29.桜塚猛、サヴォンに迫る危機を知る
聖櫃が奪われた。
その事実を確認したわし(桜塚猛)たちは、ひとまずサヴォンに戻ることにした。
姿を消したギルドマスター、ナザレ・トロンゾの情報を集めるためだ。
しかし、サヴォンの手前にある村で、信じられない話を聞く。
「なんだと!」
わしは思わず、話をしてくれた旅商人に詰め寄った。
「ひっ!」
「こら、ロイド! 落ち着きな!」
怯える旅商人を、ミランダが宥める。
旅商人が落ち着いてから、ジュリアーノが聞く。
「サヴォンに向けて、隣国の軍勢が侵攻中だ……というんだな?」
「あ、ああ。ここに来る途中で、村から軍需品を徴発してやがったんだ。俺はなんとか事前に情報を得て、村を迂回して来たんだが……」
「しかし、それならどうしてこんな中途半端な場所にいるんだ? 軍に追いつかれる前にサヴォンに入るべきだろう」
これから攻撃を受けるであろうサヴォンに入るのも下策だが、ここから先にはサヴォンの他に大きな都市は存在しない。それに、この情報をいち早く伝えれば領主から報奨金も出るだろう。これから戦争が始まるなら、運んできた商品を高値で売ることもできるはずだ。
さっさとサヴォンに入って情報と商品を売りさばき、軍が来る前にさっさと逃げ出す。それが、旅商人としての正しい行動だろう。
旅商人が言う。
「もちろん、そう思って俺もサヴォンに向かったんだよ。ところが、サヴォンに近づいてぶったまげた。サヴォンに向かって、ありとあらゆるモンスターどもが襲いかかっていくところだったんだからな」
「何だって!」
わしらは顔を見合わせた。
隣国の軍。それはまだいい。いや、よくはないが、常識の範囲内だ。このところ隣国との関係は悪くなかったはずだが、戦争は突然起こることもある。このグレートワーデンの文明レベルから察するに、国と言っても民主制ではなく、封建制か専制君主制の国家だろう。中世ヨーロッパでは、国王の娯楽として戦争が始められることすらあったという。この世界で、同様の事態が起こらないとは限らない。
しかし、モンスターは別だ。
モンスターは、べつに一枚岩になって人類と戦っているわけではない。
モンスターの中にも食物連鎖のようなものがあるし、種族間で餌場を巡って争うこともある。モンスターの敵は人間の冒険者ばかりではない。むしろ、多くの場合、他のモンスターこそが脅威なのだ。
それが、一丸となってサヴォンに攻めかかっている?
それも、サヴォンに敵国の軍が迫る今この時を見計らったかのようなタイミングで?
考え込むわしに、アーサーが言う。
「おい、じいさんや! 今ここで考え込んでもなんともならんぞ! 急いでサヴォンに戻らねば!」
アーサーの言葉に、ジュリアーノが答える。
「だが、戻ってどうする? そもそもサヴォンは持ちこたえられるのか?」
ジュリアーノの冷静な問いにはミランダが答えた。
「サヴォンには城壁があるし、何より精強な冒険者たちがいる。非常時の備蓄もあったはずだ。サヴォンが落ちるなんてことがあってたまるかい!」
三人がうなずき合う。
わしは、貧乏くじであることは承知の上で、聞いてみる。
「おまえたちはサヴォンに戻るべきだと言うのだな。だが、なぜだ? 今戻れば間違いなくモンスターとの戦いや戦争に駆り出されるのだぞ。勝てる保証などない厳しい戦いだ。いくらおまえたちが優秀な冒険者だと言ったところで、向こうにだって強い武人はいるだろう。冒険者の生き死には自己責任だという。だとすれば、サヴォンには行かぬという選択肢も検討するべきでは――ぐぉっ!」
皆まで言い切る前に、胸ぐらを掴まれた。
もちろん、ミランダにだ。
「っざけるんじゃないよ、タケル! あたしらはたしかに自己責任で命をかける冒険者さ! でもね、そんな無鉄砲なあたしらを、あの街は受け入れ、支えてきてくれたんだ! あの街には恩義があるし、数えきれないくらいの知り合いがいる! 戦う力があるってのに、そいつらを見捨てて逃げるなんてできるはずがない! そんなことを一度でもやったら、あたしはこれからの人生で他人に頼る一切の資格をなくしちまう! 他人にバレるバレないなんて瑣末なことを言ってるんじゃないよ! 他ならぬあたしが、あたし自身を許せなくなっちまうのさ!」
「待て、ミランダ。サクラヅカ翁は確かめただけだ。俺たちに死地に赴く覚悟があるかとな」
ジュリアーノがミランダを宥める。
ミランダがわしを放す。
アーサーが、顎鬚をいじりながら言った。
「しかし、実際のところ、タケルには関係のない話ではあるな。タケルはサヴォンの人間ではないのだ。サヴォンのために命をかけるのは割に合わなかろう」
「……それは、そうだな」
わしは思わずうなずいてしまう。
その通りだ。
わしがサヴォンに何の恩義がある?
むろん、ミランダたちには世話になっているが、それは自分の命をかけるほどのものだろうか。
ジュリアーノが言う。
「隣国の軍の規模はわからない。が、精強な冒険者を擁することで有名なサヴォンを襲おうというのだ。生半可な戦力ではあるまい。それに、サヴォンに城壁があるといっても、それはおもにモンスターを想定して造られたものだ。人間の軍隊が破城槌や櫓、投石機のような攻城戦兵器を持ち出してきたらどれだけもつか」
「……ジュリアーノ。おまえはそこまでわかっていながら戻るというのか? おまえの郷里はエルヴァの森ではないのか?」
「そんなことは関係がない。土地の問題じゃないんだ。ミランダやアーサーが行くと言うなら、俺も行く。パーティメンバーとして、こいつらには何度も命を助けられてるからな」
ジュリアーノが笑う。
「というわけだ、サクラヅカ翁。最後まで一緒できなくて申し訳ない。そうだ、これを渡しておこう」
ジュリアーノは服の奥から首にかけていたペンダントを取り出した。
わしは思わずそれを受け取る。
「何か困ったことがあって、エルヴァの力を借りたくなったら、それを示せ。多少の無理は聞いてくれるだろう」
「お、おい、それではまるで……」
「心配するな。死ににいくつもりはない。だが、生きて帰れると断言できるほど、生ぬるい戦場ではなさそうなのでな」
わしが何も言えないでいるうちに、ジュリアーノが踵を返し、ミランダ、アーサーが続く。
わしは途方にくれて、立ち尽くしていることしかできなかった。
すみません、区切りの都合でちょっと短いです。




