異世界トーク
「ところで、千夏ちゃん。冒険者って危なくないの?」
万冬はモリモリとカレーを頬張る千夏に心配そうに質問する。
「ん、この前はクラーケンと戦って、あと魔族とも戦った」
千夏は口の中のものを飲み込んで、万冬に答える。
「そんな!よく無事でしたね」
朝倉は平然と答えた千夏をみて茫然とする。万冬のほうは驚きで声がでない。
「なんとかね。うちのパーティには竜がいるから」
「竜ってあの竜ですか。本当にいるんですね。そんなものが。映画でしか見たことがないですよ。東京タワーとか倒して歩く巨大なやつですよね?」
朝倉の感想に千夏は首を傾げる。
「それって、ゴジラ?まぁまったく似てないかといわれれば微妙だけど、竜はゴジラとは違うかな。それにあんなに大きくないし」
千夏はゴジラを思い出し思わず吹き出す。
タマがあんなに大きかったらこの街など一踏みで破壊してしまう。
「そうなんですか。でも口から炎吹いたりするんでしょう?」
「そうだね。でもとてもいい子なんだよ。普段は人の姿で幼稚園児くらいのサイズなの」
このくらい?といいながら千夏はタマの身長を手振りで朝倉に説明する。
「はぁー。まったく不思議な生き物ですね。竜とどうやって友達になったんですか?」
竜と友達。初めて聞くフレーズに千夏は笑う。
「従魔の卵からタマは孵ったの。友達というより私の子供かな」
「それは変わったお子さんをお持ちで」
朝倉の言い方が愉快で千夏は楽しくなる。この人も変わった人だ。
「それよりも、ここお米食べれるからいいよね。エッセルバッハにはお米がなくってつらかったよ」
「ええ。どちらかというとタイ米に近いですが、おいしいですよ」
「うん。おいしいね。大量に買ってアイテムボックスに詰めれるだけ詰めて帰ろうとおもってるんだ」
「アイテムボックス?なんです、魔法ですか?」
今度は朝倉が首を傾げる。
「え?使ってなかったの?アイテムって考えてみて」
千夏にそう言われて、朝倉は少し黙り込む。
「おー、なんか出てきました。これがアイテムボックスですか。金貨と食料が入っていますね」
「ほんとだ」
万冬も驚いたように声を上げる。
どうやら二人ともまったく無一文からこの世界を暮らし始めたようだ。
「頭で考えただけで、物の出し入れが便利にできるよ。たとえばこう」
そういって千夏はアイテムボックスから手にアイスキャンディーを取り出す。
おすそ分けといって3人にアイスキャンディーを渡す。
「おお、すごいですね。アイスキャンディーなんて久しぶりですよ」
「うん。おいしいね」
2人は喜びアイスキャンディーを齧る。ガエンだけは見たことがないものに少し躊躇するが、万冬がおいしそうに食べているので自分も齧ってみる。
「アイテムボックスは、入れている間は劣化しないの。暖かいものは暖かいまま、冷たいのは冷たいままなの。大きなものも入るし便利だよ。使わないのは損だよ。試しに出し入れしてみて」
千夏に言われて、朝倉と万冬は持っていたアイスキャンディーをアイテムボックスに出し入れしてみる。
「すごいよ、千夏ちゃん。これがあったら食べ物を安く売ってるときにいっぱい買っても、腐らないね。畑の売れ残りとかもずっと新鮮でとっておけるし。すごいよ」
万冬はとても嬉しそうだ。考え方がすでに立派な主婦になっている。
「魔法の属性検査をして水属性があれば氷を作れるから、今のアイスキャンディーだって作れるよ。たくさんつくってもアイテムボックスに保存すればいいし。あと重たいものでも、手で触りさえすればアイテムボックスに格納できるよ」
「それじゃあ、転移魔法をとれれば、一人で運送業とかもできますね」
「アイテムボックスを使える時点で時空魔法属性があるから、魔力さえあれば転移もとれるよ」
「なんと素晴らしい!」
朝倉はパンと膝をうち、うれしそうにニコニコ笑う。
「いやー、電車とか車に慣れてしまっていて移動の基本が徒歩だというのが正直きつかったんですよ」
「わかるわかる」
万冬もうんうんと頷く。
「私はテレビがない生活が一番なれなかったかな。今はもう慣れたけど」
「そうですね、たしかに娯楽は少ないですね。この世界は。将棋でもやってみたいのですが、相手が必要ですし」
朝倉が残念そうにいう。
「だったら、ガエンに教えてあげてよ。そうしたら一緒に将棋ができるよ。私も覚えるから」
万冬は朝倉に向かってそう提案する。
少しでも娯楽があったほうが楽しいのだ。
「それでは、駒でも作ってみましょうかね」
「じゃあ、私はリバーシーでも作ってみるね。リバーシーなら簡単にできそうじゃない?」
万冬は少し考えてから、思いついたようにそう提案する。
「トランプもいいね」
千夏はカードゲームが結構好きなのだ。タマとリルと一緒に作れば面白い絵柄のトランプになるだろう。
「ああ、トランプだと複数でできるからそれもいいですね」
朝倉がなるほどと頷く。
盛り上がる3人をガエンは楽しげに見守っている。話の内容は全く分からないが、万冬が楽しそうにしているのがうれしかった。
千夏はカレーのおかわりと、パエリアを追加で頼む。
「千夏ちゃん、そんなに食べて大丈夫なの?」
万冬が少し心配そうたずねる。
「うん。私のスキルは食い貯めができるスキルなんだよ」
ちょっと得意そうに千夏が答えると朝倉はそれがおかしかったのか笑い出す。
「変わったスキルを取りましたね。私は新しい体でも昔のように動けるようにしてもらいました。元々警察の仕事をしていたのですよ。柔道とか剣道、空手とかをね。おかげで門番の仕事につくことができました」
「刑事さんだったのですか」
お巡りさんは見たことがあるが、テレビドラマでしか千夏は刑事を見たことがない。
「はい。ちょうど非番の日に気まぐれを起こして映画を見に行ったんですよ。その帰りに事故に遭いました。独身だったし、親ももうなくなっていましたからね。こちらで生活することを選んだんです」
朝倉は向うの世界を少し懐かしむようにそう語る。
「こちらに来てすぐに、私が見たのは万冬ちゃんでした。足取りがふらふらしていて、大丈夫なのかなと思っていたら、ガエンさんに縋り付いて泣いていました。今は笑うようになってくれて本当によかったです」
朝倉の言葉に万冬は少し恥ずかしそうに顔を赤くする。
「万冬ちゃんは幸せものだね。ガエンさんや朝倉さんに見守られて」
千夏は従妹が暖かい人達に見守られていることに安堵する。
「うん。私は果報者だね。千夏ちゃんもちゃんと見守ってくれる人はいるの?」
「向うの世界にいたときは、一人ぼっちだったけど、今は頼もしい仲間がいるから大丈夫だよ。子供もいるしね。ほら、あの子よ。タマどうしたの?」
万冬の問いに答え、千夏は宿屋の入口にひょいと顔をのぞかせたタマの顔を見て笑う。
タマの腕の中にはコムギが抱きかかえられている。タマの隣にはセレナが立っている。
どうやら気になってみんなで見に来たようだ。
朝倉は空いている隣のテーブルをくっつけて、タマとセレナの席を作る。
「どうぞ、ここに座って」
セレナとタマは頷くと、その席に腰を下ろす。
「ごめんなの。ちょっと気になってきてしまったの」
セレナが耳を少したらして千夏に謝る。
「あのでしゅね、アルたちも来たのでしゅけど、宿屋の表で絡まれてるでしゅ」
タマが何気なく物騒なことを答える。
「それは大変だ!」
朝倉は席を立って宿屋を出ていく。
「夜はやっぱり少し物騒なのかな」
千夏は慌てず、店のメニューをセレナとタマに渡す。
セレナが店の中にいるということは、大した脅威ではないのだろう。
「万冬ちゃん、こっちがさっきはなした竜のタマ。それと弟のコムギ。で、そっちがセレナ。私の友達よ」
千夏が万冬に一人と二匹を紹介する。
竜という言葉に少し驚いた万冬であるが、先ほど千夏から聞かされていたのでわりとすんなりと受け入れる。
ここは異世界。日本とは違うのだ。
「初めまして、私は万冬です。千夏ちゃんの従妹になります。こちらはガエン。私の婚約者です」
「セレナです」
「タマでしゅ」
「ガエンです。ぜひあなたたちも私たちの結婚式に来てくださいね」
「そうなの。従妹が結婚するらしくて、式のお話を聞きに来ていたの」
千夏はセレナとタマに呼び出された経緯の説明をする。
「それは、おめでとうなの。ラヘルの花嫁さんはどんな服をきるの?」
セレナは興味深げに万冬に尋ねる。
「私も実はまだ知らないの。ガエン、どんな服をきるの?」
万冬はガエンに尋ねる。
結婚できるかもわからない状況だったので、その辺りについてはまったくなにも聞いていなかったのだ。
「基本は赤と紫の重ね着だ。意匠は花嫁によって異なる。ヤーンさんの奥さんに後で見せてもらったらどうだ?」
ガエンがそう答えると、万冬は少し考え込む。つまり自分で花嫁衣裳を作らなければいけないということなのだろうか。
明日から3週間。間に合うのだろうか。
万冬は異世界に行くのにあたり、家事のスキルを取得したのだ。
ご飯もおいしく作ることができているし、裁縫もなんとかなるだろう。
「まぁ、当日楽しみにしているよ。大変だけど頑張ってね」
「うん。明日から頑張って作るよ」
千夏からそういわれたのでは頑張るしかない。
万冬は力強く頷いた。
まったり回はここで終わりです。
次回からまたダンジョンです。




