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七,小百合

木の臭いのする部屋に食器とスプーンが触れる音が響く。

小百合は先程の黒々しい長髪の女性と毒舌持ちの少女と向かい合い、滑らかな曲線を描く木製のテーブルでシチューのようなものを口に運んでいた。

シチューで満たされた銀食器の横で縁に花の装飾をこさえたコップから湯気がもくもくと上がっている。


部屋の一角では暖炉がせっせせっせと薪を燃やしている。

暖炉の扉の向こうでパチパチと焼けるような音がする。

石造りの暖炉は薄汚れた黒の煙突に煙を送っている。

そう言えば、屋根裏部屋にも壁にパイプが伝っていたが、あれも煙突の一部だったのかと小百合は納得した。

また別の方へ眼をやれば、台所と向かうように造られたカウンターの向こう側でも湯気が立ち上っている。


「別にお店ってわけじゃないんだけど、人がよく来るからカウンター用の座席も用意しているの。」

口いっぱいに野菜を含みながら部屋を見渡す小百合を見て、女性はふふっと笑って見せた。

そんな彼女の横では微笑を浮かべ黙々とシチューを食べ続ける少女がいるが、その笑みが単純にシチューの旨さから来るものなのか、その真意は計り知れない。


すると、小百合は半分ほどシチューを食べたところで手を止め女性の方へ顔を向け直した。

カチャンと小さく音をたて銀のスプーンを皿の縁に立て掛けて、一呼吸おき、ようやく口を開いた。


「ご飯美味しくいただきました。それで、色々と窺いたいのですが。」


らしくもなく丁重な言葉遣いでそう切り出す。

経緯はともあれ、家に泊めてもらった上、食事まで振る舞ってもらったのだ。

小百合もそれなりに感謝しているらしい。


「ええ、そうでしたわね。何から話すのがいいかしら。」

それに応えるように女性もスプーンを置き、手を膝に添えた。そして、愚行を恥じるように、あらっと声をあげた。


「これは失敬。自己紹介もまだでしたわ。」

女性は胸に手を当て喋り始めた。

「わたくし、この民宿を切り盛りしております。

名前は、……そうですね。スーサラとでも名乗っておきましょう。皆さん、女将だとか魔女だとか適当にお呼びなさるので、女将とでも呼んでください。」


はぁ、とだけ返す小百合。

女将はともかく、魔女なんて呼んだ日には火の粉が飛んできそうなものだが。

先程の「おばさん」発言に対する怒り様からそう考えたものの、話の腰を折るのも悪いと思い押し黙ることにした。


「それで、こちらがケットシーのコルタです。口は悪いこともありますが、決して悪い子ではないので仲良くしてあげてください。」


女将が手で示した先には、余程シチューを気に入ったのか、おかわりをペロリと平らげて、二人からの視線に戸惑いを浮かべている。

話を聞いていなかったらしい。


「ケットシーって、猫の妖精ですよね。」

そういう設定なのかとまで尋ねようとして口を噤む。

もし、そうだとすれば自分の質問でコルタという少女が屈辱的な思いをするのではないか。

そうなれば、また話の腰が折れ、聞きたいことが聞けなくなってしまいかねない。

面倒だ。早く家に帰らなくては、兄が心配する。


するだろうか。心配。

もう兄にとって自分は必要ない存在なのに。

自分に帰るところなどあるだろうか。

学校も、家も。自分がいなくたってなにも変わらない。


「ええ、その通りよ。」

小百合は女将さんのその言葉にピクリと肩を震わせる。

違う。女将さんが言ったのは、ケットシーの事だ。違うんだ。

自分にそう言い聞かせ、膝の上で拳を握りしめる。


「さて、貴女の名前を窺っても宜しいかしら。」


机に飾られた生け花に落としていた視線を持ち上げ、女将さんと目を合わせる。


「私、私の名前は、さんのみ………いえ、」


唇を噛み、もう一度大きく口を開いて言った。

違う。三宮じゃない。三宮じゃないんだ。



「私は、小百合と言います。」


三宮は、喫茶「39」は最早小百合の居場所ではないのだから。

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