思いがけない再会
「よぅ、今日もいい天気だな。マフユ」
万冬は畑に水をまいてた手をとめ、通りかかった近所の農夫に挨拶を返す。
「おはよう、ヤーンさん。今日もいい天気ね」
万冬がそう答えると、「おすそ分けだ」と自分の畑でとれた根菜を少し万冬に手渡しヤーンは自分の畑へと戻っていく。
佐藤万冬は大学から帰る途中で脱線事故に巻き込まれた。学生として安穏としていた生活が一変し、何もわからない世界に放り出されたのだ。
青い扉をくぐり、見たことのない街にたどり着いた万冬は、言われた通り冒険者ギルドで身分証明を作ったあと、どこへいけばいいのかわからなくなった。
何をしてどう生きて行けばいいのかすらもわからなくなり、泣いていたら一人の男にに声をかけられたのだ。
「どうしたの?どこか痛いのかい?」
心配そうにのぞき込む優しい黒い瞳をみて、万冬は両親を思い出し、その男に抱きついて泣くだけ泣いた。
あれから約3か月が過ぎた。
万冬はすっかり慣れた畑仕事を片づけ、水田のほうに向かう。水田で稲の具合を確認している男が見えてくる。
彼、ガエンが泣き続ける万冬をここへ連れて帰り、いろいろと万冬の話を聞いてくれたのだ。
電車脱線事故で一度死んだこと。異世界に来たこと。そのほかにもいろいろ万冬はガエンに話した。
ガエンには万冬が言っていることが少しわからなかった。だが彼はなにもいわず優しく万冬の頭をなでながら、話を聞いてくれた。
ガエンは今年30歳になる、農夫らしい日に焼けた浅黒い肌に、短く刈り込んだ黒い髪。昨年母親がなくなり彼も一人ぼっちだった。
万冬はそれからここに住み着き、ガエンを手伝っている。
慣れない仕事ではあったが、ガエンの穏やかな顔を見ているだけで、万冬は落ち着くのだ。
万冬は少しずつではあるが、この世界に順応しはじめた。
年の差はあったが、自然に二人は惹かれあい、まるで夫婦のように穏やかな生活を送っていく。ガエンと一緒に農作物を詰め込み港町の商人へ運んだり、村の農夫たちの集まりにも顔を出すようになる。
ラヘルはどちらかというと排他的な国ではあるが、外見も自分たちと変わらない万冬を彼らは快く迎えた。
ある日、いつものように農作物を港町に運んだ時に、街の門番に声をかけられた。
彼は万冬と同じで、日本からこの世界に来た日本人であった。それからは街へ農作物を卸しに行くときには、必ず彼と近況を語り合う。ガエンが知らない日本という国を知っている数少ない同郷の人だった。
「万冬は彼と仲がいいね」
珍しく少し寂しそうにガエンが万冬に問いかける。
「同郷の人なの。でも私はガエンと一緒にいるほうが落ち着くよ?」
万冬はガエンの腕に甘えるようにもたれかかる。
「ごめんね。万冬がどこか遠いところにいってしまうような気がしてね」
ガエンは万冬の頭を撫でながら答える。
ガエンには万冬に負い目がある。
村の一員として万冬は迎えられたが、それは表向きな話だ。正式な村人となるにはガエンと結婚しなければならない。だがその結婚が問題なのだ。
ガエンとて万冬と結婚したいのだが、この国ではよそ者と結婚するときに一つの習わしがある。
その者の親族の前でその親族と決別し、新たにラヘルの民となることを宣誓するという習わしだ。万冬の親族はこの国にいない。いや、この世界といった方が正しいのだろうか。
何度二人で他国に渡りそこで落ち着こうと考えただろうか。だがガエンが持っている財産は両親が残した家と田畑だけだ。他国で一から始めるには資金が足りない。
きっと万冬につらい思いをさせてしまうだろう。今の生活でさえ贅沢とは無縁な生活なのだ。
ガエンは青い空を見上げて溜息をついた。
散々ご飯を食べ終えたあと、千夏はご飯の炊き方について休憩所の店主に尋ねた。
炊飯ジャーでしかご飯を炊いたことがない千夏は、この世界でのご飯を炊くことができない。
千夏の食べっぷりに毒気を抜かれた店主は、釜でご飯を炊く方法を千夏に教えてくれた。これであとはお米とお釜を購入すればいつでもご飯が食べられるのだ。千夏は一人上機嫌になる。
やってきた乗合馬車に乗り込み一行は港町へと戻る。まずはギルドで到着報告を行い、そのあと予約していた宿に向かう。
今回もコムギを宿の中へ特別料金を払っていれてもらうことにする。
コムギの擬態は毎日少しずつ練習をしているが、まだ擬態までにいたらない。コムギの輪郭がぼやける時間が少しずつ増えてきているので、そのうちできるのではないかと期待をしているというところだ。
「チナツ、もう夕方なの」
宿に帰ってお昼寝をしていた千夏を鍛錬が終わったセレナが揺り起こす。
「ふぁぁ、よく寝た。もう夕方かぁ」
千夏はあくびを噛み殺しながらながら起き上がる。まずはセレナ用にお風呂を取り出し、お湯を沸かす。
そのあとに寝ぐせを櫛で簡単になおした後、千夏はアイテムボックスからコムギ用の食器を取り出す。
「クゥー」
ご飯かと思ってコムギがすりすりと千夏に近寄ってくる。
「コムギ、ご飯はもうちょっと後だよ。セレナとタマ、私夕飯は他のところで食べるから、コムギのことお願いね」
千夏はコムギを抱き上げ、ベットの上に載せてセレナにお願いする。
「わかったの。気を付けてなの」
セレナはお風呂から千夏に手を振る。シャロンへの手紙を書いていたタマも頷く。
「うん。じゃあいってくるね。緊急時には遠話で話しかけてね」
千夏は宿屋の亭主に『クジラ亭』の場所を聞いてから外へ出る。夜の街に一人で出かけるのはいつぶりのことだろうか。
『クジラ亭』は千夏達の宿から道2本ほど先にあった。その宿の前に数個テーブルが屋外で設置されており、外でご飯を食べれるようになっている。そこからカレーの匂いが漂ってくる。
今日はカレーライスにしよう。千夏は、ふらふらとにおいに誘われるように宿の中へと入っていく。
「こっちです、佐藤千夏さん」
宿の食堂に顔を出すと、すぐに今朝あった門番が席を立って呼びかけてきた。彼と同じ席に二人の男女が座っている。
千夏は4人かけの席で唯一空いている門番の隣に腰かける。
「彼女が佐藤千夏さんです。それでこちらの彼女が佐藤万冬さん。万冬さんの隣にいるのはガエンさんです」
簡単に門番、朝倉さんが他のメンバーを紹介してくれる。千夏は万冬と呼ばれた少女をまじまじと眺める。
どこにも従妹の面影はない。相手の少女も千夏の顔をじっと見つめている。
「千夏です。父親は佐藤夏生。父の弟で私の叔父にあたる人は佐藤冬樹という名前でした」
千夏はとりあえず確認してみることにした。目の前の少女ははっと息をのむ。
「冬樹は私の父親です。夏生おじさんも覚えています。本当に千夏ちゃん?」
少女は身を乗り出して、千夏に確認する。
「そう。生まれ変わってずいぶんスマートになったけど、元ぽっちゃりの千夏だよ。万冬ちゃんもあの電車に乗っていたんだね」
千夏は少し悲しくなった。父親たち兄弟は同時に娘を脱線事故で亡くしたのだ。
「うん。大学の帰りだったの。千夏ちゃんはずいぶんと外見がヨーロッパ風だね。私たちはどちらかというとアジアン系だったけど」
万冬は目をまるくしながら、千夏の顔を覗き込む。思ってもいない万冬のその挙動に千夏も驚く。昔の万冬だったら、知り合いに会えた安堵で、千夏にすがりついて泣き出すのではないかと思っていたからだ。
「エッセルバッハの国で生まれ変わったの。最初にたどり着いた街はここから北で、2か月くらい旅しないと着かない場所にあるんだ」
千夏がそう答えたときに、給仕のおばちゃんが千夏に注文を取りに来たので一旦話は中断する。
千夏はカレーライスとお茶を頼む。
「へぇ2か月も?じゃあこっちにきてからほとんど旅をしていたんだね。私たちはここから離れたことはないんだよ」
興味深げに朝倉は千夏を見つめる。
「そうだね、ずっと旅していたかも。結局オーソドックスに冒険者になったからね。朝倉さんは門番で、万冬ちゃんは何をして暮らしているの?」
「私はこのガエンの農園で働かせてもらっているの。私がこの世界に来て助けてくれた人なの」
万冬は隣に座るガエンを見て微笑む。
「ガエンです。万冬と一緒に暮らしています。あなたにお願いがあるのですがいいでしょうか?」
ガエンは真剣な表情で千夏を見つめる。
「私にできることなら」
「あなたに私たちの結婚式に出席してほしいのです」
ガエンはそういった後、この国のしきたりを千夏に説明していく。
正直子供こどもしていた万冬が、千夏より年上の男性と結婚するということに千夏は驚いた。しかも農家で働いているということも千夏には衝撃的だった。農家は大変な仕事だ。のほほんと暮らしてきた千夏や万冬に務まる仕事ではない。
「どうですか?私たちの結婚を許していただけるでしょうか?」
ガエンが黙り込んだ千夏を真剣な表情で見つめてくる。
「あ、ごめんなさい。万冬ちゃんが結婚するってことに驚いていただけで反対はしないよ。おめでとう」
千夏からの祝福の言葉に、ガエンと万冬は嬉しそうに笑う。
「で、結婚式に参加すればいいのよね?それっていつ頃?あと万冬ちゃんが結婚したら私が連絡とったらまずいのかな?」
千夏はいろいろ疑問に思ったことを口にして質問する。
「式はさすがに明日は無理ですが、あなたの予定に合わせます。年に数回くらいであれば連絡を取るのは問題ありません」
ガエンは緊張をといて、普段どおりの穏やかな声で千夏へ回答する。
「んー、この南国諸島にいるのはたぶん2、3週間になりそうなの。そのあとはエッセルバッハに戻るので、できれば3週間後くらいがいいかな。正式に決まったら冒険者ギルドでエッセルバッハのセラという人向けに伝言を伝えてほしいの。そこから私に連絡がとれるから」
千夏は少し考えてからそう伝える。
「わかりました。ではそのようにします。朝倉さん、あなたにもお礼を。本当にありがとう」
ガエンは朝倉と千夏に頭を深々と下げる。
「いえいえ、私は大したことはしていませんよ。でも結婚できてよかったですね。同胞としてとてもうれしいです」
朝倉は少し照れながら答える。彼は万冬を娘のように思っていたので、彼女の結婚が本当にうれしかった。
「とりあえず、お茶ですが乾杯でもしますか」
朝倉は千夏の料理が運ばれてきたのを確認してそう提案する。4人はそれぞれ木のコップを持つ。
代表して朝倉が乾杯の音頭を取る。
「それでは、万冬ちゃんの結婚に乾杯」
「「「乾杯」」」
週末も書きだめが出来ませんでした。
隔日更新に今週はなりそうです。




