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夏まつり (4)

 潮でべたべたした体を風呂で洗い流し、すっきりするともう時刻は午後5時まで後少しとなっていた。

 夕飯を魔法ショーが見える会場で食べることに決めていたので、全員がお風呂から上がると早速会場のほうへと向かう。


 魔法ショーが行われる会場は港から少し離れた海岸だった。普段は何もない海岸一帯に露店がずらりと並んでいる。

 会場はすでに人が溢れ、千夏達もショーが見やすそうな位置を探し露店前のテーブルに腰かける。飲み物を給仕に頼むと千夏は早速おいてあるメニューを読み始める。


「ちーちゃん、花火ってどんなものなんでしゅか?」

 タマは千夏に花火について質問する。そういえばどんなものなのかを説明していなかった。

 千夏はアイテムボックスから紙とペンを取り出すと、打ちあがっていくときの挙動からバンと音を立ててばらばらと光の筋が花のように広がっていく様を声を出しながら説明する。


「こんな花みたいな光で、同時にいくつも打ち上げるの。フィナーレには大量にドンドン打ちあがって空が光の渦みたいになるの。なんとなく分かるかな?」

「なんとなく分かるでしゅ」

 タマが頷く。

「すごいね、花火って。これだけの魔法ってかなり魔力がないとできないよ」

 リルも千夏の説明を聞き、難しそうに首をひねる。


「タマの魔力でもきついかな?私の魔力を分けられたら少しは楽になるんだろうけど、難しいね」

 ちょっと千夏はがっかりする。

 憧れの千夏ががっかりする様をみてリルは千夏に提案をする。

「魔力を他の人に補給することはできるよ」


 リルは自分のカバンから小さな2対の指輪を取り出す。

「魔力回復薬は大量に買ってきたけど、いざというときにこのマジックアイテムを買ったんだ。こっちの赤い指輪が魔力をもらう人、それでこっちの青い指輪が魔力を渡す人がはめれば魔力の自動譲渡ができるよ。ただし、赤い指輪を付けている人の最大魔力を超えた魔力を受け取ることはできない」


「すごいのを買ったのね」

 千夏は嬉しそうに笑う。リルは千夏の笑顔をみて照れる。

「それほど高いものじゃないんだ。普通は人に魔力を渡すといっても元が微々たるものだからね。魔力回復薬を飲んだ方が早いんだ。チナツとタマは魔力が多いから何かに使えないかなと思って買ったんだ」


 照れているリルは大変に愛らしい。黄金色のふわふわの耳が片方へにゃりと倒れ、愛らしい頬が赤く染まる。

 千夏は思わず手を伸ばしてリルの頭をなでまわしたくなるが、二十歳の男の人にはそれは失礼だろうとぐっと思いとどまる。

 千夏のかわりにコムギがリルの足元にすりすりとすり寄る。リルはコムギを抱き上げて、お返しだというばかりに撫でまわす。セレナも目をキラキラさせてリルとコムギをうっとりとみている。


「とりあえず、もうじき日が暮れる。一応魔法ショーに参加するなら登録してきたほうがいいぞ。飛び入り参加可能といっても、運営本部に一応話を通しておく必要があるみたいだしな」

「そうだね。じゃあ、タマ行こう」

「はいでしゅ」

 アルフォンスの忠告に従って、リルはタマの手をひいて大会本部のテントへと向かった。コムギがじゃれつくように一人と一匹の後をついていく。


 大会本部の魔法ショー受付に誰も並んでいない。暇そうに受付が、ぼんやりとしていた。もともと最初から参加予定になっている魔法師が6人。当日参加は今のところ0だ。このままでは30分も持たずにショーが終わってしまう。


「魔法ショー参加の受付はここでいいの?」

 リルはぼんやりとした受付に声をかける。

 受付担当の少年は目の前に立つリルに視線を奪われる。紅茶色の髪に黄金色の狐の大きな耳をつけた小柄で大変可愛らしい人が目の前に立っている。少年はドキドキしながら、少しぶっきらぼうに「そうだよ」と答える。


「俺とこの子がショーに参加する。登録したい」

 この子と言われたリルの連れは小さくて受付のテーブルと同じ高さに麦わら帽子が見えるだけだ。

「人が少ないから大歓迎だけど、そっちのちびは魔法使えるのか?」

「ちびじゃなくてタマでしゅよ。タマは魔法使えるでしゅ」

「使えるんならいいけどよ、こっちの紙に名前書いて」

 リルは少年に言われたに受付票に自分の分とタマの分を記載する。


 少年はリルが書き終わると、後ろの席から魔法回復薬を2つ取り出しリルに手渡す。

「とりあえず、魔力が足りなくなったらこれ飲んで頑張ってくれ。みんな楽しみにしているからな。順番は7番目と8番目だ。だいたい始まって20分くらいしたら、ステージの横まで来てくれ」

「分かった」

 リルはそう答えるとタマの手をひいて席の方に戻っていく。

「えらい別嬪だったなぁ」

 少年はリルの後ろ姿を感嘆の溜息をついて見送った。


 リルとタマとコムギが戻ると、すでにテーブルの上には大量の料理が並んでいた。

「おかえりなの。この海鮮やきそばすごく美味しいの」

 セレナがタマとリル用に小皿に焼きそばを取り分ける。


 コムギは千夏の膝の上に飛び乗ると、「クゥー」と一声鳴く。千夏はアイテムボックスからコムギ用のお皿を取り出し、その上に各皿から適当に料理を盛っていく。

「はい、コムギは下で食べるのよ。こぼすからね」

 千夏は砂浜の上にコムギの皿を置く。コムギはすぐに千夏の膝からおり、料理皿に顔を突っ込んで食べ始める。


 千夏はそわそわしながら、目の前のご飯に手をつける。花火が始まる直前なので楽しみで気もそぞろになっているのだ。誰かと花火を見るのはいったい何年ぶりになるだろうか。

 千夏はこの世界のビールもどきのエールを一口飲んで空を見上げる。すでに空は薄暗くなってきている。


「みなさん、いよいよお待ちかねの魔法ショーの始まりです」

 ステージ中央にたった執行役員の声が拡大魔法にのって会場の隅々まで広がっていく。

「素敵な夜をお過ごしください、それでは魔術師カーンによる光の競演のはじまりです」

 わぁと歓声が会場全体から上がる。千夏もステージに立つ人に向かって楽しげに拍手を送る。


 夜空に大輪の薔薇の花が描かれる。花火と違って音がしない。それでもその鮮やかな光で描かれた花を千夏は楽しげに見つめる。

 花火とは違ってゆっくりと絵が消える頃に違う絵が描かれていく。


「綺麗なの」

 セレナが夜空に浮かぶ光の魔法を見ながらうっとりと呟く。

 最初は楽しんでいたが、だんだんと千夏は少し物足りなさを感じる。


「ちーちゃん、タマの魔法が始まったら、この指輪するでしゅ」

 タマに青い宝石がついた指輪を渡される。先程リルが見せてくれたマジックアイテムだ。

「もうすぐリルとタマの出番でしゅ。楽しみするでしゅよ」

 タマとリルは千夏に手を振って、ステージへと向かっていく。千夏は後を追いかけようとするコムギを捕まえると、膝の上に置く。


 しばらくするとリルの魔法が始まるというアナウンスが流れる。

 一発目のリルの魔法は竜に戻ったタマの姿だった。


「おおぅ!」

 アルフォンスは身を乗り出してリルが描いたタマを眺める。まるで空にタマが浮かんでいるようだ。

「クゥー」

 コムギも空に向かって手を振り上げる。


 ゆっくりタマが消えていくと、次には物語のによく出てくる妖精が浮かび上がる。

 たぶん、シルフィンをイメージしたのだろう。

 先程まで花や身近なものが夜空に描かれていたのだが、変わった絵に観衆は歓声を上げる。

 シルフィンの次はコムギだ。


「よく似てるわね」

 千夏は笑いながら、空に浮かんだコムギを眺める。

 今日倒したクラーケンや物語ででてくる魔物が続いていく。


 最後にもう一度タマが夜空に浮かびあがる。

 観衆と一緒に千夏達も盛大な拍手をリルに送る。


「さて最後は最年少魔術師のタマです。どんな魔法が出てくるのかお楽しみに」

 アナウンスが流れると千夏はタマから渡された指輪を右手にはめる。


 タマは片手を上げると、そこから光が一直線に空に向かって飛び出していった。空の中央まで光は走るとそのあとばらばらと千夏が知っている花火のように花を描いて散っていく。

 タマは間髪いれずに次々と色とりどりの花火を打ち上げていく。

 観衆は次々と打ち上げられる光の花に歓声を上げる。


「あー、花火だ。なつかしい」

 千夏は夜空に咲く花火を見つめながら、じわりと熱くなる目頭をおさえる。向うの世界がこんなに懐かしくなるのは初めてだった。


 およそ5分間。花火は連続で上がり続け、最後には連発で空が白くなるほど打ち上げられる。

 最後の花火が消えたときに千夏は「タマ、ありがとう」と呟いた。


「以上をもって魔法ショーを終了とします」

 大歓声の中、ショーの終了が告げられた。


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