21.桜塚猛、ギルドマスターと交渉する
わしとロイドのパーティメンバーは、ギルドマスターの執務室に呼ばれていた。
「ロイド・クレメンス。冒険者ギルド・サヴォン支部を預かる身として、改めて謝罪させてもらう。本支部所属の受付嬢による、長きに渡る不公平な扱い、まことに申し訳なかった」
ギルドマスターは、開口一番にそう言って頭を下げてきた。
「気にしてない……とは口が裂けても言えねぇけどな。まぁ、あんたはちゃんと処罰してくれたんだ。恨んだりはしてねぇよ」
わしの言葉に、ギルドマスターが顔を上げる。
「キャリィ嬢の不正の件を考慮して、君を無試験でCランクに昇格させる。いや、本来であれば、とっくに昇格しているはずだったのだが……」
ギルドマスターが、新しいギルドカードを渡してくる。
ギルドカードはランクごとに色が違う。
ブロンズ色のカードを見て、わしの口元が自然に綻ぶ。わしはロイド・クレメンスではないが、身体の方はこのカードを心待ちにしていたようだ。
「加えて、今回の件の功績と、他の冒険者から聴きとった君の実力のほどを見越して、Bランクへの昇格試験はいつでも受けられるよう手配しておいた。今は落ち着かないかもしれないが、腐らずにその力をギルドのため、サヴォンのために発揮してほしい」
「おおっ! そいつはありがたい!」
もし試験に合格すれば、ロイドは短期間にしてDランクからBランクまで駆け上がったことになる。
もっとも、中身がわしのままで昇格試験を受ける気はないが。
「それにしても、君の提案した処罰は気が利いていたね」
ギルドマスターがにやりと笑う。
ミランダが言う。
「あたしも、あれには驚いたねぇ。サヴォンの街からの出奔禁止、それから、あの看板だ」
「今回のすべての罪状を記した看板を、キャリィ嬢は外出時には必ず首から下げなければならない。と同時に、キャリィ嬢はこの街から出てはならない。ギルドで大掛かりな横領事件を起こした前科を公表しながら生きてくのは……まぁ、地獄だろうな」
「まともな人間なら、あの娘を雇おうとはせんだろう。得意の色香で男をたぶらかすことはできるかもしれぬが、副ギルドマスターの愛人として好き勝手やっておった過去が街中に知れ渡っているのだ。ろくな男が近づいてはくるまい」
ミランダ、ジュリアーノ、アーサーが言う。
わしの決めた処罰は、三人の説明した通りのものだ。
命までは取らないが、キャリィ嬢をまともには生きていけない状態にした上で、あえて生かしておくことにした。
「何、ロイドがやられていたことをやり返したまでよ」
ロイドはDランクに留め置かれて不利益を被っていたのだ。
あの女も、職探しに苦労すればいい。
ミランダが苦笑する。
「一思いに斬られるより、かえってエグいんじゃないかねぇ。まぁ、自業自得だとは思うけどね」
「一応、ギルドマスターには頼んで、俺の気が晴れたら罪を減じてやる権利をもらってはいるよ。まぁ、そんなこと、あいつには絶対教えてやらねぇけどな」
キャリィ嬢が本当に反省したら、元に戻ったロイドが許してやればよい。
もし反省せず、同じような事件を繰り返したら……その時は、ロイドにはキャリィを斬る権利が発生する。首から下げさせている看板を勝手に外すようなことがあった場合にも、ロイドはキャリィを斬ることができる。
万一、わしとロイドが元に戻れなかった場合は、適当な「刑期」が過ぎた頃合いを見て、許してやろうと思っている。辺境に牢獄はない。働かない囚人を食わせておく余裕などないからだ。
なお、副ギルドマスターは全財産没収の上荒野へ追放されることになっている。追放というと甘いようだが、強力なモンスターの徘徊する荒野に身ひとつで放り出されるのだ。事実上の死刑と言っていい。事件についての証言を取り終わり次第、彼は荒野へ連行されることになる。
ギルドマスターが口を開く。
「よく考えたものだと感心したよ。まったく、君たちの知恵には本当に感心する」
「君たち……?」
「ああ、いや……君たち冒険者の、ということだ」
首を傾げたわしに、ギルドマスターが咳払いをする。
「そういえば、君たちは私に何か話があるということだったね?」
ギルドマスターの言葉で思い出す。
「そうだ、とんだことで時間がかかってしまいましたが……実は、エルヴァの長老からの要請文を預かっています」
ジュリアーノがそう言って、大老がしたためた要請文をギルドマスターに渡した。
ギルドマスターが書簡をナイフで開封する。
そして、紙面に目を落とす。
わしはそのギルドマスターを改めて観察する。
中肉中背、30過ぎくらいの若い男だ。30が若いかどうかは異論があろうが、70を過ぎたわしからすれば若者に毛が生えたくらいの年齢だ。
顔は、美形でも不細工でもない。これといった特徴が見当たらないのが、むしろ最大の特徴かもしれない。別の服装をしたこの男と街ですれ違ったとしても、気づけるかどうかは微妙だと思う。
が、影が薄いだけの男でないことは、今回の一件ではっきりしている。
そういえば、わしはまだこの男の名前すら知らない。
ロイドの記憶にも見当たらない。ロイドは気に入った人間の名前はすぐに覚えるが、自分と関係がないと思った人間の名前はろくに覚えていないようだ。わしも人の名前を覚えるのは苦手だが、会社員として、名刺を交換したらその裏に相手の特徴をメモしておくことを習慣にしていた。名前を覚えてくれていた。それだけで、相手は結構感動するものなのである。
わしが関係ないことを考えている間に、ギルドマスターが要請文を読み終える。
「……ふむ。あの遺跡をエルヴァに移管したい、と。だが、ここには十分な理由が書かれていないな。単に、エルヴァにとって重要な遺跡だとわかったから、とだけある」
ギルドマスターがそう言ってわしを見る。
「大老からも、そのように聞いている」
わしは、臆面もなくそう答える。
ギルドマスターは、わしからミランダへ、ジュリアーノへ、アーサーへと視線を移す。
が、さすがにこの程度でボロを出すようなメンバーではない。
「その分の代価を払うというのであれば、ギルドとしては損はしないが……」
ギルドマスターが考えこむ。
たしかに、損はしない。
が、エルヴァは支払う代価以上の価値を遺跡に見出しているということでもある。
それを、素直に譲ってしまっていいものか。
彼の立場なら、当然そう考えるだろう。
ジュリアーノが言う。
「遺跡は、エルヴァにとっては歴史的な意義を持つものだそうです。ただ、それをギルドが所有していたところで、なんらかの収益を得ることはできないと」
エルヴァは史跡の保全に熱心で、そのようなことは実際によくあるのだという。
長命種族だけに古いものへの愛惜が強いのだと言われているが、わしに言わせれば人間たちより文化が進んでいるだけという気もする。
とにかく、ジュリアーノの言い分はごく自然なものだった。
「交渉はできるのかね?」
「エルヴァも、是が非でもというわけではないそうです。提示した代価からあまりかけ離れた額は払えないと聞かされています」
この辺りは、大老とあらかじめ打ち合わせしていた通りの返答だ。
「なるほど。そうであるならば、ギルドとしては先方の申し出に応じるにやぶさかではない」
「では……」
「だが……そうだな。ギルドとしても、遺跡の調査には相応の手間と金をかけている。遺跡そのものの代価に加え、その分の補償を行ってくれるのであれば、遺跡の移管に同意しよう」
抜け目なく、ギルドマスターがそう言った。
ジュリアーノがうなずく。
「私の一存では決められませんが、おそらく大丈夫ではないかと」
「では、エルヴァの長老に宛てた書簡を用意しよう。君たちはギルドハウスを持っていたか?」
「いえ、宿に泊まっています」
「Cランクになったのだ、今後もこの街で活動を続けるなら、ギルドハウスを探すのも悪くはないだろう。いや、そうではなかった。後で書簡を届けさせるから、泊まっている宿の名前を教えてくれ」
ギルドマスターの質問に、ジュリアーノが答える。
ギルドマスターは宿の名前を、手近な紙に書き留めた。
そこで、ギルドマスターが、ふと思いついたように聞いてくる。
「……そういえば、その遺跡の調査に当たったのは君たちだったな。個人的に興味がある。あの遺跡には、一体何があったのだ?」
わしらは顔を見合わせる。
わしが、代表して答える。
「古ぼけた石櫃みたいなもんがあっただけで、目ぼしいものはなかったな。ギルドに報告した通りだよ」
「そうか……その後、エルヴァから接触を受けた、ということかな」
「あ、ああ」
そのあたりは、あまりつっこまれるとボロが出そうだ。
「石櫃に、エルヴァ、そして移管の要請か。ふむ……」
ギルドマスターは、顎に手を当て、わしらの存在を忘れたように考えにふける。
しかたがないので、わしが言う。
「なぁ、もう行ってもいいか?」
「おっと、すまないね。とにかく、今回のことはご苦労だった。遺跡のことといい、キャリィ嬢のことといい、君はここのところ騒動のさなかにいるね」
「いたくているわけじゃねぇんだけどな」
「ははっ。それもそうだ」
破顔するギルドマスターに暇を告げて、わしらは執務室を後にした。




