ロンド・シュールの気遣い
続きです
ロンド・シュール。艶のある綺麗な亜麻色の髪をショートカットに整えている垂れ目の可愛らしい少女。
頭にちょこんと耳を載せた、犬型の獣人族の女の子である。
彼女は、アイテムショップ【春風のしらべ】の住み込みバイトとして働いている。
今日は、そんな彼女から見た1日のお話だ。
◆
朝起きると、家の中がいつもよりも静かだった。人間族よりも優れた聴覚を持つといわれる獣人族の私にとって、この時間帯に我が家が静かなのは、むしろおかしなことだった。
「店長・・・・・・起きてないのかなー?」
普段は私よりも早く起きて、開店の準備や朝の支度を行っているはずの店長の生活音が、今日に限っては聞こえない。そのかわりに、店長の私室から呻き声のようなものも聞こえる。
身支度を終えて店のほうに行くと、やはりまだ何の準備もしていなかった。
「ということは・・・・・・」
店長になにかがあったのだろう。
朝日も昇りきっておらず、まだ薄暗い廊下を歩き、店長の私室の扉をノックする。
「えーと、店長。起きてるー?」
声をかけても返事がない。恐る恐る扉を開けると、ベッドの上で呻いている店長がいた。
(うわぁ、こりゃ風邪かなぁ)
そこら中から、嫌な臭いがプンプンする。うん、これは風邪を引いたときの臭いだ。
僅かに顔を顰めながらベッドの方へ歩くと、目は覚ましていたらしい店長が虚ろながら私を見つめた。
「あ、あぁ・・・・・・ロンド、か。悪いな、見ての通り・・・・・・体調を崩した」
「えぇ、まあそれはわかりますけど・・・・・・それならこんなところに篭っていないで、医者にでも見てもらったほうがいいんじゃないですか?」
幸い、腕のいい医者になら心当たりがある。それこそ、店長からの頼みなら断らない、それでいて店長は絶対に頼りたくない、凄腕のお医者様が。
で、当然店長の返事としては。
「ふざけるな。我が家にそんな無駄な出費に使える資金はねぇ。それに、俺は医者には掛かりたくない」
このように、ある一人の医者のせいで、『医者』というジ職業全般に対しての苦手意識が心に深く根付いてしまっているのだ。お金が惜しい、というのも確かなのだろうが。
まったく。金の亡者というわけではないのだが、相も変わらず自らへの出費を惜しむ人だ。
「じゃあ、とりあえず買い置きしてある薬でも飲んでください。あんまり長引かれても困りますし」
店長がこうなってしまえば、今日は店を開ける、なんてことは出来ない。正式に別の店員を雇っているわけでもないこの店舗で、所詮はバイトの身である私一人では、たとえ今日一日だけであっても店を切り盛りできるはずもない。
普段はダメダメな点が目立つ、いや実際にダメ人間ではある店長なのだが、しかし現実問題、そんな店長がしっかりと稼働していないとこの店は正常とは言えないのだ。
そんなわけで、店長には軽い朝食と薬を服用させて、店先に『本日休業』の札と謝罪の貼り紙を貼っておく。
とはいえ、店を開かないからと店内の清掃はしっかりすべきだろう。という奉仕精神の下、店内の清掃をした。
清掃を終え、在庫の確認やら記録付けやらを済ませた私は、店長の様子を確認して、額に置いたタオルを冷えたものに取り替えて。
そして自室に篭って新商品の開発実験に没頭した。
フラスコや試験管、薬草や様々な材料、試作した商品の数々。そんなものに囲まれながら時は経つ。
「・・・・・・ぅん?あれ、もうお昼か」
空に輝く太陽は高く、時計を見ればすでにお昼時だった。実験に熱中しすぎて時が経つのを忘れていた。
「あ、そうだ。店長のこと忘れてた」
しまった。完全に忘れていた。今日くらいは店長の世話をしてあげようと思っていたのに。
部屋を出て、店長の様子を見に行こうとする。
店長の私室の前に着くと、気付いた。
「あれ?臭いが・・・・・・」
風邪を引いたときの、独特の臭いが薄れている。
扉を開けて中を覗くと、店長はベッドで大人しく眠っていた。その寝息は、今朝見た時とは違い、とても穏やかだった。
よかった。どうやら風邪は1日で治りそう。
世話を忘れていたという罪悪感が、安堵と共にわずかに薄れていくのを実感して、嫌なバイトだなぁと若干の自己嫌悪も感じつつ、店長の顔を覗き込む。
こうしてみると、なるほどなかなか端正な顔立ちをしている・・・・・・ようにも見える。いや、整ってはいる。この人のことを何も知らず、街中で優しく話しかけられたりなんてしたら、それだけで第一印象バッチシ、くらいの顔立ちなのだが。
なんというか、普段は性根の悪さが滲み出ているって感じだけれど、その印象が強すぎて、こういう無垢な表情を素直に受け入れられない自分もいる。うーん、店長、残念なお人だ。
そんなことを考えていると、当の店長の瞼がわずかに動く。
「・・・・・・ん、んぁ?あれ、ロンド?」
「あ、起きましたね店長。おはようございまーす。といっても、もうお昼ですけど。ごはん、食べれます?」
寝起きで頭が正常に回り切っていない様子の店長だったが、私の顔をぼんやりと眺めること数秒、ようやく意識が覚醒した様子で、まっすぐな眼差しを向けながら口を開いた。
「めちゃくちゃ至近距離に可愛い顔が浮かんでいるんだけど、もしかして俺が寝ている間に口づけとかした?」
「ご飯いらないんですねわかりました」
「いりますゴメンナサイ調子に乗りました」
店長との軽いやり取り。いつも通りの会話が成り立つのなら、完治も近いだろう。
そんなことを頭の片隅で考えながら、私は彼との心地よい語らいを続ける。
本日の商品。
ロンド・シュールの気遣い・・・・・・プライスレス
漁ってたら見つけました、3話です。
ざっと確認したら一応完成していたんで、載せておきます。
続きにご期待ください。・・・・・・続けばね