夏まつり (3)
朝からのイベントの船の競争は、今年もマルタの街領主であるナハト伯爵の勝利で終わった。最新型の小型快速艇は2位以下の船を大きく引き離しゴールする。
本命の手堅い勝利のためいまいち盛り上がりはしなかったので、夏祭り運営委員会は漁勝負のほうで盛り上がることを期待した。
今のところ去年の優勝者である漁師のサムが吊り上げたカジキマグロが6メートルを越し、暫定一位だ。だが船が戻ってくるたびに一位が代わりなかなか緊迫感を盛り上げてくれている。
今は終了時刻30分前だ。まだ戻ってこない船は16隻。その中には去年2位だった漁師がいる。まだまだ気を許せない状況だった。
港に集まった観客は掛札を持ち固唾を飲み、残りの船を待つ。
そんな中千夏達の船はゆっくりと港に入港する。
あの後再度気を追い、マグロの群れに遭遇して大量のマグロを仕留めた。千夏の竿にもマグロがかかり、リルと船員と3人がかりで何とか釣り上げた。
新鮮なマグロの刺身はとても美味しく、船の上で作ったマグロと根菜の煮物も大変美味しかった。
全員が漁をたっぷりと楽しみとても満足気だ。
船を港に着けると早速、運営委員会の荷馬車が船に近寄ってくる。漁の成果を受け取りにきたのだ。
千夏はアイテムボックスにため込んだマグロを荷馬車に乗り、どんどん取り出していく。
コムギが齧ってしとめたものなど後で食べる用にとってある数匹は、エドのアイテムボックスに収容されている。千夏が取り出したマグロは全部で20匹前後だ。
問題はエドのアイテムボックスに収容したクラーケンだ。荷馬車に乗り切らない。
エドは引き取りに来た係り員にその事を説明する。
「クラーケンだって?なんだってそんなもの獲れるんだ?」
係り員はエドの説明にぎょっとする。
とりあえずエドは荷馬車にのってセリ会場までついていくことになった。
残りのメンバーは船長に乗せてくれたお礼を言い、会場内に所狭しと並んだ出店に興味を移す。
「ちーちゃん、あそこ。アイスキャンディー売ってるでしゅよ」
タマがアイスキャンディーののぼりがついた出店を見つける。残念ながらすでに完売しており、買うことはできなかったが。
千夏は全員にアイテムボックスから取り出したアイスキャンディーを配り、ぼりぼりと食べながら露店を巡る。
イカ焼き屋でイカの丸焼きを数本買う。クラーケンを見ていたのでちょっとイカが食べたくなったのだ。
「小さいでしゅね」
タマとコムギはイカの丸焼きを頭から丸かじりしていく。
セリ会場のほうから大きなどよめきが聞こえてくる。どうやらエドがアイテムボックスからクラーケンを取り出したのようだ。ここからセリ会場は遠いが大きな白い物体が見えてくる。
正直クラーケンを漁の一言で片づけていいものなのだろうか。どう考えても魔物退治だろう。
「今一番大きな獲物でマグロの6メートルか。俺たちのマグロは5メートルくらいだったな。ちょっと難しそうだ」
アルフォンスもクラーケンが漁にカウントされないと考えているようだ。でもクラーケンと戦えたので満足しているようだ。
「後でクラーケンの脚一本くらい買い取ろうか。ぷりぷりしてて美味そうだったしな」
「げそ揚げにしようよ。あれ美味しいんだよね」
イカ焼きを食べながら千夏はアルフォンスの意見に賛同する。
漁競争の終了時刻になり、運営委員会本部から鐘を叩く音が響き渡る。ぎりぎりの時間まで漁をしてきた船の魚の査定はこれからだ。
少し暇を持て余したセレナが、夜の魔法ショーについて昨日千夏と話していたことを思い出す。
「あ、そうなの。リル、夜の魔法ショー参加するの?」
「参加したほうがいいかな?一応イリュージョンの魔法は使えるんだけど」
「ぜひ参加して欲しいの。人数少ないとすぐに魔力が枯渇して終わっちゃうの」
夜空を彩るイリュージョンの魔法はとても綺麗だ。セレナはとても楽しみにしている。
「タマもその魔法使いたいでしゅ。教えて欲しいでしゅ」
タマはリルの服の袖をくいっと引いてお願いする。
「ちーちゃんの故郷の花火をタマが見せてあげるのでしゅ。約束したのでしゅ」
必死にお願いするタマの頭を撫でてリルは頷く。
「じゃあ、小さいのを発動してみるからよく見ててね」
リルは魔力を少し集めると、手のひらの中に小さな花を描いて見せる。光で描かれた花はきらきらと光ってとてもきれいだ。
タマはイリュージョンよりかなり難しい『変化』の魔法が使えるのである。目の前でリルに魔法を見せてもらい、すぐに真似して小さな花を描いてみる。
「出来たでしゅ」
タマは手の中に描いた花を千夏やセレナに見せる。凄いねとみんなに褒められタマは嬉しそうに笑う。
大会運営本部でまた鐘を数回打ち鳴らす。どうやら結果が出たようだ。
小さな壇上に大会執行役員が昇る。
「結果が出そろいました。本大会の優勝は前年度に引き続き、漁師のサム!次点が漁師のホーンです」
みな拍手鳴らして優勝者と準優勝者を褒め称える。
やっぱり予想通りだ。タマは少しがっくりしている。
「あと今回は特別賞を設けました。なんとクラーケンを獲ってきたチーム《トンコツショウユ》です」
執行役員の言葉に会場は騒めく。クラーケンなどめったに現れない魔物だ。
「本当かよ!見せてみろよ!」
と観客席からヤジが飛ぶ。
「あちらのセリ会場に置いてあるので、見たい方は是非ご覧ください」
執行役員がそう叫ぶとぞろぞろと皆セリ会場へと向かっていく。
静かになった会場で小さな特別賞の小さな盾をタマが代表で受け取る。
「ああ、こういうときにデジカメがないのがつらいわー」
千夏はタマの姿を記念に残しておきたい衝動にかられる。
念写でもなんでもいいから、記録に残したい。何かいい魔法はないのだろうか。
明日でも魔法屋に覗きに行こうと千夏は決心する。コムギやタマの成長記録はとっておきたい。
セリ会場からはクラーケンを見に行った観客のどよめきが聞こえてくる。
表彰台から戻ってくるタマを全員が拍手で出迎える。他の観客はクラーケンを見に行ったので拍手は身内だけだった。
とりあえずこれで漁勝負は終了した。
参加する前は憂鬱だったが、参加した方が断然楽しかった。
千夏はにこにこと満足気に微笑む。
あとは夜の魔法ショーだ。
一行は海で濡れた体を洗いに一度宿に戻ることにした。
短いですがきりがいいのでここできりました。
評価ありがとうございます。




