ど、どうするんじゃい! この様子では、わしらがサヴォンの中に入ることすら難しいわい!」

「遊撃でモンスターを叩こうにも、こうも多くちゃすぐに囲まれちまうさね」


 三人が黙り込む。

 組織的に攻城戦をしかけるモンスター。

 前代未聞の事態を目の前にして、有効な打開策が見いだせないでいるらしい。


 わしは、三人の背後から声をかける。


「――お困りのようだな」


 三人がびくりとして振り向いた。


「サクラヅカ(おう)! どうしてここに!?」

「いや、何。たしかにこんなところで死ぬつもりはないが、かといって見捨てると言ったつもりもなかったのだがな」


 わしは肩をすくめる。


「何言ってんだい! ここからはあたしらの仕事だ! 中途半端な覚悟の奴なんてむしろ邪魔だよ! さっさとどこへなりと消えてくれ!」


 ミランダがわしに噛みついてくる。

 わしはミランダをじっと見返して言う。


「ふん。わしに言わせれば、おまえたちの方がよほど中途半端に見えるがな」

「なんだって!? あたしらの何が中途半端だって言うんだい!?」

「命をかけて恩義に報いる。なるほど、美しい精神だとわしも思う」


 わしはミランダの手を振り払う。

 もともとはロイドの身体だ。最近はわしもこの身体に馴染んできた。ミランダの手を振り払うくらいは問題ない。


「昔話をさせてもらおう。わしが生まれる前の話だ。わしの国が、戦争を始めた。相手は世界最強の国家だった。無謀な戦いだ。多くの軍人たちは勇敢に戦ったのだろう。そのことを疑うつもりはない。が、結果として戦争には破れた。空襲や原子爆弾で数多くの民間人も死に、わしの国は他国の支配下に置かれることになった」

「……そいつがなんだって言うんだい?」


 ミランダがわしを睨みつける。

 アーサーもいぶかしそうにわしを見ている。

 ジュリアーノだけは、わしの話に興味をそそられているようだったが。


「気合では戦争には勝てぬ、ということだよ。公平に見て、わしの国の軍人はかなり気合の入った連中だったろう。対して、敵国の軍人は、むろん戦士としての気概を持ってはいたろうが、戦いを常に仕事と見、いかに損耗なく、効率よく勝つかを追求していた。初戦ではわしの国の軍が優勢だったが、その優勢は徐々に覆っていった。敵が、わしらの戦法を研究し、暗号を解読し、次々に対抗措置を取っていったからだ」


 単純な物量差、という要素も見逃せないが、話が混乱するので今は黙っておく。


「わかるか。一時の熱情で戦いをするのは愚かなことだ。戦いには勝つ算段をつけた上で望まねばならぬ。最後の最後まで、その努力を放棄してはならん」


 あの戦争をやったのは、わしの父母や祖父母にあたる世代だったのだ。

 歴史に関心を持つ者として、わしは使命感を持って戦争についても勉強していた。

 むろん、軍人でも政治家でもないわしに、その勉強を活かす機会などなかったのだが。


「勝つ算段だって? そんなものがあるもんかい! タケル、あんたにはこの状況が見えないのかい!?」


 ミランダが腕を振る。

 その背後にはモンスターに攻められるサヴォンの姿がある。


「わしの国の軍人も同じように考えた。結果、奴らが編み出したのは自爆戦術と玉砕よ。最後の一兵まで戦い抜く。一人でも多くの敵兵を巻き添えにして、な」

「ふんっ、立派じゃないかい! 勝てない以上は、そうする以外にないさね!」

「だが、それでは勝てぬことも事実だろう。勝てなければ、おまえが守りたいと思っている者たちを守ることもできぬ」

「ぐっ……」

「だから、考えねばならぬのだ。不利な情勢を少しでも有利にできる戦略を」


 わしの言葉に、ジュリアーノが言う。


「戦略か。では、サクラヅカ翁には何か考えがあるというのか?」

「まず、状況を分析しようではないか。これは攻城戦だ。モンスターが攻城戦を行うとは聞いたことがないが、事実として起こっている以上否定はできん」

「ふむ。それで?」

「攻城戦で鍵となるのは、古今東西を問わず、兵糧(ひょうろう)なのだ。攻め手側も受け手側も、膠着した戦線を維持するためには大量の兵糧がいる。兵糧は、あらかじめ集積しておくか、相手から奪うか、どこかから運んでくるかのいずれかだ」

「サヴォンには非常時に備えて数カ月分の兵糧があるはずさね」

「では、モンスターは?」

「何だって?」

「モンスター側はどうやって兵糧を確保しているのだ?」

「う……それは……」


 ミランダがジュリアーノを見る。


「モンスターは人間を食料にするほか、自分より弱いモンスターを捕食する。ダンジョン内では、ダンジョンコアの供給する魔力によって必要な食料の量が著しく減ると言われているな」

「では、あのモンスターどもはどうなのだ?」

「……わからないな。共食いをしている様子はない。そんなことをしていたら、あんなふうに連携を取って都市に攻め入るなんてことはできないだろう」

「城壁の外側に落ちた人間を捕食してはいるようじゃがな」


 アーサーが顔をしかめて言う。


「しかし、それだけではとうてい足るまい。さっき数えてみた限りでは、ギガアントだけで千五百、ゴブリンが千、飛行モンスターが合わせて数百、ワイヴァーンが数体といったところだ。街の反対側にはまたべつのモンスターの群れがいるようだったが」

「まるで、ダンジョンの中身がまるごとあふれかえってきたみたいさね」


 ミランダが吐き捨てるように言った。

 その言葉に、わしとジュリアーノが反応する。


「それだよ」「それだ!」

「えっ……?」


 ミランダが困惑する。


「あれだけのモンスターを養い、かつ統制を取る。これは、ダンジョンの中でしかできないことだろう」

「ダンジョンコアがあるってことか? だが、コアは野外には発生しないと聞くぞ」

「現時点ではたしかなことはわからんよ。しかし、コア、ないし『コアのようなもの』が存在する可能性はあるだろう。……ほら、ゴブリンどもが立てた幕屋があるだろう。ああいった場所に隠されているのではないか?」


 わしの言葉に、三人が幕屋を探す。

 幕屋は、ここから見える範囲だけでも四つある。サヴォンの周囲に同じようにあると考えると、十から十二、三程度あるだろう。


「ふむ……たしかに、あの幕屋は何のためにあるのやらわからんの。ゴブリンのリーダーらしき個体は、幕屋のそばにはいないようだし」


 アーサーが顎鬚を撫でながら言う。


「ってことは、何かい? サヴォンは今、いくつものダンジョンに包囲されちまってるってことかい?」

「そうともいえる。もっとも、ダンジョンは元となる洞窟や建造物の内部空間が拡大すると、ロイドの知識にはある。が、今のところサヴォン周囲の空間がおかしくなっているようには見えんな」

「しかしひょっとすると……」


 ジュリアーノが嫌そうな顔で言葉を呑み込む。


「さよう。サヴォンの周囲――いや、サヴォン自体がダンジョン化してしまうかもしれん」

「なぁっ……!」


 ミランダが絶句する。


 ジュリアーノが言った。


「しかしそうなると、隣国の軍が動いているのはなぜなんだ? ダンジョン化したサヴォンを包囲してもしかたあるまい」

「さて……そこまでは。ダンジョンは人を呑み込むことで強力になるという。隣国の軍はその生贄に選ばれたのか……あるいは、ダンジョンの周囲を軍に警護させるつもりなのか。さらに妄想をたくましくするなら、ダンジョンを使ってモンスターを量産し、隣国の軍と合わせて強力な軍隊を作り、周辺諸国を征服しようとでも思っているのかもしれんな」


 わしの言葉に三人が身震いした。


 アーサーが言う。


「それで、わしらの追っていた聖櫃はそれにどう絡んでくるのだ? サヴォンの冒険者ギルドのマスターだったナザレの役割は?」

「それなのだよ。聖櫃それ自体は、オストーとオスティルの双子神を封じる道具にすぎんはずだ。それをどうやったら悪用できるというのか。あるいは、地球でロイド・クレメンスと行動をともにしているはずの、女神オスティルならばわかるかもしれんが……」


 わしら四人は考え込む。

 最初に口を開いたのはジュリアーノだった。

 ジュリアーノは指を二本立てるお決まりのポーズを取った。


「やるべきことは二つあるようだ。一、あの幕屋の中を偵察、ダンジョンコアかそれに類似したものがあるかどうかを確認する。できれば破壊したい。ついでにナザレがどこかに隠れていないかも確認したい。しかし相手は悪魔召喚師だ。準備もなしに戦闘を仕掛けるのは危険だろう」

「一が長いわい」


 アーサーがつっこむ。


「すまん。次に二だ。もう一度エルヴァの大老に会い、夢見の宝珠を使って異世界にいるというオスティルと連絡を取る。聖櫃の確保に失敗したことと、ここで起きている事態を報告するべきだ。ナザレの目的についても、彼女ならば何かわかるかもしれない」

「ちょっと待ってくれ、三もあるだろう。サヴォンを包囲するモンスターの軍団を駆逐することだ」

「いや、それは俺たちに実現可能な戦術じゃないよ、ミランダ」

「だとしても! サヴォンがダンジョンに呑まれるかもしれないってのに、手をこまねいて見てろっていうのかい!?」

「そうは言っていない。幕屋を偵察し、ダンジョンコアがあるようなら破壊する。それくらいのことはできるはずだ。さいわいモンスターたちの注意はサヴォン側に向いている。背後からそっと近づけば不可能ではない」

「壊した途端に気づかれて追いかけられることになるじゃろうがなぁ」


 アーサーが嫌そうに言う。

 わしが付け加える。


「二に関してだが、エルヴァに援軍を頼めんのか? 包囲するモンスターの背後をついてもらう。同時に城門を開いて内側からも総攻撃をかける。うまくすればモンスターを一網打尽にできるだろう」


 攻城戦における、防御側の定石だ。


「エルヴァの援軍か……人間のためにそこまでしてくれるかどうか。長命種族のエルヴァは、命を失うおそれのある戦いを非常に忌避するんだ」


 ジュリアーノが眉間にしわを寄せて言う。

 そう言うからには相当に難しいことなのだろう。


「――わしが説得する」

「……なんだって?」

「わしが説得する。どちらにせよオスティルという女神に接触するにはエルヴァの里にいかねばならん。オスティルから聞き出せた事情次第ではエルヴァも動いてくれよう」

「……難しいぞ」

「承知の上だ」


 ジュリアーノがわしを見る。

 わしもジュリアーノを見返す。

 ジュリアーノがため息をついた。


「わかった。やるだけやってみよう。たしかにそれが包囲を破る最善の手ではある」


 わしらの話がまとまりかけたところで、モンスター軍に動きがあった。

 ゴブリンの一団が、城壁の奥に向かって矢を射かけたのだ。


「あれは……矢文だな」


 わしらの中で最も目のいいジュリアーノが言う。


「ゴブリンが矢文だって? 降伏勧告でも送ったってのかい?」


 ミランダが鼻で笑う。


「いや、否定はできんぞ、ミランダ。奴らに統率者がいるのは明らかじゃ。おそらくはあのナザレなのじゃろうが」


 アーサーが険しい顔で言った。


「よし、偵察のついでに、できることならあの矢文を回収しよう。すべて打ち尽くしたということはないはずだ」


 ジュリアーノが言い、ミランダとアーサーがうなずく。


「よし、それじゃあ、三手に分かれて偵察さね。ロイド……じゃなかった、タケルはここで隠れているんだ」

「……なぜだ?」

「あたしらの中じゃ、ロイドはいちばん偵察がへたくそだったのさ」


 わし以外の三人が、モンスター軍の陣地に向かって駆けていく。

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