23.ロイド・クレメンス、イギリスで竜を討つ
――イギリス・ロンドン。
「アイ・ゴー・ファースト、ユー・ゴー・セカンド」
俺は目の前のイギリス軍部隊に、下手な英語でコミュニケーションを試みていた。
ドラゴンが現れたと聞いて、俺はオスティルとともにロンドン・ヒースロー空港へやってきていた。
さっそくターミナルに侵入したところで、イギリスの対モンスター部隊と遭遇。
睨み合う事態となってしまった。
桜塚の学生時代の記憶を引っ張りだして、俺は英語で話しかける。
笑みを浮かべているつもりだが、俺の顔の上半分はプラスチックの仮面で覆われているからかえって不気味だったかもしれない。
部隊の隊長らしき男が、何事かを英語で聞いてくる。
しかし残念ながらマルドメ(「まるでドメスティック」)の会社人生を送ってきた桜塚の英語力では彼の言っていることはよくわからなかった。
しかたないので俺は同じセリフを語気を強めて繰り返す。
隊長はしぶしぶといった様子でうなずいた。
「ウィーク・モンスターズ・ユー・ハブ、ストロング・モンスターズ・アイ・ハブ。オーケー?」
これもまた、何度も繰り返してようやく通じた。
桜塚の記憶には、学生時代に習ったという英語の文法と基礎的な語彙が残っていたが、これが面白いほどに通じない。どうも、記憶にある「英語」の発音とネイティブの話す英語の発音がかなり食い違っているようなのだ。そのせいで、グレートワーデンだったらちょっとした学者レベルの知識がありながら、コミュニケーションがなかなか成立しない。
強いモンスターを俺が受け持つ。
そう聞いて、向こうの指揮官の表情が少し緩んだ。
そりゃそうだ。この奥にいるのはドラゴン――グレートワーデンではSランクとされているモンスターなのだ。
「Are you ...Whitehead?」
さすがに、これくらい簡単な表現なら聞き取れる。
返事は……ええっと。
「イット・シームス・トゥー・ビー・セイド・ソー」
「Legendary hero are you! It's a honor to meet you!」
何やら興奮した様子で指揮官が言ってくる。
雰囲気でわかる。
彼は、ニュースやネットで俺のことを知っているのだろう。
横浜ランドマークタワー攻略から二週間が経った。
その後も、俺とオスティルは連日世界中を飛び回り、ダンジョンの攻略を進めていた。
そんなことをしていれば、いつしか目撃者も増えてくる。
はじめはネットの動画投稿サイトで、やがては欧米のニュースチャンネルで。
俺の戦う姿が報じられ、俺は「魔法を使って戦う謎のじいさん」としてすっかり有名になってしまった。
アニメキャラクターのマスクをかぶっていることから、ついたあだ名は「白髪の彗星」。
海外では主に「ホワイトヘッド」で通っているらしい。
「アイ・ゴー」
指揮官に言いおいて、俺はターミナルの奥へと駆け出す。
あわててイギリス部隊もついてくるが、俺の足の方がだいぶ早い。
巣食っているワイヴァーンを蹴散らしながら進む。
「あっちね」
と、俺の隣でオスティルが進路を示す。
オスティルの姿は、俺以外には見えていないらしい。
「外か」
滑走路に放置されたジャンボジェットの奥に、黒々とした影がうずくまっている。
形状はワイヴァーンに似ているが、大きさが違う。うずくまっている状態で、ジャンボジェットと同じくらいの高さがある。
遅れてついてきたイギリス軍の兵士たちが、俺の背後で畏怖の声を上げていた。
「ブラックドラゴンとはな」
俺の頬を冷たい汗が伝う。
ブラックドラゴン。
グレートワーデンの冒険者のあいだでは、「黒い災厄」と呼ばれ、恐れられている存在だ。
「何を恐れているの、ロイド・クレメンス」
オスティルが涼しい顔で言ってくる。
「ああ……まぁな。今の俺なら何とかなるんだろうが……」
潜在意識にまで染み付いた恐怖の感情は、そう簡単には拭えない。
俺は大きく深呼吸をする。
「……よし。行くか」
俺は振り返り、イギリス軍部隊の隊長にアイコンタクトを送ると、ブラックドラゴンに向かって歩きはじめる。
残り100メートルくらいまで近づいたところで、ブラックドラゴンがうとましげにこちらを睨んでくる。
俺の背後でイギリス兵たちがいすくんでいる。
「ドント・ムーブ・ファーザー!」
それ以上動くな! というつもりで彼らに言ったが、通じたかどうかはわからない。
が、いずれにせよ彼らはすぐには動けそうにない。
俺はワンドと刀を握り直し、ドラゴンを睨み返しながら近づいていく。
ドラゴンが、黒い首をもたげた。
口を空に向けて大きく開く。
ごぉっ……と空気の吸い込まれる音が聞こえる。
ブレスが来る。
俺は左手に握ったワンドを前に構え、右手の刀でワンドを支える。
――グシャアアアッ!
濁った声とともに、ドラゴンの口がこちらを向く。
口から噴射されたのは、黒紫のガスだ。
トキシックブレス。
ブラックドラゴンが吐くとされる猛毒の息。
俺は呪文を唱える。
「風よ逆巻け――ワールウィンド!」
俺の前に竜巻が生まれた。
竜巻は目に見えないが、近くにあるジャンボ機の翼が震えるほどの風速だ。
竜巻が黒紫に染まっていく。
ブラックドラゴンのブレスは竜巻に吸い尽くされ、俺や背後のイギリス兵のところまでは届かない。
俺は震えるワンドを左手と刀の柄で押さえながら、竜巻の魔力を制御する。
そして、
「破ぁっ!」
ワンドを振るう。
竜巻が、突如斜め前方に走り出す。
進路にあったジャンボ機が、風に煽られて横転する。
竜巻は徐々に大きく、しかし緩くなっていく。
竜巻は俺たちから十分離れた地点で、ただの風になって霧散した。
トキシックブレスが周囲に撒き散らされ、滑走路のコンクリートがどろどろに溶ける。
今の騒ぎで、空港中からワイヴァーンが飛び立つ気配がした。
そのすべてが、俺たちの方へやってくる。
動こうとした俺に、
「Got your back!」
イギリス軍の隊長が叫んでくる。
小さく振り返る。
隊長が隊員たちに何かを命じていた。
隊員たちが携行していた金属の筒を肩にかつぐ。
「――Fire!」
隊員たちが一斉に引き金を引く。
白煙。
ジェット音。
筒から発射されたのはミサイルだ。
ミサイルは回避行動を取ったワイヴァーンを追尾し、撃墜する。
隊員たちが歓声を上げた。
「たいしたものね」
オスティルがつぶやく。
「同感だ」
この世界の人々は、既に事態に適応し始めている。
真っ先に行われたのは、対モンスター用兵器の開発だ。
生体をロックオンし追尾するミサイル、などというものはもともとこの世界には存在しない。が、モンスターの出現からひと月と経たないうちに、この世界の人々は対モンスター用兵器の実戦投入を始めていた。
「ワイヴァーンは、あいつら任せでも大丈夫だな」
俺はつぶやき、ドラゴンに刀の切っ先をつきつける。
「――来いよ。叩き潰してやる」
グギャオオオッ!
俺の挑発に答えるように、ブラックドラゴンが咆哮した。
「とはいえ、こいつがあいつらの方にいくとヤバいな。地よ割れろ――アースクラック」
俺は呪文とともに左手のワンドで地面を叩く。
俺を中心に、地面が割れた。
地割れは滑走路を横断する形で走っていく。
俺はすばやく前に跳び、地割れの奥、ブラックドラゴンのいる方に着地する。
俺とイギリス軍部隊を、地割れが区切った格好だ。
俺はイギリス軍部隊を振り返って叫ぶ。
「そっちは任せたぞ!」
うっかり日本語を使ってしまったが、彼らの隊長はサムズアップを返してきた。
俺がサムズアップを返している間に、ブラックドラゴンが迫ってくる。
ドラゴンが間合いの直前で身をひねる。
直後、俺の側方からすさまじい勢いでドラゴンの尾が飛んでくる。
俺は、身体強化Ⅲを使ってジャンプする。
反対側に着地した俺は、ドラゴンの後ろ足に白熱斬りを放つ。
今ではもはや、詠唱すら必要ない。
白熱した日本刀は、ブラックドラゴンの鱗を斬り裂いた。
しかし、
「くそっ、浅かった!」
ブラックドラゴンは痛がりもせず、斬られた足で俺を蹴る。
俺は杖と日本刀を交差させて受け止める。
が、さすがに威力を殺しきれない。
吹き飛ばされる。
俺の視界が回転する。
灰色の滑走路、黒いドラゴン、ロンドン特有の曇り空。
俺は平衡感覚を揺さぶられながら、なんとか魔力を集中する。
「旋風よ我が身を運べ――フライバイウィンド!」
魔法の風で軌道を変える。
視界の隅にジャンボ機の屋根。
風で姿勢を変化させ、ジャンボ機の上に着地する。
その直後。
ジャンボ機を、ブラックドラゴンの前足がへし折った。
「っぶねー!」
もちろん、俺はその前に逃げている。
へし折れ崩れるジャンボ機の翼を蹴り、俺はブラックドラゴンの眼前へと跳び出した。
「うらああああっ!」
渾身の白熱斬りが、ブラックドラゴンの眉間に刺さる。
赤黒い血が派手にしぶく。
目に血が入ったブラックドラゴンが首を振る。
俺は巻き込まれる前に距離を取る。
「ちぃっ……ほとんど効いてねぇな」
白熱斬りは、硬いことで有名なドラゴンの鱗を裂くことには成功している。
が、いかんせんドラゴンに比べて刀身が短すぎる。
ドラゴンにとってはかすり傷でしかないだろう。
「面倒ね。力押しで行ったら?」
オスティルが、あくびを噛み殺しながら言ってくる。
「やっぱそれしかねぇのか。なんかスマートじゃねぇな」
「戦いなんて泥臭いものでしょう?」
「そりゃそうなんだがな」
イギリス軍部隊の方を振り返ってみる。
ワイヴァーンどもは、暴れるブラックドラゴンに恐れをなして、すべて部隊の方へ向かっていた。
ブラックドラゴンも、地割れを飛び越えてまであちらを狙うそぶりはない。ダメージは少なかったが、俺のことを脅威だと認識したようだ。
と、ブラックドラゴンが、奇妙な動きを見せた。
歯をがちがちとぶつけあい、耳障りな音を立てている。
「ありゃなんだ?」
「サンダーブレスを使うのでしょうね」
かなり動き回ったが、オスティルは涼しい顔で俺の隣りにいる。
テレポートで追いかけてきてるだけだからな。
いや、それよりも、オスティルの言葉の内容だ。
「げっ! マジで使えるのかよ!」
サンダーブレス。
冒険者のあいだで囁かれている、ブラックドラゴンの吐くとされるもうひとつのブレスだ。
トキシックブレスの方が有名で、本当に使えるのかどうか疑問視する声も多かった。
「たいていの冒険者は、トキシックブレスの時点で詰んでるもの。サンダーブレスを使われるまで生き残ること自体が難しいし、さらにサンダーブレスを使われて生き残ることはもっと難しいわ」
オスティルが有り難くない解説をしてくれる。
「こっちの世界に来てようやくわかったが、雷ってのは魔法じゃなくて自然現象なんだってな。生半可な魔法では対抗できない道理だよ」
つぶやきつつ、俺はワンドを構える。
「――だがな、雷が得意なのは、ブラックドラゴン、てめぇだけじゃねぇんだぜ?」
俺はにやりと笑う。
十分に電気を蓄えたブラックドラゴンが口を開けた。
ブレス、と呼ばれてはいるが、雷を放つのに呼吸は必要ない。声を出すことも必要ない。
だから、サンダーブレスは無音で放たれた。
稲妻が、俺に向かって水平に拡散しながら落雷する。
広範囲を覆う雷を、躱しきることは不可能だ。
が、同時に、俺も魔法を放っている。
「荒れ狂え、紫電――プラズマブラスト!」
構えたワンドから、青白い雷の球を撃ち出す。
球はサンダーブレスを取り込みながら膨らんでいく。
ブラックドラゴンが、自分自身より大きくなった雷球を見て硬直する。
「討ち滅ぼせぇッ!」
俺の気合いとともに、雷球がブラックドラゴンを呑み込んだ。
ギオオオオオオオッ!
ブラックドラゴンが苦鳴する。
プラズマ球はブラックドラゴンの巨躯を蹂躙し、最後に強い閃光を残して消滅した。
グ……オオオッ……
ブラックドラゴンは、まだ生きていた。
全身を焦がし、筋肉を痙攣させながら、こちらに向かってゆっくりと近づいてくる。
身体が高温になっているのだろう、一歩を踏み出すごとに、滑走路のコンクリートが溶けている。
ブラックドラゴンが眼前に迫る。
満足に動かない顎をむりやり開き、俺に覆いかぶさってくる。
俺は避けない。
ブラックドラゴンは、俺に噛みつくことができないまま、その動きを止めていた。
地響き。
土煙が収まってから確かめる。
ブラックドラゴンが立ち上がってくる様子はない。
「……ふぅ。なんとかなったな」
プラズマで高温になったドラゴンの死体から、輻射熱が伝わってくる。
俺はかぶった仮面を少しだけずらし、白髪の張りついた額を手の甲で拭う。
うおおおおおっ!
と歓声が聞こえた。
振り返る。
少し前に、イギリス軍部隊もワイヴァーンの掃討を終えていた。
こっちを見て、大騒ぎをしている。
間に地割れがあるので、それ以上近づいてくることはなかったが。
「じゃ、行くか」
「そうね」
気の毒だが、彼らの相手をする余裕はない。
俺は彼らに敬礼を送る。
彼らもまた、俺に敬礼を返してきた。
俺はオスティルのテレポートを使って、ヒースロー空港を後にした。




