バハブ島
「それじゃあ、次会うときは結婚式だね」
千夏は万冬に向かって、しばしのお別れの挨拶をする。
「うん。日程が決まったらギルド経由で連絡するね。千夏ちゃん、気を付けてね」
万冬は心配そうに千夏を見送る。
千夏は万冬にとってこの世界でたった一人の血のつながった親戚だ。
「やばくなったら逃げるから大丈夫、じゃあまたね!」
千夏は手をふって巡回船へと乗り込んでいく。
千夏が乗り込むと、船と港をつないでいた板が外されいよいよ出航である。
次の目的地はラヘルから船でおよそ1日。ハバブと呼ばれる島になる。この島はラヘルの領土でもあり、地下3階までの小さなダンジョンがある。
このダンジョンに水竜のドラゴンオーブがあるという噂がある。
今回はこのドラゴンオーブを探すことが目的の一つだ。
「といってもなー。この前みたいに岩の後ろに抜け道があるとかだと探すのに苦労するぞ」
アルフォンスが腕を組んで考え込む。
小さなダンジョンだとはいえ、闇雲に探すには時間がかかる。
「手当たり次第に岩を動かして探すのかな。岩を動かすのはセレナがいるからなんとかなるけど」
千夏もめんどくさそうに答える。
「とりあえず目撃情報は3階らしいですから、3階を重点的に探すしかないですね。まずは3階を目指しましょう」
エドがセラから渡されたダンジョンの地図を見ながらそう答える。
「でも、3階ってダンジョンマスターがいる階だよね?」
リルが不安気にそうに問いかける。
ダンジョンマスターとは、ダンジョンの最下層にいる強い魔物のことだ。
ダンジョンマスターを倒すと死骸からレアアイテムが出現する。
レア度は運次第らしく、ハズレの場合もあるそうだ。
ダンジョンマスターを倒してもダンジョンは消えない。またしばらく魔力が溜まれば、新しいダンジョンマスターが生まれる。
「ダンジョンマスターか。楽しみだな」
「また、ヤル気満々だよ」
アルフォンスが楽しそうに笑うのをみて千夏はげんなりとする。
「現在のダンジョンマスターは水と土の混血竜だとか。竜だと魔封じの盾は意味がないですね。タマの魔力も封じてしまいます」
「竜でしゅか」
エドのつぶやきにタマは目をキラキラと輝かせる。
なにせ同じ種族とは一度もあったことがないのだ。
しかも、遭遇すれば敵同士。
世知辛い世の中だ。
「竜といっても混血竜は成竜でも普通の竜よりも弱いです。私も何回か過去に戦っていますが、今の私たちでは少し手こずりますが、倒せない相手ではないでしょう」
淡々と語るエドを千夏は不思議そうに見つめる。
なんで執事が混血竜と何回も戦っているんだ?
「どちらが強い竜か戦って決まるわけでしゅね」
タマはタイマンでヤル気満々だ。
竜は比較的種族間のつながりは希薄だ。強いか、弱いか弱肉強食の世界である。
「とりあえず、夜にはバハブに到着します。そこからはそのままダンジョンに向かうことになります。今のうちに休養を十分にとっておいてください。港からダンジョンまでは馬車で一時間ほどありますが、眠るのには十分な時間じゃありませんし」
寝だめができる千夏は問題がないが、揺れている船の中で今寝ろと言われても他のメンバーはキツイだろう。
「なんで一泊しないでダンジョンに直行するの?」
素直に千夏がエドに質問をする。
「変わり種のダンジョンなんです。日が出ている間にはダンジョンの扉が閉まっています。出る時も夜にならないと開きません」
「ダンジョンに扉なんてあるの?」
今度はセレナからの質問だ。前回潜ったフィタールは普通の洞窟で扉などついていなかった。
「ダンジョン自体は普通なんですが、管理国がラヘルなのです。魔物のいる洞窟から魔物が抜け出さないように、ダンジョンに扉を設置してしまったという経緯ですね。
ダンジョンから生まれた魔物はダンジョンからは出てきません。
扉を付ける必要は最初からありません。単なる迷信からきている習慣らしいです。最初は夜も扉を閉じていたのですが、他国からのダンジョンを開放するようにと強い要望で、夜だけ扉を開放するようにしたそうです。
入りたいなら夜にこっそり入れといった、ある意味嫌がらせですね」
(まぁ、いろいろ言ってもしゃーない。夜からしか入れなんなら、今のうちに体を休めておくしかないな。)
エドの説明を聞き、シルフィンがそう結論づける。
1日でハバブに到着するが一応部屋を借りていたので、一旦解散し全員休息のために部屋へと戻る。
バハブに着いたのは夕方を少し過ぎた時間だった。夕飯はすでに船の中で済ませている。
ラヘルで受けた入国審査を再度行い、解放されたのは7時を回った頃だった。
暗いため港の様子はよくわからない。
だがダンジョンしか観光(?)資源がないこの島は少し寂れた漁村という感じだろうか。
ダンジョン行きの馬車など出ておらず、いつものアルフォンスの馬車で移動することになった。御者を務めるエドの方向感覚だけが頼りで、基本港から東に向かえばたどり着けるはずだ。
「暗いね」
馬車の灯りだけが暗い夜道を照らしいる。
千夏は暗くてなにも見えない馬車の外を眺めてぽつりと呟く。
『ちょっと、今日の定期連絡がきてないわよ!ダンジョンには着いたの?』
突然遠話のイヤリングからセラの声が聞こえてくる。
いつも千夏が夕方に連絡を入れていたのだが、今日はバタバタしてすっかり忘れていた。
『ごめん、忘れてた。今馬車でダンジョンに向かっているとこ。
昨日はあのあと、私は従姉妹ともう一人、同郷の人と会って喋ってた。有益な情報はなし。三週間後に従姉妹の結婚式に出ることになったくらい。
後、アルフォンス達が夜にラヘルの破落戸に絡まれた。特に被害なし』
千夏は遠話のイヤリングで昨日の夕方からの出来事を簡単にセラに報告する。
『同郷の2人のスキルは?』
しばらく黙った後、セラは質問してくる。
『一人は護身術。従姉妹のほうは聞き忘れた。たぶん戦闘系ではないと思う』
『次に会うときにちゃんと聞いておいてね』
千夏の例があるので、杞憂だろうがセラとしては確認しておきたいところだ。
『それで、アルフォンスのほうは絡まれたと言っても国際問題まで発展してないよね?』
まさかそんなことないわよねと、暗黙の圧力がセラから伝わってくる。
『大丈夫です。向こうが勝手に転んだことになっていますから』
エドの微妙な発言に千夏はアルフォンスとリルを見る。
リルは苦笑した後、ため息をつく。
「いやぁ、なんかしつこい奴らだったよな。しまいにはエドに転ばされまくってた」
呑気そうにアルフォンスが答える。
「現場にいなかったからよくわからないけど、因縁つけられたの?」
千夏はアルフォンスに尋ねる。
「最初は酔っ払いがコムギを蹴ったところから始まったよな?」
アルフォンスがリルに尋ねる。
「あれ?コムギが酔っ払いを踏んづけたのが発端じゃなかった?」
リルは額に手を当て考え込む。
「私は最初見てなかったの。気がついたらエドが酔っ払いを踏んでいたの」
セレナはコムギを見ながら答える。
コムギは千夏の足元でゴロゴロしながら「クゥ-」とタマに向かって鳴く。
「コムギが通ろうとしたら酔っていた人が、コムギを蹴る振りをしただけでしゅ。コムギは蹴られても、相手を踏んづけたりもしてないでしゅ」
つまり、軽く冗談のようにコムギに絡んだら、エドに踏まれたと。
千夏は状況を整理すると小声で「昨日、エドの機嫌が悪くなるようなことあった?」とみんなに質問する。
全員顔を見合わせるが、誰も思いつかないようだ。
エドは性格的に八つ当たりはしそうだが、単純な理由ではイライラしなさそうに見える。
とりあえず触らぬ神に祟りなし。
昨日の件は全員が棚上げすることにした。
『まぁいいわ。とりあえず明日は忘れずにね。戦闘もあるだろうから多少前後してもいいわよ。じゃあ、頑張ってね』
セラからの通信が切れ、再び辺りに静けさが漂う。
暗い中ではしゃべるか寝るかしかできない。
千夏はうとうとと寝始める。
やがて目的地についたのか馬車がゆっくりと止まる。
セレナに起こされ千夏は馬車をおりる。
エドがカンテラをもって、目の前を照らす。
そこにあったのは、左右に広がる岩棚の中央に位置した、大きな鉄門であった。
門は縦2メートル、横幅およそ6メートルもある。
門と門の間はぴったりと閉じておらず、かすかに青白い光が間から漏れている。
「夜になると門の閂が横にずれるようにマジックアイテムが設置されています。これですね」
エドが人の胴体ほどの太さがある閂を照らして示す。
千夏がみたことがある閂は普通は木でできており、このような鉄の閂を見るのは初めてである。
魔物を出さないように作られた門だけあって、閂は外側につけられている。
つまりこの門は押して開ける門である。
「とりあえず、中にはいるか」
アルフォンスは開いている門に手をかけ、中に向かって両手で門を押すが僅かに数センチ程動いただけだ。
よほど頑丈につくったのだろう。門の厚さが20センチはある。
アルフォンスにかわって、セレナとタマが力ずくで門をぐいぐいと開けていく。
ある程度まで開けて手を離すと、門が再び閉じようと前に戻ってくる。
慌ててセレナが門を押さえる。
全員が中に入ったことを確認した後、セレナとタマは門から手を離す。
ギギィと音をたてながら門が自然に閉じていく。
「もっと簡単に入れると思っていたんですが、こんな面倒な門だと入る人が少なそうですね。ラヘルが洞窟掃除をするとは思えませんし、中は溜まっている可能性が高そうですね」
バタンと音をたてて閉じた門を眺めながらエドがいう。
エドの言葉にアルフォンスは不敵に笑う。
初めてのダンジョンで少し緊張しているリルが全員に支援魔法をかける。
「それじゃあ、ダンジョンマスターを倒しにいくぞ!」
アルフォンスの掛け声に、タマとセレナがそれにコムギがそれぞれ元気に応える。
すっかり変わった目的に千夏は暗い空を仰いだ。
中まではいれませんでした。




