第二話
ステータスやら、スキルやらが出てきます。
──水底へと沈んでいく感覚が終わりを告げる。
やがてそれは水中から浮き上がる様な感覚へと変わっていき、閉じている筈の視界に光が弾けとんだ。
頬を風がそっと撫でていく。
匂いを嗅げば、何かの花の様な香りが漂っていた。
「……」
そっと瞼を開いて、目の前に広がる世界を確認する。
そこには大きな草原が広がっていた。遠くを見渡せば、森や山はあるが見える範囲に町や村なんかは見えないようだ。
なるほど、確かにこれだけでも俺が生きていた世界じゃないというのは良く解る。
俺が居た地球とは違って、空気はずっと澄んでいる。
近くにあった小さな水たまりを覗けば、そこには今までと同じ多少目つきの悪い俺の顔。
今まで黒だった髪は白に近い白銀に、瞳の色はイリューシアとお揃いの済んだ青色に変わっていた。
よくよく見れば服装も学生服ではなく、旅人か何かがする服装だろうか。
丈夫そうな服と大きなマントを身に着けていた。
「カケル様」
声のする方を見てみれば、そこには笑みを浮かべたイリューシアが俺を真っ直ぐ見つめている。
「……おかえりなさい。この世界、グローリアへ」
「あぁ、ただいま……それと、改めて宜しく頼む」
「はい!」
新しい世界、此処は俺にとっては懐かしさを感じる不思議な世界。
この胸の内から感じる暖かな感情の正体を、俺は何時か知る事が出来るのだろうか。
嬉しそうに笑うイリューシアを見て、彼女の為にもその神とやらのルーツを知るべきではないだろうか。そんな風に俺は思っていた。
「しかし、今更なんだがイリューシアも一緒に来るのか?」
「えぇ、カケル様のお目付け役として、今回は私が……もしかしてカケル様は──」
「あぁ、いや、違う。イリューシアが考えている様な事じゃない」
たぶん、邪魔だとかそういうニュアンスの言葉を言おうとしたのだろう。
それは決して違うので先回りして断言しておく。
「いや、女神としての仕事はどうするのかと思ってな。忙しいんだろう?たぶんだが」
「えぇ、それなりには。けれど、私という存在を分けてしまえば問題はありませんよ?」
「……つまり、コピーの様な物か。今、俺の目の前に居るイリューシアは」
「はい、カケル様の強さに合わせていますから言うほど力も消費していませんし。カケル様の世界でも聞いた事ありませんか?神様が別の体を使って、地上へ降りるお話ですとか」
「そういえば、そういう話は目にした覚えがあるな……やれ、馬だとか鷹だとか、色々種類はあったが」
その様なニュアンスで考えてくだされば結構です、と頷くイリューシアに俺も納得する。
さすが女神、色々出来るんだな。
「それと、神々の加護に関してですが……ステータス、と心の中で念じていただけますか?」
「ステータス、っていうと……能力値みたいな物が見れるのか?この世界は」
「えぇ、自分の物は特に見ることに制限はありません。他者の物、となると相応のスキルが必要になってきますが」
ふむ、普通のファンタジーのような世界だと思っていたが。
どうやら、ファンタジーはファンタジーでもゲームの様なシステムも存在するんだな。
その方が俺には解り易いし、有り難い。
「よし、それじゃあさっそく確認してみるか……ステータス!」
念じるついでに、初めてだからこそ折角だ、とばかりに声を挙げて宣言をしてみる。
脳内に浮かび上がるのはまるでそのままゲームに出てくるような文字と数値の羅列。
【名前】アマヒサ・カケル
【種族】人間
【職業】無職
【称号】異世界人 神々の朋友 神の魂を持つ者
【性別】男 【年齢】15歳
【レベル】1
【状態】健康
【HP】15/15
【MP】11/11
【筋力】12
【耐久】11
【器用】14
【速度】14
【幸運】5
数値周りは……まあ、こんな物……なんだろうか。
レベル1だしな、そこまで悪くは無いように思える。
運だけがやや低めなのは少しばかり心当たりがある気がして微妙な気分になるな……。
「因みに、カケル様の年齢での平均値はおおよそ10くらいですね。体力や魔力に関しては多少前後すると思います」
ふむ……となると大体平均を超えてるのか、レベル1にしては優秀なんだな。
さて、それじゃあ次は下の方にスキルなんてのが見える。
此処に加護やらの詳細が……載っ、て……?
ユニークスキル:《武神の加護》《魔導神の加護》《自由なる風の加護》《古代神竜の加護》《大地の女神の寵愛》《××神×権×:現在使用不可》
スキル:なし
《武神の加護》 武神であり、巨人の神でもあるオーベルレウスより授かりし加護。戦闘に関する技能の習得のしやすさ、戦闘に関係するステータスの上昇率UP。
《魔導神の加護》 魔導神であり、学問の神でもあるミディオンより授かりし加護。元素魔法、召喚魔法、古代魔法の習熟のしやすさ、魔法に関係するステータスの上昇率UP。
《自由なる風の加護》 風神であり、様々な文化を人に伝えたトーガより授かりし加護。効果は一定ではなく、神の気紛れによる部分が大きい。様々なスキルの取得のしやすさに影響する。
《古代神竜の加護》 神代の時代より生存している太古の竜クロイツフェルトより授かりし加護。全ステータスの上昇率UP、ブレス攻撃に耐性がつく。また、ブレス系の特技を取得可能になる。
《大地の女神の寵愛》 大地の女神であり、慈愛を司る女神イリューシアより授かりし寵愛。全状態異常無効、自動再生(大)、自動瞑想(大)の効果を得る。貴方の所在は常に女神に把握される事となる。重すぎる愛は時として呪いにも等しい。
《××神×権×:現在使用不可》 エラー、現在使用出来ません。一部の自動スキルのみ起動しています。
「……おい、俺の想像していた以上に良く解らないスキル群が見えるんだが」
「小さな神々まで加護を与えてしまうと、大変なスキル数になると思いましたので強く、序列の高い神達の加護にしたのですが……何か気になる点が?」
不思議そうに首を傾げるイリューシアに対し、俺は正直驚いていた。
いや、嬉しいには嬉しい。俺の身に覚えはないが、魂には覚えがあるのかも知れない、知れないが……。
「やりすぎ、じゃないのか……これは」
「むしろ、カケル様の功績を考えれば少ないくらいなのでは?」
さも当然のように言うイリューシアは不思議そうにしている。
普通、神の加護ってのはこんなにたくさん得られる様な物じゃないと思う。
下の方を見てみれば……呪いって書かれてないか? これ。
……まあ、迷子にならない為の首輪みたいなものか。俺は犬でも猫でもないのだが。
そっと横目でイリューシアの様子を伺う。
「?」
どういう意図か解らないのか、にこり、と微笑を返すイリューシア。
美しい女神だけあって、男の俺にはなかなかの破壊力があるのだが、今の俺には先ほどの文字列の方が強烈だった様だ。
ぎこちない笑みを浮かべて、見ていたのを誤魔化す。
……イリューシアには逆らわないでおこう、また最初の時みたいに泣かれてしまったら勝てる気がしない。
とはいえ、最低限のプライベートくらいは確保しなければならんとは思う。何れ。
「む……ひとつだけ解らないスキルがあるな。……神…権…?」
「それは何れカケル様でしたら、解放される事が出来るかと思います……元々、それはカケル様だけの物ですから」
なるほど、かつての神だった頃の俺に起因するスキルか。
それなら何れ使えるようになるのが自然な形だろう。何かしら効果は発揮している様に見えるな、具体的な説明がないのが気に掛かるが。
しかしだ、目下の一番の問題はこれではないだろうか。
「今の俺は、無職なんだな……」
「は、はい。この世界では、ですが」
なんとも言えない感覚に陥る。元の世界では学生だったから、これといった職もついてはいなかった。
施設に戻れば、先生の手伝いくらいはしていたのだが。
無職という言葉の羅列はこう、メンタルに来る。仕方ないといえばそうなのだろうが、精神衛生上よろしくないのだ。
「イリューシア、俺はまず定職を求めて町に行こうかと思う」
「そうですね、まずは生活基盤の安定を図られるのは良い事だと思います。此処からだと、少し遠いですが……この辺りの魔物は弱いですし、何とかなりますね」
「……あ、それとひとつ頼みがある」
今までそれが当たり前なのだろうか、と思っていたのだがさすがに一緒に来ると言うのなら進言しなければならない事がある。
「頼み、ですか」
俺の服装は確かに旅人のそれらしい格好ではあるのだが。
イリューシアは未だにどこかの女神が着ているかの様な薄い布地をそのまま着たかのような服装なのである。
さすがに透けるような素材じゃない様だが正直、そのまま彼女と一緒に居るのは俺が色々耐えられそうになかった。
「あ、そ、そうですね。確かにこれでは目立ちすぎますし……こうしましょうか」
素直にそれを告げると、頬を赤く染めたイリューシアがなにやら魔法の様な物を唱えて発光。
うぉっ、と声をあげて俺が光から視界を防ぎ、それがおさまればイリューシアの服装もまた変わっていた。
緑を基調にしたベストにミニスカート、足元は編み上げのブーツか。
聞けばどうやらエルフの種族が着る一般的な服装らしい。
動きやすく、狩りに適した物なのだそうだ。
……最も、服装を変えたとはいえイリューシアは美人だ。出るところも出ているし、細い所は細い。
対して、その隣に居る俺は平均以下って事はないとは思うが、良く言って平凡な目つきの悪い男といった所だろう。
「深く考えるのはやめておくか……」
「あ、あの、カケル様?」
「聞かないでくれ、俺は今しょうもない男としてのプライドと戦っているんだ……」
「は、はぁ……」
それを言うとイリューシアはそれ以上は追及して来なかった。
「それはさておきそろそろ行くか。この辺りは安全なんだろう?」
「はい、仮に襲われたとしても一番弱いプルリンやゴブリンくらいじゃないかと」
……ゴブリンは想像出来るが、プルリン?
その言葉に疑問符を浮かべた矢先、がさり、とその辺りの茂みから何かが這い出す様な音が聞こえた。
最後までお読み頂きありがとうございます。
加護は成長補正のつくものばかりなので、まだまだ主人公は弱いままです。