ヒロイン系令嬢、濡れ衣を着せられるがなんやかんやでなんとかなる
「さっさと認めたらどうだ?お前がクラリスをイジメたことは分かってるんだぞ‼︎」
その怒声は、ある一室で雷のように響いた。
ここは、貴族の子息子女が集う由緒正しきフロネシス学園の生徒会室。生徒会室と言っても、生徒会の役員には学園のトップレベルの貴族しかなる事が許されていないだけあって、ここは何処ぞのサロンか?となるほど華やかに装飾されてある。
そんな生徒会室に似つかわしくない怒声が響いたのには、もちろん理由はある。
「だから、何度も言ってるじゃないですか。私はクラリスさんをいじめていませんわ」
困惑気味にそう答えのは、ブランシュ・アンベールと言う公爵令嬢だ。彼女の容姿を色だけで例えたならば、金髪碧眼と悪役令嬢にありがちな特徴を持つが、顔のパーツを例えると、パッチリとした二重で大きな目に桃色のふっくらとした唇。髪も縦ロールとかではなく、ストレートヘアー。そのうえ、雰囲気も気が強そうな感じではなく、どちらかといえば儚げな雰囲気の令嬢である。とりあえず見た目だけで答えるなら、虫も殺せなさそうだ。
そして、性格の方も見た目に反せず、品行方正で物腰も柔らかく、お人好しで少しおっとりとしている。困っている人がいれば誰でも助け、どんな悩みも親身になって聞いてくれると評判で、彼女を慕う者は多い。
そんな彼女がどうして誰かをいじめるなんて思えようか。
「まだそのようなことを言うか‼︎クラリスは最近物がよく紛失すると言ってるんだ!それにお前がゴミ箱に上靴を捨ててるのを見たとも言ってるんだぞ‼︎」
先程から、物凄い剣幕でブランシュに怒声を浴びせているのは、この国の第3王子であり、この学園の生徒会長である、サミュエル・ド・エスポワール。第3王子でありながら、王太子は病弱、さらに第2王子は側妃腹なことが重なり、最近では次期王と噂されている人物だ。もちろん、教育はばっちりされている…いや、ばっちりにはされていなかったようだ。そうでないと、次期王と言われるような人間が一人の少女の言葉だけでをそう簡単には鵜呑みになんかしないだろう。
そもそもの事の発端は、4ヶ月前に転入してきた一人の少女だった。少女は身分が低いにも関わらず、転入して一カ月も経たないうちに、生徒会はじめ、学園に所属する見目麗しい男達を虜にした。少女は、いわゆる逆ハーヒロインだった。
ここに来て、分かっていない者はいないだろうが、敢えて言おう。そう、今起こってるのはお約束の展開とも言える、悪役令嬢の断罪の場面だ。だが残念なことにサミュエルとブランシュは婚約しているというお約束はなかった。
「そこまで言うのなら私がクラリスさんをいじめる動機はなんですの?私が何を思って、クラリスさんをいじめたのだと言うのです?」
「そんなの決まっている。婚約者がクラリスと仲よさげに話していたからだ‼︎」
そう言い切ったサミュエルの目からは、俺凄くない?と言わんばかりの輝きを放っていた。それに続いて、他の生徒会のメンバー達も流石が会長!と言って、ブランシュをそっちのけで盛り上がっていた。それを聞いたブランシュが盛大なため息を吐いていたことには誰一人気づかない程に。
「遅れてすみませーん。いやあ〜、女の子達からのお茶の誘いを断るのに手こずってしまって…」
全く空気を読もうとしない態度で、一人の男が部屋に入ってきた。もちろん、その男も美形で公爵家の一人息子と身分が高い。
「いや、ちょうど良いところに来てくれた。フェルナンドからもあの女に何か言ってくれ」
「殿下、誠に言いにくいことなのですが、私、フェルナンド・アルフォートはそちらのブランシュ嬢の味方につかせていただきます」
先ほどまでの態度から一変、畏まった態度になり、高らかにそう宣言したフェルナンドは、サミュエルに向けて挑戦的な笑みを浮かべていた。
「な、なんだとっ⁉︎貴様、皆を裏切るつもりなのか‼︎今まで親しくしていたではなかったか‼︎」
「プッ…殿下、何か感違いしてませんか?僕達は貴族ですよ。殿下はじめとする生徒会の皆さまと親しくしていたのは、皆さまと親しくすると公爵家に利益があると考えたからです。そんなこともお分かりになれないんですか?」
「き、貴様…クラリスはどうしたんだ?お前もクラリスを愛していたのでは無かったのか⁉︎」
サミュエルは既に頭に血が上っているらしく、顔を真っ赤にして今にもフェルナンドに掴みかかりそうだった。
「フフッ……フフフッ…フフッ…」
笑い声が聞こえる方向にその場にいる全員がすぐさま目を向けると、そこにはハンカチで口元を抑え必死で笑いを堪えているブランシュがいた。
「何が可笑しい‼︎」
「ごめんなさい、だって可笑しくて可笑しくてつい…常に何処ぞの令嬢、ご婦人方と遊んでいるフェルナンドが、本気でクラリスさんのことを愛してると思う人がいるなんて…殿下、純愛小説を愛読してるのですか?」
「貴様もこの俺を愚弄するつもりか‼︎いいか、お前らの家を潰すことなんて赤子の手を捻るよりも簡単なんだぞ‼︎」
思わず、ガキか‼︎と言いたくなる言い程に呆れた二人だったが、他の者はそうは思わないらしく、皆静かに頷いていた。
「うーん、それは無理なんじゃないですか?なんの理由もなしに二つの家、しかも公爵家二つを取り潰しにするなんて。それに殿下は国王でもなければ王太子でもないですよ」
フェルナンドの言ったことは正論だった。どんなに身分の低い家でも理由がなければ家を取り潰しにすることは出来ない。公爵家だったら尚更だ。公爵家となるとそれなりの力を持っており、一気に二つも取り潰しになんかすれば国内にどれだけの混乱が起きか容易に想像できる。そして、そんなことは国王ならまだしもまだ公式には王太子ですらないただの王子ができるはずがない。
「ふ、不敬罪で訴えてやる!」
「不敬罪ですか…うーん、そうですね…殿下が愛する女性と言うだけで全面的にクラリス嬢を庇って、僕の婚約者であるブランシュを非難ばかりするので、僕も意を決して愛する人を守る為にしたことだと言えば、この話は美談として世間に流れ、世間では殿下は個人の感情で人を裁こうとした愚か者と言われ、王位継承権を剥奪されると言ったところでしょうか。それでも構わないとおっしゃるのなら良いですけど」
「うっ…」
もし本当にそう行動したらそうなるのかは謎だが、既に頭に血が上って冷静な判断が出来ない状況であるサミュエルにとっては、完全な正論に思えて仕方なかった。そして、すぐにそんなことを考えることができるフェルナンドが、サミュエルはとても恐ろしいと感じてきた。
「…フェルナンド、本当に俺から離れるつもりなのか?」
「それはもちろん。そしてこれからは、王太子殿下の派閥に入らせていただこうかと思っています」
「兄上に⁉︎兄上はあと5年生きたら良い方だと言われてるのにか?」
「確かにそう言われてますが考えてもみてください、王太子殿下は幼少の頃からあと何年と言われ続けてるのに今も生きているんですよ。僅かな可能性に賭けることも不可能ではないのです」
「賭けに失敗した時はどうする気だ?俺が王になったら、お前なんかすぐに、はみ出し者にされるぞ‼︎」
確かにその通りなのである。だから、大体の貴族はそんな大胆な賭けなんかせず、次期王太子であるサミュエルにの方に付いてしまっているのが現状である。
「あの…お二方ともその話は後にして、そろそろ本題に入ってほしいのですけど…」
ブランシュのその言葉で、サミュエルを始め生徒会のメンバーは全員我に返った。そうだ!すっかり忘れていた。本来ならここで、愛する女性をいじめたこの女を糾弾するはずだったことをと。
「そうだお前!よくもクラリスをいじめたな‼︎」
そして、また振り出しに戻るーー
「フェルナンドさまーっ‼︎ブランシュさんの味方になったって本当ですか?何でブランシュさんの味方なんかするんですか⁉︎」
…かと思われたが、今回の件の被害者とされる学園中の美男を誑かした魅惑の少女、クラリスが乱入して来たのだった。
「本当だよ。何故って、婚約者だからかな」
「で、でも、私の方がブランシュさんより好きって言ったじゃないですか‼︎あれは嘘だったんですか⁉︎」
「ああ、それは嘘じゃないよ。でも、僕は他の方々と違って揉め事には私情を入れない主義でね、君の証言だけではどうしても犯人がブランシュだとは思えないんだよね。ゴメンだけど今回は君の味方にはなれないんだ」
それを聞いてサミュエルを除く生徒会のメンバーはどきりとして目を泳がせた。よくよく考えてみれば、自分達はクラリスの証言のみでブランシュを犯人と決めつけており、そして弁解の余地も与えず責め立てていたことに気づいた。
「つまり、貴様はクラリスが嘘をついているといいたいのか⁉︎証拠なんか無いくせにそんなデタラメを言うな‼︎」
だが、まだそんなことに気づいていないサミュエルは、クラリスの言うことは全て真実であり、それとは違ったことを嘘だと考えている。
サミュエルがそうなったのにも原因がある。サミュエルが生まれる前、王妃はその立場が危ぶまれていた。と言うのも、王太子の命はあと何年と言われてる中、側妃から健康な王子が生まれてしまい次の王と噂されていたからだ。このままでは自分の立場が危ない‼︎と焦った王妃と王妃の実家だったが、王妃はその後無事にサミュエルを出産した。王妃の子が基本的に上になるこの国において、サミュエルは第3王子でありながら実質王太子として扱われた。そして、叔父である王妃の兄はサミュエルが王になったときに自分の傀儡にするためにサミュエルにこう言った、『殿下は未来の王なのですから、好きな事だけをすれば良いのです。殿下は王になったら、面倒くさい政は私に任せて、ご自身は好きな事をするのですから』と。
そして、サミュエルは王としての教育は適当にされ、ただ甘やかされて育てられた。父親である王はと言うと、子供にはまったく興味がなく、王妃に教育を全て任せっきりだったのだ。そして成長したサミュエルは、我が儘で自分勝手な青年に成長し常に周りを困らせていた。そんなとき出会ったのがクラリスだったーー
クラリスと出会った当初は自分を殿下として敬わないことに激怒したが、日が経つにつれて唯一自分自身のことを見てくれてるんだと惹かれていき恋に落ちた。そして本当に信頼できるのはクラリスだけだと考えるようになり、クラリスの言うことが全て正しいと考えるようになってしまったのである。
そして話は戻るが、サミュエルの言葉を聞いたフェルナンドは、呆れた顔をしため息を一つして言った。
「この僕が証拠も無しにそんなこと言うわけないじゃないですか。まず、物がよく紛失すると言うことですが、つい先日に犯人は見つかりました。一応、ある令嬢とだけ言いましょう。そのある令嬢を事情聴取をしてみた所、可笑しなことを言うんです」
「何だ?言ってみろ」
「それがですね、その令嬢はこう言ったんです。自分はとある人物から依頼を受けてやったのだと。そして、その報酬にこれらを受け取ったと」
そう言いながら出したのは、宝飾品の数々だった。どれも一目で分かる高級品ばかりで、たかが一人の人間の物を隠すだけの仕事には不釣り合いな報酬だった。
「こ、これは…俺がクラリスにプレゼントしたペンダントと同じじゃないか‼︎」
「これは俺がクラリスに…」
「これは…」
フェルナンドが出した宝飾品全て、その場にいる者達がクラリスにプレゼントしたという物と同じだった。
「…クラリス、嘘ですよね?そんなことする訳ないですよね?それに、貰ったときとても喜んでましたよね」
一人の男がわなわなと震えながらクラリスに聞いた。どうかこれは何かの間違いであってほしいといった調子で。
「ち、違うんです……失くしたと思ってたんです……だから申し訳なくて言うことができなかったんです。そしたら、こんなことになっていて………ごめんなさい、すぐに言っていたらこんなことになってなかったのに…」
目にうっすらと涙を浮かべながら謝ったその小さく可憐な姿は、男共の庇護欲を刺激するにはとても容易だった。
ただ一人を除いて…
「失くした?君は何を言ってるんだ⁇君が直接渡したくせに」
そう言ってフェルナンドは嘲笑していた。そして、指をパチンと鳴らせた。すると、ドアから彼の従者である男が黒い布を持って入ってきた。そのまま従者にその黒い布を広げさせると、長いフード付きのコートになっていた。
「このコートに見覚えがない?先程の令嬢によると、依頼主はこれと同じコートを着ていたと言っていたんだ」
「見たことないです………あ、あの、どうして私ばかり責めるのです?ブランシュさんが婚約者だからですか⁇だから、ブランシュさんの名誉が傷がつかないように私が自分でやったことにして、私をいじめたことを揉み消そうとしてるのですか?それとも…やっぱり…私が嫌いなんですね…ひどいです。ブランシュさんより私の方が好きって言ってくださったのに…」
クラリスはその場に崩れ落ちて泣きだしてしまった。泣きだしたクラリスを見て、フェルナンドは大きくため息をついた後、なだめるように言った。
「だから、それは嘘じゃないって言っただろう。ブランシュなんかより、君の方が好きなのは今も変わらないよ」
「え…」
フェルナンド言葉にその場にいる全員が唖然とした。婚約者の目の前でそんな言葉を口にするということは、婚約破棄を宣言するともとれる。それなのに、この男は重要でないことのように口にしたので、どうやら別にそういうつもりで言ったわけではないらしい。
「あら?私の名前が聞こえたのだけれど、何か用かしら?私ったら先程から話が逸れてばかりだから、ついぼうっとしてましたわ」
問題のクラリスをいじめた犯人(仮)とされていたにもかかわらず、しばらく空気同然の扱いになっていたブランシュがしばらくぶりに発言した。流石のブランシュでも、呼び出しておいてのこの扱いには怒りを覚えたらしく、そのことに対して少しの皮肉を混ぜてだが。
「確かにブランシュの名前は出てきたけど特に重要でないよ。僕が誰が好きかの話をしていただけだよ」
「あら、そう。特に重要でないなら話を本題に戻してくださらないかしら。私、この後大切な予定があるのだけれど」
婚約者なら少しは気になるであろうフェルナンドの答えに、眉一つ動かさずにブランシュはそれよりも早くこの問題を解決しろと暗に言いながら言葉を返した。まるでどうでもいいことのように。
「ゴメンゴメン。じゃあ、今から少し強引に話を進めさせてもらいますよ。先程のコートですが、本人は認めないようだけど、あれは彼女の部屋から見つかったものです。そして、証言によると依頼主は背が低く、手首に痣があったと。…君はいつも長袖だね。もう夏なのに暑くないの?いや、着たくても着れないんだったね。だって、君の手首には……」
「痣があるんだろ。俺が昨日見つけたから、確かに今も残ってるだろう。だが、それがなんだ?それもこれも、お前の婚約者の仕業だろ‼︎それをクラリスは、健こんなに暑いのに俺たちに心配かけぬよう健気に隠してるんだよ‼︎」
サミュエルはクラリスの腕を持ち上げ、周りにその袖の下にある痣を見せつけた。クラリスがやめて下さいと言っているが、それさえも聞こえないのか声を荒げてフェルナンドを責めた。だが、フェルナンドはそれを無視して、クラリスに質問した。
「 じゃあ、もし仮にそれが本当だとしたら、いつどこでやられたの?そして、本人にやられたの?」
「え、えと…おとといに裏庭で……ブランシュさんに…」
「何時くらい?」
「放課後の6時あたりに…」
それを聞いてフェルナンドはニッコリと笑った。それは、どこか恐怖を感じる笑顔で、クラリスはビクッと震えた。
「ふーん、おとといの放課後…ブランシュはここ1週間、放課後は補習授業の特別講師としてみんなといるのに?ちなみに7時まで補習だよ」
「そ、それは…」
「僕が説明してあげるよ。君は痣を自分でつけた。罪をブランシュに擦りつけて、殿下たちに心配してもらうために。痣をつけた後、君はすぐに誰かに訴えずにこの季節に不自然な長袖で隠して、必死にいじめられてるのを隠している体を装って、殿下に見つかるように仕向けた。そして、殿下が生徒会メンバーなど君と親しい男達を集めてブランシュを断罪するに至った」
フェルナンドが、違う?と言った目線をクラリスに向けるが、クラリスは黙り込んだままだった。代わりにサミュエルが、声を張り上げぎみに言った。
「だが、動機がないではないか‼︎」
「まあまあ、殿下落ち着いて下さい。そうすぐに頭に血をのぼらせては、冷静に対処なんかできませんよ。で、動機ですが、もちろんありますよ。あくまで僕の勝手な予想ですが、単にブランシュに嫉妬したんじゃないですか?」
「嫉妬⁉︎クラリスがあの女のどこに嫉妬すればいいんんだ?嫉妬する所なんて何もないじゃないか」
「そうですか?言っては悪いですが、彼女は確かに貴族ですが、実家は没落気味の男爵家。対してブランシュの実家は、公爵家です。それだけじゃなく、ブランシュ自身、才色兼備な令嬢として有名で、僕という婚約者もいて将来も安泰しています。女性なら誰もが憧れ、嫉妬するんじゃないですか?」
まったくその通りだったので、サミュエルもついに黙り込んでしまった。
「……違う………違うの…違うの」
突然、小さな声で呟くようにクラリスが言い始めた。目から滝のように涙を流しながら、『違う』と。
「何が違うの?」
「違うの…確かに…フェルナンド様の言う通り……私は…私は…確かにブランシュさんが羨ましかった……でも違うの……私は…フェルナンド様…あなたが…あなたが…好きなの……誰よりも…」
そう言うと、その場に座り込んでしまった。好きと言った表情はとても綺麗だった。クラリスは、綺麗と言うより、小さくて可愛らしい風貌なのだが、その瞬間の表情は誰よりも綺麗だった。
***
さっきまで明るかった外は日が落ちてすっかり暗くなっていた。外は夏だというのに少し肌寒かった。生徒玄関を出たブランシュは、カーディガンを置いてくるんじゃなかったと少し後悔したが、校門のすぐ前には迎えの馬車が待っているのだからと思い直し、歩き始めた。
あの後すぐに、サミュエルは国王から呼びだしがあった。たぶん、今回の件を嗅ぎ付けた王太子派の者がすぐさま国王に訴えたのだろう。今回の件は王太子派をはじめその他の派閥にとってサミュエルを王位継承権第2位の座から引きずり下ろす決定的なカードになるはずだ。きっと、サミュエルが王位継承権を剥奪される日もそう遠くない。
そしてクラリスや今回の件の関係者は、一週間の停学処分となった。それには、ブランシュとフェルナンドも何故か含まれていた。
「ブランシュ!」
不意に後ろから声が聞こえた。ブランシュは後ろを振り返るが、すぐに前に向き直してまた歩き出した。
「ちょっ、ブランシュさん無視ですか⁉︎ひどくない?濡れ衣を着せられかけたのを助けたのは僕だよ‼︎分かってる?」
「はいはい、その件はありがとうございました。でも、あんな遠回りなんかせず、さっさと終わらせて欲しかったわ。無駄なじかんを過ごしたわ」
「感謝の気持ちが一切感じられないから次からは助けてあげなーい」
「婚約者が代わっても知らないわよ」
「うっ…」
これが、素の二人である。世間では、心やさしき令嬢と言われるブランシュだが、実際の所は全て偽善である。では、素のブランシュはと言うと、割とすぐ頭に血が上り、手が出るタイプの肉体言語派で、フェルナンドが何か起こす度に絞めているのが、心やさしき令嬢の実態である。
そして、先程のやり取りだが、これだけだと、フェルナンドがブランシュを一方的に思っているように見えるが、そういう訳でもない。かといって、互いに思い合ってるという訳でもなく、二人の間に色気は皆無である。
「だいたい、クラリスさんに希望を持たせる言い方しちゃだめじゃない。ハッキリと、自分は私以外の女は大好きですと言わないと」
「失敬な!女なら誰でも良いって訳じゃないよ。顔が十人並みには可愛くて、女性らしい体のラインを持ってれば年は関係ないってだけだよ。ブランシュは後者をクリアできてないから無理なだけで、それをクリアしたら大丈夫」
「こっちが御断りよ。今でさえ、あんたの不始末に付き合わされているのに、これ以上、深く関わりたくないわ」
見ての通り、フェルナンドは相当な女好きである。その為、ときどき…いや、よく、彼は女性関係で問題が起こる。そのとき、謝りに周るのが婚約者のブランシュである。最初はだいたい罵声を浴びせられたり、物を投げつけられたりするのだが、泣きながらフェルナンドが如何に女性関係がだらしないか言い、謝ると、大半が逆に同情して許してくれるのである。
「え?何言ってんの?これ以上、ブランシュがグラマーな体型になるなんて無理に決まってるじゃないか。まだ諦めてなかったのかい?」
「し、失礼ね‼︎まだありえるわ‼︎ふっ、普通くらいには…」
「いや、絶対無理。僕が、男色になるのと同じくらいにありえないから」
こうして、どうでもいい口論をしていると、やっと校門に着いた。由緒ある学園なだけあって、敷地が広大で、校門から校舎までそこそこの距離がある。
「じゃあ、一週間後に会うことを願うわ。絶対に問題起こさないでよ」
「ん?まるでここで別れるみたいな言い方だけど、今日は、君の父君に呼ばれてるから帰りは一緒だけど」
「え⁉︎聞いてないわ‼︎」
迎えの馬車に乗りながらフェルナンドに別れを告げると、フェルナンドは馬車に乗り込んできて、思いもよらない返答をした。ブランシュにとっては寝耳に水で、同時に嫌な予感がした。
「それで、お父様は何の用であなたを呼んだの?」
「さあ?でも、そろそろ結婚の話じゃないの?こないだ、婚約10周年を迎えたし」
「そう…もうそろそろタイムリミットね…」
『結婚』という言葉はブランシュの胸に重くのしかかった。貴族にとって、結婚は義務だ。だが、ブランシュ個人としては、愛のない結婚はしたくなく、ましてや、浮気癖がひどいフェルナンドなど言語道断である。
そして、二人には密約がある。一つは、フェルナンドがどれだけ浮き名を流し、それで問題を起こしても咎めない代わりに、ブランシュがやりたいことを見つけたとき、フェルナンドは全力で協力するというもの。そして、もう一つは、婚約はしても結婚はしないというもの。
「そうだね。ブランシュはどうするつもり?」
「他国に留学しょうかしら。もちろん、協力してくれるわよね?」
「ああ、もちろん協力するよ。ブランシュが婚約者でないと困ることはたくさんあるしね」
それから、ブランシュの家に着くまで二人は一言も話さなかった。
しばらくしてブランシュは、ふいに馬車から窓の外を見た。だが、暗いばかりで何も見えなかった。サミュエルの王位継承権剥奪によって、これからこの国は荒れるだろう。そして、自分もこれからどうなるのかと思うのだった。