思い出を作ろう
特に何かのフラグをたてたわけではないので、気楽に読んでください。
魔法ショーでタマは優秀賞をもらった。それはそれで嬉しいが、タマが一番嬉しかったのが魔法ショーが終わった後に千夏にぎゅっと抱きしめられお礼を言われたことだ。何度もありがとうと千夏に言われ、タマは何か千夏のためにできたことが誇らしかった。
千夏はこの感動を何かに残したくなり、次の日に早速魔法屋に出かけて写真のかわりになる魔法がないかと探した。だが残念ながらそういう魔法は存在していなかった。それならばということで、画材屋で絵具と紙を小間物屋で1メートルまで計れる物差しを買う。
「ちーちゃん、くすぐったいでしゅよ」
タマの手にペタペタと青い絵具を千夏は塗り込める。写真がとれないのであれば、昔懐かしの手形をとることにしたのだ。
さすがに竜の手足だと大きいので、タマは人バージョンの記録を取ることにする。
パタンと紙に手形をとって今日の日付と場所、タマの名前、それから現在の身長を書き込む。
続いて千夏は逃げるコムギの足型と体長をしっかりと記録する。
「これはね、タマとコムギの成長記録なんだよ」
千夏は嬉しそうに、タマの手形とコムギの足形をとった画用紙を眺める。
「へー、こんな形で成長記録をとるのも面白いな」
アルフォンスはタマの手形に自分の手を重ねて興味深げに眺めている。
「竜の成長は鱗でもとって残してみる?」
リルの提案にそれもいいかもと千夏は頷く。
タマから鱗を1枚もらい、千夏は小さな袋を画用紙で作りその中に鱗を入れると袋に日付をいれる。
いつか昨晩の花火のように、この成長記録をみて懐かしくなる日が来るだろう。
千夏が住む世界はもうここしかないのだ。
この世界での思い出を少しずつ増やしていこう。
午後には昨日の夏祭りを題材にした絵をタマと一緒に千夏は描いてみた。リルも暇そうにしていたので誘ってみる。
タマの絵はよく見る幼稚園児が描く絵と同じく顔が大きく手足が小さい。でもなんとなくパーティメンバーの誰だかがわかる、ほのぼのしたいい絵だ。
千夏の絵もあまり良い出来ではない。絵は苦手なのだ。遊んでくれないので少しすねたコムギが、絵具のを踏んで歩きそのまま千夏の書いた絵の上を横断していく。まぁこれもこれで味があっていい。
リルの絵はすごく上手だった。海を背に楽しそうに銛を構えたパーティメンバーが描かれている。
「すごく上手でしゅね。これタマでしゅか?ほら、コムギもここにいるでしゅよ」
タマがリルの絵をコムギに見せて、ひとりひとりを指さしていく。リルは褒められて少し恥ずかしそうに笑う。
鍛錬の休憩で絵の見学にきたセレナとアルフォンスも、リルの絵を見て褒めまくる。もちろんタマの絵をほめることも忘れない。
千夏の絵に対してはコメントしにくいようで、「うー」「あー」と唸る。気長に書いていけばそのうち少しはましになるだろう。
今夜はエッセルバッハで過ごす最後の夜だ。明日からはいよいよ南国諸島に移動する。
南国諸島は島のひとつひとつが小さな国家であり、独特の文化を持っているらしい。最初に訪れる予定のラヘルは、南国諸島の巡回船で2泊した後に到着予定だ。
千夏はベットに寝転がりながら南国諸島の簡単なガイドブックを読む。やはりラヘルのポイントはお米らしき食べ物があることだ。名物料理の挿絵は千夏が知っているパエリアによく似ている。また、火山国家であるため温泉もあるらしい。
温泉はこの世界にきて初めてかもしれない。
注意ポイントはわりとなんでも受け入れてしまうエッセルバッハと異なり、どちらかというと閉鎖的な気質の民族が住んでいるそうだ。観光客向け以外のエリアには、決して無断で立ち入ることなかれとガイドブックに記載されている。
特にラヘルの聖域と呼ばれる地域には、絶対足を踏み入れるなとでかでかと書かれている。
ラヘルにいる間はラヘルの法が有効となる。無断で聖域に立ち入ったものには重い罰が下されるとのこと。最悪殺されても文句は言えないらしい。
ラヘルに滞在する間はタマに狩りを自粛してもらったほうがよさそうだ。
コムギも最悪紐で結んで遠くへ行かないようにするか、抱き上げていたほうがいいだろう。最近コムギは少しやんちゃで、好奇心が旺盛だ。昨日のクラーケン討伐時も千夏を振り切って走り出したという前科がある。
そのほかにガイドブックに書かれていることは、ラヘルは建国されてから290年ほどの若い国家だそうだ。
宗教国家であり、聖遺物が300年前に勇者が使った聖剣であることが書かれている。つまり勇者信仰の国らしい。
これは自分達がエセ勇者パーティであることは隠さないとまずそうだ。
他国に入国するときに身分証明として見せるものはギルドカードで問題ない。ラヘルにもギルドがあるからだ。だが、ギルドカードの一番下に2つほど称号が書かれている。
「勇者」と「竜を導くもの」。後者の称号は千夏だけついていた。
セラがくれたエッセルバッハの国王が発行した身分証明書も全員分預かっている。今回はこちらの身分証明書を使ったほうが良さそうだ。
千夏は本を閉じるとすでに眠っているタマとコムギの顔を覗き込む。もしかしたラヘルでは従魔と言えども魔物は居づらい国かもしれない。セラが特に何も言わなかったので問題はないはずだが。
「おやすみ」
2匹を包むタオルケットをひと撫でして千夏は眠りについた。
ラヘルまでの南国諸島巡回船の生活は、船の船籍がエッセルバッハだったこともあり、のんびりと過ごすことが出来た。
のんびり過ぎて暑さでやられてしまったのか、アルフォンスが「船と併走するから、潜水魔法をかけてくれないか」と千夏にお願いに来たときはびっくりした。すぐさまエドがアルフォンスの後頭部をドカッと殴る。
「馬鹿の相手はしなくていいですよ」
さすがに千夏もフォローできない。馬車の速度を落として並走することはできるが船の速度はそもそも落とすことはできない。
しかも、潜水魔法は30分しか効かない。まさか30分おきに船に上がってくるつもりだったのだろうか。つまりそれくらい暇をアルフォンスは持て余していたのだ。
千夏はアイテムボックスからこの前購入した釣竿をアルフォンスに渡す。釣り餌も余っており、アルフォンスとセレナは、二人で釣りをすることになった。
「次はタマの番でしゅよ」
アルフォンスがカツオもどきを釣り上げると、タマが釣竿をねだる。タマも自由に竜に戻って空を飛びたいところだが、今回の来訪先は他国だ。竜が来たと騒ぎになってしまうため、千夏からしばらく竜になることを禁止されていた。おかげでアルフォンスと同様かなり暇を持て余していた。
「ほら、ここにエサを付けて。そうそう。投げ方は判るか?」
「見てたからわかるでしゅ」
タマは釣竿をぐいっと思いっきり振り回し、遠くへ浮きを飛ばす。
ここら辺の海は釣りをする人がいないらしく、簡単に魚がえさに引っかかる。笑いが止まらないほど、魚を2人と1匹は釣り上げる。コムギは釣り上げた魚をその場でバリバリと頭からかじりつく。
しばらくの間タマの狩りが禁止になるので、余った魚は全てエドのアイテムボックスに収納する。
千夏はのんきに船室で王宮図書館から借りた「メイドは見ていた!衝撃の事実」を読み漁る。実際はどうってことのない貴族のスキャンダルネタばかりであったが、この世界の常識を知るのにはとても向いていた。
「っていうかエッセルバッハって一夫多妻制なのね。初めて知ったわ」
夕食の席で千夏が読んでいた本の感想を皆に話す。
「そうはなっているけど、実際普通の家は一夫一妻かな。たくさんの奥さんを養うにはお金がかかるしね」
リルはコムギに魚を取り分けながら答える。
「ということは貴族とかはそうじゃないの?アルフォンスも奥さんはいっぱいもらうの?」
千夏は興味深げにアルフォンスに尋ねる。
「いずれは後を継ぐから結婚はする。一人もらうだけでも俺には手いっぱいだ。正直女心ってのがわからない」
アルフォンスは野菜のスープを飲みながら、素直に答える。
「セレナとはずっと一緒でしょ?セレナの気持ちとかも全然わからないものなの?」
千夏がそうたずねるとパンを頬張っていたセレナがぎょっとした顔で固まる。
「そうだな。セレナが右上段から攻撃してくるぞ、とかならなんとなくわかるかな」
(そりゃ、ずっと一緒に鍛錬してるんや。相手の攻撃パターンくらい分からんかったらしょうもないわ)
アルフォンスのずれた答えに、シルフィンがケタケタと笑う。
それは女心とかまったく関係ないんじゃと千夏は突っ込もうとするが、セレナの顔を見てやめる。そういう話に自分をまきこむなと目が語っていたからだ。
セレナもアルフォンスもまだまだそういう話は早いようだ。そもそも千夏も人のことは言えないので、それ以上話を続けてもしょうがないと割り切る。
ラヘルに着く二日間の船旅はこうしてのんびりと過ぎていった。




