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ラヘルの港

投稿が間に合いませんでした・・・

 船はラヘルの港へと入港する。

「やっと着いたか!」

 アルフォンスは狭い船内から解放されることを喜び、早速船から降りようと動き出す。

「入国審査がありますよ。全員まとまっていたほうがいいです」

 エドが一人だけ先に降りようとするアルフォンスを止める。


 エドが言ったとおり、船の出入り口で入国審査官が待ち受けていた。

 千夏達はセラが作ってくれた身分証明書を見せ、犯罪チェック用のマジックアイテムに手を置く。全員が無事入国審査をクリアし、一人金貨1枚を払い船を降りる。


 ラヘルの民族はエッセルバッハの民族と比べると、若干背が低く肌が浅黒い。千夏にとっては見慣れた黒髪と黒い瞳の人々が港を行きかう。街並みは木作りの家々が立ち並び素朴な感じがなかなかいい。


「ラヘルへようこそ。皆さんにラヘルでの注意点を説明します。こちらへどうぞ」

 先程入国審査をおこなった審査官が、千夏達を連れて港の近くに建てられた家へと案内する。千夏達と同じく船を降りた商人たちはそのまま街の中へと入っていく。どうやら商人手形を持たないものは入国の際に説明を聞かされるようだ。


 建物の中は風通しがよく、籐で編んだ椅子を勧められ千夏達はそれに腰かける。審査官は壁に貼り付けられた地図を一行へ指し示す。細長いナスのような地図だ。


「これはラヘルの地図です。今皆さんはこの港にいます。この港町はどこを自由に歩いても問題はありません。港街をでる場合、ラヘルへの立ち入り許可が必要です。この許可はラヘルの領事館で取ることができます。

 問題はこの赤線で囲まれた地域への立ち入りです。この赤線で囲まれた地域はラヘルでは聖域と呼ばれている場所です。大神官の許可がないと立ち入りは不可です。基本許可がおりませんので、くれぐれも立ち入らないようにしてください。なお、この注意を破って立ち入った場合は罪に問われることになります。何か質問はありますか?」


「あの、この子は放して街を歩いても問題はないですか?」

 千夏は腕の中のコムギを見て質問する。

「大丈夫です。ただし、先ほど説明したとおり街を許可なく従魔が抜け出したり、聖域に迷い込んだら保障はできません。しっかり管理してください」

 審査官はコムギを見て頷く。


「あ、それと温泉ってどこにあります?入れますか?」

 千夏はそのまま続けて質問する。是非聞いておきたいことだ。


「温泉は街を出て、ここにあります。街から温泉行の馬車が出ているのでそれに乗れば行けますよ。ただし、街を出るので領事館で立ち入り許可証をもらってください。詳しい場所は領事館で聞いてください」

 審査官は地図で温泉の場所を指し示す。

「他にありますか?」


「あ、じゃあ。過去の勇者が持っていた剣って見ることができますか?」

 アルフォンスが手を上げて質問する。

「よく質問されることですが、それは聖域にある神殿にありますので、無理ですね」

 審査官の言葉に少しアルフォンスががっかりする。


「他には?……特にないようですので、終わりにします。よい観光を!」

 そう審査官が締めくくり、千夏達は審査官事務所をぞろぞろと出る。


「ラヘルでの滞在予定は一泊の予定ですから、明日の昼に巡回船に乗ります。先に温泉のほうに行きますか?」

「そうだな。温泉に行くか」

 エドの質問にアルフォンスが代表で答える。

「では領事館の場所を聞いてきます」

 エドは先ほどの審査官事務所に踵をかえして戻っていく。


「ちーちゃん、温泉って何でしゅか?」

 タマが千夏の手をひいて質問する。

「おっきなお風呂かな」

 千夏はコムギを足元に置きながら答える。ガイドブックには天然温泉と書いてあるので、たぶんコムギも入れるのではないかと思う。もし入れなかった場合は交代でお風呂に入ればいいか。


 領事館は港から少し歩いたところにあり、そこで街から出る許可証をもらう。許可証をとるのに特に苦労はなかった。セラが発行した身分証明書が効力を発揮し、すぐに許可が下りる。

 温泉行の馬車は領事館の近くから出ており、ちょうど運よくきた馬車に一行は乗り込む。乗り合い馬車は20人ほどが座れるような大型馬車であり、4頭の馬が馬車をひいている。街の出口で一度馬車から降ろされ、発行された立ち入り許可書を門番に見せる。


 千夏の身分証明書をみた門番が、小首を傾げる。

「チナツ・サトウ?佐藤千夏?もしかして日本人?」

「はい、そうですけど。あなたも?」

 千夏は身分証明書を受け取りながら、小柄な門番の男性を見返す。


 千夏の外見とは異なり、彼はこの島特有の黒い髪と瞳で肌が浅黒い。40台後半くらいの門番は、千夏をしげしげと見つめ返す。


「そうだよ。外見がまったく日本人にお互い見えないけどね。それよりも、佐藤万冬(まふゆ)って名前に聞き覚えは?」

万冬(まふゆ)?確か従妹がそんな名前でしたけど」

 千夏は驚いたように門番を見返す。まさか従妹も脱線事故に巻き込まれたのだろうか。


「本当に彼女を知っている?でも佐藤という姓は多かったからね。本当に彼女が君の従妹かわからないけど」

 彼は千夏の返事を聞くと目を丸くして、しげしげと千夏を見つめ返す。事情をよく知らない千夏には、何のことだかよくわからない。彼は朝倉圭一と名乗り、少し話を聞いてほしいと千夏に頭を下げる。


「チナツどうしたの?」

 門番につかまっている千夏にセレナが問いかける。なにか面倒なことになっていないのか、心配になったようだ。

「大丈夫、問題ないよ」

 千夏はセレナを安心させるように笑う。


「ああ、これから温泉に行くのだったね。夜にはこの街に戻ってくるかい?その時に彼女に会ってほしいんだ」

 彼は済まないと一言謝ってから千夏に尋ねる。

「いいですよ」

 千夏が気軽に答えると、彼はほっとしたように微笑む。


「済まないね。夜に『クジラ亭』という宿屋の食堂で待っているよ」

 彼が落ち合う場所を伝えると、千夏は頷き「では夜に」と答え、馬車へと戻っていく。


 千夏が乗り込むと、すぐに馬車は走り出す。パーティメンバーがまじまじと千夏を見つめてくる。先ほどの件が気になるようだ。

「同郷の人だったの。夜に会ってほしいと頼まれてね。『クジラ亭』って宿屋の食堂で夜に会うことにしたの」

 千夏は簡単に事情を説明する。


「そうなのか。まったくチナツと同郷の人に見えなかったが。チナツの国は多民族国家なのか?」

 アルフォンスが不思議そうに千夏に質問する。

「まぁそうだね」

 千夏は適当に答える。


 自分達は脱線事故で体をなくし、異世界で新しい体を作ってもらった。新しい体はこちらの世界で、一番標準的な外見になると聞いた。千夏がエッセルバッハで標準的な外見になったように、彼はこのラヘルに合わせた体で生まれ変わったのだろう。

 もし自分もラヘルが出発点であれば、同じような外見になったはずだ。そうだった場合に今のメンバーと知り合う機会はなかったはずだ。千夏はエッセルバッハで生まれ変われてよかったと、しみじみと感謝する。


 それにしても万冬(まふゆ)もこの世界にいるのだろうか。記憶では会ったのは2年ほど前が最後だ。確かそのとき万冬(まふゆ)は高校生だった。

 この世界では身寄りが誰もいないと千夏は実感したばかりだ。従妹の万冬(まふゆ)であってほしいとも、違ってほしいとも相反する気持ちでいっぱいになる。違ってほしいと思う気持ちは、若くして両親と離れ離れになった従妹を思う気持ちからだ。従妹はかなり幼い感じのする子で、千夏と異なり箱入り娘といった印象が強い。千夏は揺れる馬車の中で少し考え込んだ。


「ちーちゃん、着いたでしゅ」

 タマに袖を引かれ、千夏は馬車が止まっていることに遅れて気が付く。

「あ、ごめんごめん」

 千夏はタマの手を引いて馬車を降りる。そこは千夏が期待していた温泉街ではなく、小さな家が数軒ほど建っているだけの山の中だ。温泉まんじゅうも、玉子も何もなさげだ。千夏はがっかりする。


 温泉入口と書いてある家の中に入ると、カウンターに腰かけた老婆が「いらっしゃい」と声をかけてくる。

「入浴料はひとり銀貨1枚。一日出入りは自由だよ。温泉は男湯と女湯があるからね。男湯は右、女湯は左だよ。隣の家で飲み物や食べ物を売っている。休憩できるから自由に使いな」

 老婆は奥にある2枚の扉を示して説明をする。


「この子も温泉に入れて大丈夫かな?」

 千夏はコムギを持ち上げて老婆に質問する。

「珍しい従魔だね。猿も入りにくるから、問題はないよ。ただし、料金は一人分払ってもらうけどね」

 老婆はコムギをしげしげと眺めながら答える。千夏はタマの分と合わせて銀貨3枚を老婆に支払う。


「じゃあ、また後でね」

 千夏はアルフォンス達に手を振ると、セレナと一緒に女湯へ向かう。

 タマとコムギももちろん女湯だ。


 扉を開けると、右側の男湯側の道との間に柵があり、それぞれ左右に道が分かれている。山の中なので木々の間を抜けるような小さな道だ。目に見えるところに温泉は見えない。しばらく山道を歩くことになりそうだ。


「しょうがない、歩くか」

 千夏はタマの手をひいて登坂を歩き始める。山道を歩くのはセレナとスィートベリーをとりに行ったとき以来だ。セレナもそれを思い出したらしく、千夏に「なんか懐かしいの」と声をかける。


「この山にも何か生えてないかな」

 千夏は山道を登りながら木々の間を眺める。ところどころで怪しげな色のきのこが生えている。食べたら笑いだすか、おなかを壊しそうだ。


 10分ほど歩くと少し開けた場所に温泉があった。周りに石を積み上げたのだろう。広さは20メートル四方ほどあり、硫黄のにおいがする。温泉の近くには脱いだ服を入れられるようにカゴが積み上げられている。


「服をこのカゴに入れるんだよ」

 千夏はカゴをタマに手渡し、服を脱ぎ始める。それからアイテムボックスから小さな桶を2つ取り出すと、一つをセレナに渡す。


 服を全て脱ぐとかけ湯をしてから千夏は温泉につかる。なかなかいいお湯だ。船の中では揺れるのでゆっくりとお風呂に入ることができなかったのだ。久しぶりのお風呂を千夏は堪能する。

 タマとコムギは温泉に飛び込むと、他に人もいないのでお湯で遊び始める。


「変な匂いがするの」

 セレナはお湯につかりながら少し顔を顰める。

「温泉だからね。しばらくすると鼻が慣れるよ。確か硫黄風呂は傷とかにいいんだっけな」

 千夏は頼りない記憶を掘り起こす。


 ゆっくりとお風呂を満喫した後、休憩所に戻りお昼ご飯をとることにする。すでにアルフォンス達は休憩所でご飯を食べていた。そう、ご飯だ。

「お米!」

 千夏はリルが食べていた白米を見つけると一目散にリルに走り寄る。千夏の剣幕に少し驚いたリルがお茶碗を取り落しそうになる。

「すみません、これと同じの頂戴!5人前ね」

 千夏はすぐさま、休憩所の給仕を捕まえて注文する。


「そんなに食べれるのかい?」

 給仕をしていた中年女性が千夏に尋ねる。

「全然大丈夫。どんどん持ってきて!」

 千夏はリルのお茶碗を覗き込んだまま答える。あまりのもの欲しそうな千夏の視線にリルはお茶碗を置く。食べかけのご飯を千夏に差し出すべきなのか本気でリルは悩む。


 しばらくして運ばれてきたのはまさに焼き魚定食だ。味噌汁がないのがちょっと残念ではあるが、千夏は早速スプーンを片手にご飯を口に運ぶ。

「あー、お米だー」

 久しぶりに食べる白米のおいしさを千夏はゆっくりと噛みしめる。日本米とは違い少しパサパサするが、そんなことはあまり気にならない。


「クゥー」

 かりかりとコムギが千夏の背中を爪をたてずに引っ掻く。

「あ、ごめん」

 千夏はすぐにアイテムボックスからコムギの食器を取り出し、自分の皿からコムギ用に取り分ける。


 その後メニューを変え、千夏は何度も追加注文を行う。セレナには見慣れた光景だったが、他のメンバーは初めて千夏の暴食を見たのだ。


「そんなに食べて大丈夫なの?」

 リルが心配そうに千夏に尋ねる。

「全然平気。まだまだ食べれるよ」

 千夏はご飯をおいしそうに食べながら答える。


「チナツは一人で30人前だって食べられるの」

 シシールの街の食堂で積み上げられていく皿の山を思い出しながらセレナは答えた。


 結局千夏は休憩所で2度ご飯を炊いてもらい、炊き上げたご飯がなくなるまで食べ続けた。

夏まつり②を書き直しました。

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