混血竜 後編
戦闘が終わってしばらくすると、上空で高みの見物をしていた混血竜が降りてくる。広げていた翼をたたみ、じっと千夏を見ている。
どうやら、先ほど質問した答えを待っているようだ。
タマもそうだけど、竜って性格が素直なの?
千夏は目の前の混血竜とすでにやりあう気がない。
「何年一人で過ごしてきたの?」
千夏は混血竜に質問をする。
「40年程だ。お前たちが壊した通路を埋めたのが20年前。冒険者と名乗る人に会ったのは過去2回ほどだ。そんなことをなぜ聞く」
混血竜が胡乱気に問い返す。
「そんなに長い間なのね。一人でいることに慣れてしまうには十分な時間だけど、誰かと話したいと思ったことはないの?一人でつまらないと思ったことは?」
千夏はじっと混血竜を見つめる。
混血竜は千夏の質問に目をしばたかせ、押し黙る。
「寂しいってそういう感情だと思うよ。なにかいいことや悪いことがあったときに、誰かと話したい。でも誰もいない。独り言が多くなっていく。私もそうだったからよくわかるよ」
混血竜に語り掛けながら千夏はかつての自分を思い出す。
一人のほうが気楽で面倒なこともおきない。
そういう生活が楽でよかった。
今は仲間に振り回されて、面倒なことに巻き込まれる。
できるだけ面倒事は御免こうむりたいが…….
それでも一緒に笑ったり、怒ったりして思い出を共有できる。
一人でいたら変わり映えのしない毎日をただ送っていたのだろう。
違う毎日を送ることはドキドキハラハラするけど、悪くないと最近思えてきたのだ。
「おいで、タマ」
千夏がそう声をかけるとタマは人に変化し、千夏のもとへと駆け寄っていく。
千夏は微笑んでタマの手を引く。
「タマは竜だけど、大切な私の子供。毎日一緒にいろんなことを経験していくわ。一緒に笑ったり、泣いたり、怒ったり。一緒にいる仲間たちも同じ気持ちなの。人と竜でも思いは通じ合えるわ。私はあなたと争いたくないの。ドラゴンオーブを一回だけ触らせてくれない?私はここにいる仲間を魔族から守るために新しい力を手に入れたいの」
千夏は素直に自分の気持ちを混血竜に伝える。
混血竜はしばらくの間黙ったまま、タマと千夏をじっと見つめていた。
その瞳にはかつて自分がなくしてしまったものが映っている。
あの女は言っている通りに、光竜を自分の子供と思って慈しんでいる。
光竜もまた、絶大な信頼を寄せているのがわかる。
他の人間たちもその姿を微笑ましく思っているようだ。
「クゥー」
コムギがタマのもとに駆け寄り、かりかりとタマを引っ掻く。
「もちろんコムギも大事な家族でしゅよ」
タマはコムギを抱き上げる。
小さき魔物も家族だと?
―――うらやましい。
混血竜の中で初めて浮かび上がった感情だ。
狂おしい感情がせめぎ合う。
このままこいつらといると自分は狂ってしまうかもしれない。
さっさと帰ってもらいたい。
「いいだろう。一度だけ母様に触らせてやる。ついてこい」
混血竜はそういうと洞窟の奥へと歩き出した。
混血竜の案内で、千夏達は更に洞窟の奥へと進んでいく。
その途中一度、魔物による襲撃があったが、あっさりと混血竜が魔物を一撃で倒し、何事もなかったかのように進んでいく。
「強いの」
セレナは混血竜の背中を見ながらぽつりとつぶやく。
(長期間魔力を取り込んでいったんやろ。混血竜は弱いからな。今じゃ竜並の力を持っとると考えた方がええな。成竜クラスとやりあうのはめっちゃ厳しい。このまま何事もなければいいんやけど。ええか、アルフォンスは黙っとれ。余計なことはいうな。)
師匠からの厳しい駄目押しにアルフォンスは黙り込む。
確かにタマが自分に慣れるまでは時間がかかった。
俺ほど竜好きはいないのに。なにが悪いんだ…….
やがて洞窟の奥のほうから明滅する光が見えてくる。
以前フィタールで見たものと同じドラゴンオーブだ。
一メートルほどの大きさの球体で、無数の文字がオーブの中で渦巻いている。
「これが母様のドラゴンオーブだ。少しでも傷つけようとしたら殺す」
混血竜は目を細めて、千夏達を威嚇する。
「ありがとう。私は千夏。あなたの名前は?」
千夏は混血竜に礼をいい、そのあとに質問する。
普通の魔物と混血竜は違う。
いまだ互いの名前を名乗っていなかった。名前を名乗るのは挨拶の基本だ。
「……レオンだ」
千夏は自然体で害意を感じられない。
混血竜は請われるまま名乗る。
「レオンね。レオン、あなたのお母さんのドラゴンオーブ触らせてもらうね」
混血竜――――レオンは久しぶりに自分の名前を呼ばれたことに、戸惑いを隠せない。
その間に千夏はドラゴンオーブにそっと手を伸ばす。
触れた瞬間、ドラゴンオーブは眩い光を放つ。
レオンの母親は確かに水竜だった。
彼女は竜の谷で一族の反対を押し切って土竜と一緒になることを決めた。
生まれる子供は混血竜で、力も弱く寿命も短い。
だが、半身と決めた土竜との穏やかな生活は幸せであり、彼女は大事に子供を守って行こうと心に誓ったのだ。
そして、人と魔族の戦いが始まる。
魔族はより強い戦力を求め竜の谷へも侵攻してきた。
彼女と半身の土竜は魔族に対抗すべく力を尽くして戦ったが、魔族と戦いで力の半数を失う。
彼女達はこのダンジョンに逃げ込んだ。
地上で安全な場所は大戦がはじまったため見つからなかったし、ダンジョンで魔力の回復を図ることにしたのだ。
力の半分以上を失った竜達は寄り添いひっそりとこのダンジョンで暮らす。
戦いから長い時が過ぎても、彼女たちの力はほとんど回復しなかった。
それは魔族が使う呪いのせいであった。
そんな中彼女が妊娠したのだ。
竜の妊娠は長期間に及ぶ。卵を産み落とすまでに100年。
竜がなかなか増えないのはそんな事情も関係する。
弱った体での出産は彼女に多大の負担をかける。
半身の土竜は彼女のために竜の秘薬と呼ばれている薬を求めダンジョンを後にした。
だが、彼はいつまでたっても戻っては来なかった。
やがて彼女は卵を産み落とし、我が子にできるだけ気を送り込む。
混血竜でも最初に母親から受ける気の量によって強さが変わるのだ。
やがて我が子が卵から孵る。
彼女はあらゆる知識を叩き込むように我が子に伝える。
自分があまり長くは持たないことを知っていたからだ。
「母様、母様。ご飯をとってきました」
ダンジョンに沸く魔物を咥えて戻ってきた幼いわが子を見つめる。
いつまで一緒にいられるのだろうか。
彼女の強いせつない気持ちに千夏も心が揺れる。
彼女の記憶とともに水竜としての知識や水系の魔法など、並列して千夏の中にどっと押し寄せてくる。
そろそろまずいかも。
千夏は膨大な知識量におののき、ドラゴンオーブから手を離す。
ふらつく足をリルに支えられ、千夏はエドが用意した椅子に座り込む。
「ちーちゃん、大丈夫でしゅか?」
心配そうにタマが少し青ざめた顔いろの千夏を覗き込む。
「うん、大丈夫。ちょっと休めば歩けるよ」
千夏はタマの頭を撫でながら答える。
千夏の中で水竜の記憶がフィードバックする。
もし、今千夏が死んだらタマはどうなるんだろうか。
千夏には水竜とは異なり、安心してタマをまかせる仲間がいる。
「ねぇ、レオン」
千夏は目の前の混血竜に向かって話しかける。
「……なんだ」
混血竜は再び名前を呼ばれ、びくりと体を動かす。
「レオンはもう普通の竜と同じ強さまで魔力を吸収している。いつまでここにいるの?
レオンもお母さんの記憶を読んだでしょ?幸せになってほしいって。死ぬまでひとりぼっちでここにいてもレオンは幸せになれない」
千夏の脳裏には幼き頃のレオンと水竜のせつなさが焼き付いて離れない。
「……母様をおいていけるわけがない」
母親の記憶は何度も触れている。
千夏が言いたいことはわかるが、外に出るのが怖いし、母親のドラゴンオーブを放置しておくことはできない。
「連れていけばいいのよ。私ならドラゴンオーブをアイテムボックスに収納できる。いつでもレオンが会いたいときにお母さんに会えるわ」
千夏はそういってドラゴンオーブをアイテムボックスに一旦収納し、元に戻して見せる。
「お前と一緒にいないと母様と会えないじゃないか」
レオンはむっとしたように言い返す。
「そうよ。レオンが私たちとずっと一緒にいれば問題ないじゃない」
千夏はにっこりと笑って答える。
「タマにお兄さんができるね。よかったね、タマ」
「お兄さんでしゅか」
じっとタマは混血竜を見上げる。
タマのつぶらな瞳で見つめられ、混血竜は更にいたたまれなくなり、むきになって言い返す。
「勝手に決めるな。人間なんてすぐに死ぬ」
「そうね、竜よりも人の寿命は短い。でも、数十年はいっしょにいられるわ。それにタマもいるしね。あなたには生きている家族が必要だわ。わかっているでしょう?」
千夏に諭され、混血竜は黙り込む。
一度うらやましいと思ったこの狂気に満ちた気持ちを抑えることができない。
名前を呼ばれたことで一層激しくなっていく。
彼女たちが帰ったあとにこの気持ちは収まるのか?
それは難しいことだと冷静な自分の声が聞こえてくる。
「お前たちは魔族と戦うのに僕の力が必要なんだろう?」
「別に魔族と戦わなくてもいいよ。今あなたを置いて帰りたくないだけ。とりあえず、お試しで一緒にくればいいよ。嫌になったら帰ってくればいいんだから。簡単なことでしょ?」
嫌になれば帰ってくればいい。
その一言で心が軽くなる。
外に出てみたいと一度思ってしまったのだ。止めることはできない。
「本当に魔族と戦わないからな。それに嫌になったら帰るからな」
レオンははやる気持ちをおさえ、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「いいよ。じゃあ、戻ろうか」
千夏はドラゴンオーブをアイテムボックスに収納し、みんなを振り返る。
今回勝手に千夏ひとりで話を決めてしまったので、素直に謝る。
「何も問題はない、俺は大賛成だ」
アルフォンスは嬉しそうにレオンを見上げる。
「悪い竜ではないようですし、特に問題はありません」
「私もかまわないの」
エドとセレナは特に異論がないようだ。
このパーティはいつも何が起きるかわからない。今更のことだ。
「竜が二匹。すごいパーティだね」
リルは事の成り行きに驚いてそう答えるのが精いっぱいだった。
(土属性魔法を使えるやつが増えてよかったんやないの?)
千夏は土魔法が使えない。土魔法は防御に優れている。リルの負担も軽くなるだろう。
「扉が開いているのが夜明けまでです。一泊ここでしないで戻るならさっさと移動しましょう。間に合わなくなります。自己紹介などは戻ってからにしましょう」
まだ少しふらついている千夏を背負うと、エドはみんなに声をかけて来た道を戻り始めた。
仲間にするか悩んだのですが、結局こういうことに。




