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ありきたりな会話

「はい、これは?」

「スプーン」

「では、こちらは?」

「フォーク」

「正解です。では実際に食事をしてみましょう」


 エドはスプーンとフォークをテーブルの上に戻すと、パンとサラダそれにスープの簡単な食事を用意する。

 レオンは戸惑いながら、スプーンを使ってスープを飲み始める。

 タマとは異なり普通にスプーンをうまく使える。

 ただ、そのあとスプーンをパンに突き刺し、パンを抉り取ろうとするのはナンセンスだ。


「パンは手でちぎって食べるのでしゅよ。口にいっぱいつめちゃだめなんでしゅ」

 タマが得意そうにレオンにパンの食べ方を説明する。

「こうか?」

 レオンはパンを二つにちぎり、そのまま一つを口に無理やり詰め込んでいく。


「それだと口に全部入りません。竜のときとは口の大きさが違うのです。もっと小さくちぎって食べなければだめです」

 エドが、小さな鞭をレオンのパンを掴む腕に軽く当てる。

「面倒だな」

 レオンはパンを皿の上にもどすと、ぽつりとそうつぶやく。


「うまく食べれないとレオン兄だけ一人でご飯を食べることになるでしゅよ。寂しいでしゅよ」

 タマがそういうと、「仕方ないな。別に一人で食べてもいいのだが」とぶつぶつ呟きながらレオンはパンに再び手を伸ばす。


 宿に戻った一行は4つのグループに分かれる。

 修行組、マナー組、買い出し組、昼寝組。

 買い出し組はリルで、今回ダンジョンで使った分の薬を補給するために出かけている。

 あとはいつもの修行組にコムギがついていったくらいで、いつもと変わりがない。


 レオンはいろんなものに興味を持った。

 タマは生まれた後、どちらかというとみんなが使っている状態を観察し覚えていったが、レオンは初めて見るものについて説明を求める。

 大人と子供の違いだろうか。


 アルフォンスの教育係りを務めているエドは忍耐強く、レオンの質問に答えていく。

 なんでも質問をしてくるが、竜は頭がよいらしく一度で覚えていくのでそれほど苦にならない。

 夕方近くに千夏が起きだしてきたころには、一通りの質問が終わったらしくレオンは落ち着いてエドが淹れたお茶をすまし顔で飲んでいた。

 お茶が気に入ったようである。


「これからご飯だけど、ごはん前にお母さんに会う?」

 千夏がレオンにそう質問すると、レオンはタマを見て少し顔を赤らめてぷいっと横を向く。

 親に会ったこともないタマの前でそんな質問をするなという意志表示のようだ。

 乳離れしない子供のように取り扱われて面白いわけがない。


 ダンジョンでは比較的素直であったが、外に出てからは周りの目を気にするようになったらしい。

 特にタマの目をだ。

 タマは別にレオンが母親のドラゴンオーブを見ていても気にならないのが実情だ。

 タマはタマで普段から母親代わりである千夏と常に一緒なのだから。


「あー、暑いな。さっさと夕飯食べて風呂に入りたい」

「本当なの」

 外から戻ってきた2人は流れ落ちる汗を拭きながら部屋へと戻ってくる。

「風呂とは何だ?」

 また知らない単語を聞いてぴくりとレオンが反応する。


「とりあえず、ご飯食べにいこう。話はそのときで」

 千夏はそう言い切ると、さっさと一階の食堂へと向かう。

 飲み物を各自好きなものを頼み、夕飯が運ばれてくる前にレオンが今日から増えたことを記念して乾杯をする。

 レオンはみんなのマネをしてグラスを合わせると、初めてのワインを一口飲み驚きの声を上げる。

「なんだこれは」


「ワインというお酒です。お酒は飲むと体がぽかぽかして、飲みすぎると酔っぱらいます」

 エドが簡単に説明をする。

 どうやら気に入ったようで、おかわりを催促する。

 前からお酒を飲んでみたいと思っていたタマがうらやましそうにレオンを見つめる。


 千夏はタマのその視線に気が付き、自分のワイングラスをタマの前に置く。

「タマは子供だからちょっとだけね」

「ありがとうでしゅ」

 タマはキラキラと目を輝かせ、目の前のワイングラスを手にとる。


 竜は酒に目がない。

 大量に摂取しても酔うことはない。

 千夏はそんなことを知らないが、タマが特定の食べ物を欲しがるのは初めてだ。

 この世界は飲酒制限は特にないようなので、少しだけタマに与えたのだ。


「おいしいでしゅ」

 タマはワインを飲み干すと、少し残念そうにグラスをテーブルに戻す。

 コムギは特にお酒には興味がないようで、食事のおかわりをタマに催促している。


「ところで風呂とはなんだ?」

 おかわりのワインを片手にレオンが尋ねる。

「水浴びの延長です。広い浴槽にお湯をためて体をあたため、石鹸できれいに汗を流します」

「後で一緒に入ろう」

 エドの説明の後に、アルフォンスがそう付け加える。


「それなら、先に水だけでもためておいて。レオンは水魔法使えるでしょう?」

「もちろんだ。僕をなんだと思っているんだ」

 宿でお風呂がない場合、だいたい4、5回くらい千夏ひとりでお風呂を沸かすのだ。

 水だけでもためてもらえると楽になる。


「水をお湯に変えれる魔法も使えればさらにいうことないんだけどなー」

 千夏がそうぼやくと、レオンがグラスを置いてじろりと千夏を睨む。

「だから僕をなんだと思っているんだ。水の温度くらい簡単に変えられる」

「え?本当。それはすごい!レオンすごいよ!」

 突然千夏がレオンをべた褒めしまくる。

 千夏は二つの魔法でお風呂を沸かしているが、レオンにかかれば一度でお湯にを作ることができるらしい。


 千夏の賛辞にまんざらでもない顔をして、レオンは「お前もできるはずだ。母様の記憶を読んだのだから」といい添える。

 水魔法で水の温度を変える魔法は基礎と言ってもいい。

 だが、千夏はどちらかというと今回は魔法よりもレオンの母親の強烈な心残りが印象に強く、すぐに水の温度を変える魔法を記憶から掘り出せない。

 実際に目の前で見せてもらった方がよさそうだ。


 無事レオンの初食事会が終わると、全員アルフォンスの部屋へと集まる。

 男用のふろおけをエドがアイテムボックスから2個取り出して並べる。

「これにお湯を入れればいいんだな?」

「そうだよ。暑すぎてもぬるくてもだめだから。先に私が一個のお風呂にお湯をわかすから、その温度で入れてみて」

 千夏はウォーターとヒーターの魔法を使ってお風呂を沸かす。

 通常一回お風呂をわかすには、ウォーターの魔法を4回、ヒーターの魔法を2回唱える必要がある。


 完成したお風呂にレオンは手を一度入れると温度を確かめる。

 すぐに無詠唱で隣のお風呂にお湯を一度にため込む。

 完成したお風呂に千夏は手を入れまったく自分が沸かしたお湯と同じ温度であることを確認する。

「レオンすごいけど、詠唱してくれないと私が思い出せない」

「わかった」

 レオンはすぐに沸かしたお湯を蒸発させる。


水温操作(ウォーターテンプ)

 レオンはゆっくりと詠唱し、魔法を発動させる。

 さきほどと同様にみるみるうちにお湯が風呂おけを満たしていく。

 じっとその様子を見ていた千夏は、再度お湯の温度を確かめる。さっきと同じだ。


「ちーちゃんよりもすごいでしゅ。さすがレオン兄でしゅ」

 タマも感心したようにレオンの魔法を褒める。


「温度はイメージ操作か。難しい……。すぐは無理そう。練習するよ」

 頭の中で浮かびあがった魔法論理の複雑さに千夏はねをあげる。

 千夏達女性陣が部屋を出ていくと、早速アルフォンスは服を脱ぎお湯につかる。

「レオンも入れよ。さっぱりするぞ」

 レオンもアルフォンスに勧められ、服を脱ぎお風呂につかる。

 アルフォンスほど筋肉はついていないが、しなやかな強靭な肢体だ。

 ダンジョンにいたときは体に水を巡らせ汚れをとっていた。ゆっくりお湯につかるというのは初めての経験だった。


「はい。これは石鹸です。この布を水で湿らせ石鹸をつけます。泡立ったらその布で体を洗うんです」

 エドがアルフォンスとレオンにそれぞれ石鹸を渡す。

「こうやって使うんだ」

 アルフォンスが石鹸を使って体を洗って見せる。すぐにレオンも真似して石鹸で体を洗ってみる。

 ぬるぬるするが、お湯で洗い流した後がさっぱりとする。


 泡だらけになった浴槽から隣の浴槽へと移動する。

 すぐに泡だらけのお湯はエドがアイテムボックスに回収する。

「レオン、隣の湯船を一度洗ってからに新しく湯を張ってくれ。次はエドとリルが入る」

 レオンは素直に一度浴槽を水洗いしたあと、泡とともに水を蒸発させ、新しいお湯を入れなおす。


「いちいちチナツを呼ばないでお風呂に入れるなんて贅沢だな。レオンがいてくれて助かるよ」

 アルフォンスが上機嫌にお湯に入りながら、レオンを褒める。

「こんな簡単な魔法を使えないとは人とは不便だな。だが、この石鹸といい、お茶やワインといい人間には物を作り出す知恵がある。・・・僕は知らなかった」

 レオンは石鹸をエドに返しながらぽつりと独り言をいう。


「知らないのならこれから覚えればいいんだよ。俺たちも知らない世界がまだまだあるんだし」

 リルは買ってきた毒消し薬を取り出し、小瓶に分けながらレオンの独り言に答える。

 キュアの魔法は単体魔法で、全員にかけるまで少し時間がかかる。

 毒は短時間で生命力をどんどん奪っていく状態異常だ。

 各自毒消し薬を持って飲んでもらったほうが早い。


 いつもの独り言に答えが返ってくるとは思っていなかったレオンは、リルを見つめ返す。

 ここでは自分がいったことに対して誰かが答えてくれる。

 初めてレオンは自分が孤独だったことを正確に理解した。

 自然と涙があふれてくる。

 タマが親がいなくても寂しくないといったことは虚勢でもなんでもないのだ。


 レオンの涙に気が付いたアルフォンスは、黙ったまま風呂からあがりエドからタオルを受け取る。

 竜とは孤高で傲慢な生き物だと思っていた。

 だが、タマに会い、レオンに会った。

 全ての竜が二匹と同じく人に素直に向き合ってくれるかどうか怪しい。

 でも、もし竜が人の味方になってくれるのであれば、魔族を倒すことが可能となるかもしれない。

 セラに竜の谷に行ってみたいといったらどんな反応を示すだろうか。

 今晩辺りにきいてみようとアルフォンスは思った。


 リルはリルで自分の発言でまさかレオンが泣くとは思ってもみなかった。

 ひどいこといってなかったよね?と何度か心の中で繰り返し確認する。

 リルのおどおどした様子に気が付いたエドが近寄り、「嬉しかったんですよ。リルさんが話しかけたことが」とささやくような小声で話かけた。


「私たちもお風呂に入られてもらいましょう。お湯が冷めてしまいます」

 エドとリルも服を脱いで、ただ茫然と静かに泣いているレオンのとなりの湯船に浸かる。

 エドの体は着やせしているのか、裸になると重厚な厚い筋肉が全身を覆っているのがよくわかる。

 リルは貧弱な自分の体が恥ずかしくなる。


 筋肉以外にも気になることがある。エドの背中や腕などに無数の切り傷が残っている。

 初めて一緒にお風呂に入ったときに「治療しようか?」とエドに尋ねたことがあった。

「自分の未熟さの戒めなので、消したくないんです」

 とエドは苦笑して答えた。それ以来その傷について質問はしたことがない。


 エドから石鹸を受け取り、リルはごしごしと体を洗っていく。

 すぐにお風呂は泡ぶろになる。

 エドはレオンがいる湯船へと移動する。

 さすがにレオンもエドに気が付き、自分の頬を流れている涙にのあとに気が付く。


 エドは天井を眺めながらゆったりと風呂に入っている。

 皆が気がついてもなにも言わないことに、レオンは少し恥ずかしそうに、湯船の湯で顔をごしごしと洗い流し、風呂を出る。

 体の外側についた水分をすべて魔法で飛ばし、服を着始める。


「便利な魔法だ」

 濡れた髪をごしごしとタオルで拭っているアルフォンスがそういうと、レオンはアルフォンスにも同じ魔法をかける。一瞬のうちに水分が飛び、濡れている髪の毛もすべてさらりと乾く。


「お、ありがとう」

 レオンにとって簡単な魔法に千夏といい他のメンバーも大喜びする。

 毎日の生活で使う魔法こそ使う回数が多いし、便利だと誰もが喜ぶのだ。


「大した魔法じゃない。必要だったら僕に言え」

 レオンは風呂からあがったエドとリルにも同様に魔法をかける。

 服をまとったエドがさっそく風呂上りのお茶を全員に入れる。

 お茶を飲みながら、今後の予定について話し合う。


 しばらくすると、風呂あがりの千夏が訪ねてくる。

 お風呂を片づけた4つのベットの中央に、アイテムボックスからドラゴンオーブを取り出す。

 薄暗い部屋の中央でゆっくりと明滅するドラゴンオーブは、何度見ても幻想的だった。


「僕は母様に会いたいなど、何もいっていないぞ!」

 レオンが少しむきになって千夏にいう。

 ドラゴンオーブを囲んでアルフォンスとリルが近寄りじっとそれを眺めている。


「うん。私が勝手に置いただけ。明かりの代わりになるし。ほら、アルフォンスもリルも喜んでるよ。もう寝るだけだから触ってもいいけど、触ったら気絶するからね。じゃあ、お休み」

 千夏が戻ろうとすると、レオンは千夏に水分蒸発の魔法をかけてやる。

 まだ髪が濡れていたのだ。

「ありがとう」

 千夏は嬉しそうに笑って部屋を後にする。


 何かうれしいことを相手にしてもらったら「ありがとう」とお礼をいうことだとわかっているのだが、まだレオンには素直にいえないのだ。


 振り向くとアルフォンスが我慢できずに、ドラゴンオーブを触ったらしく気絶していた。

「馬鹿ですか」

 倒れ込んだアルフォンスをエドはベットに放り投げる。


 レオンは自分のベットにごろりと横になり、中央のドラゴンオーブを見つめる。

(母様、今日はいろいろなことを学びました。

 太陽はまぶしくて、空は青いのです。雲という白いのもありました。)


 レオンが母親にいろいろ報告しているときに、ふっと部屋の蝋燭の火が消される。

 それでもドラゴンオーブが明滅しているので少し明るい。


「おやすみなさい」

「おやすみ」

 エドとリルの声が聞こえてくる。


「お……おやすみ」

 レオンもその声にこたえる。

 今日は興奮して眠れそうになかった。

 レオンはずっと今日の出来事をドラゴンオーブに向かい話し続けた。






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