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港街マルタ

 エッセルバッハの南の海の玄関口である港街マルタはシシールとミジクと比べて少し小さいが、ゼンと同じくらいの街だ。

 ここまでの道中はアルフォンスやセレナの走る速度に合わせて馬車を走らせたため、通常馬車でかかる日数の5日を超えて6日ほどかかっている。


 今回は貴族であるアルフォンスの護衛でなく、パーティ《トンコツショウユ》としての旅なので、ここの領主に会う必要はない。

 ずらりと並んだ馬車の列の最後尾に馬車を並べゆっくりと街に入場する。


 ここ数日で変わったことといえば、リルがパーティに慣れたことと、コムギが成長したことくらいだろうか。


 タマに比べると第一次成長期が緩やかではあるが、コムギは体長40センチほどの大きさで現在止まっている。生まれたばかりのころは子猫のようだったが、今は昔テレビでみたトラの子供のような感じになっている。体に似合わない太い手足に、ずらりと並んだ鋭い牙。眼光は金色に光っているがタマに育てられたせいで、おっとりとした瞳だ。

 それでも、最近はタマの背に乗り、狩りについて一緒に出掛けるようになった。狩りの仕方を教えてもらっているそうだ。


 王都にいた頃はバーナム辺境伯別邸から出たことがなかったため、行きかう人の多さにコムギはキョロキョロと辺りを見回している。コムギの首には従魔であることを示す首輪が巻かれている。これは街に入る際に魔物と間違えられたくなかったらつけるように言われたものだ。

 コムギは一般的な従魔ではないので、特に警戒されたのだろう。


 コムギよりさらに珍しいタマは人の姿をとっており、いつものミジクで発行してもらった身分証明書で街に入る。

 馬車はすでにエドのアイテムボックスに収納されており、エドとアルフォンスは馬に乗り、残りのメンバーは徒歩で露店街を闊歩している。


「とりあえず、先に宿屋のほうにいって馬を置いてきましょう。そのあとにギルドに到着報告が必要ですね。それが終わったら街の探索でもいたしますか?」

 エドが今日の方針の概要をざっと決め、他のメンバは特に異論はないため、まずは予約していた宿屋に向かう。夏祭り前日であるため、すでにどこの宿屋も満室のようだ。


 予約していた宿は宿のクラスで言えば中くらいの宿で、馬車止めや厩が設置されている。

 コムギは宿の中に入れないため、厩で夜を過ごすことになる。いままでずっと一緒にいたせいで、一人で外で待たされることにコムギは「クゥー」と心細げに鳴く。


 その鳴き声を聞き、タマはコムギの頭をよしよしとなでてなだめる。

「タマはコムギと外で待ってるでしゅ」

「分かった。荷物をおいてくるだけだから、すぐに戻ってくる。誰かについていっちゃだめだからね?」

 千夏はタマがかぶっている麦わら帽子を軽くたたくと、他のメンバーに続いて宿の中に入っていく。


 宿の部屋は2部屋で男女別にわかれている。それぞれ3人が寝泊まりできる部屋だった。宿で記帳をすると、宿屋の亭主が泊まる人数を数えて用意した部屋で問題ないかを確認する。

「従魔1匹に馬二頭。部屋はお嬢さん3人に、旦那さんが2人だね。もう一人はどこだい?」

 明らかにお嬢さんに数えられたリルは、「あと一人は外で待っているんです」と少し不機嫌に答える。

「じゃあ、問題ないですな。部屋に案内します」

 宿屋の亭主が大きな体をゆすりながらカウンターから出てきて、一行を二階へと連れて行く。


 その頃タマはコムギと宿屋の入口でおとなしく待っていた。

「コムギは一人でお外でねれるでしゅか?」

「クゥー」

 コムギはタマの問いかけに不安そうに鳴く。

 タマはコムギの頭を撫でる。

「不安でしゅか。じゃあタマもお外で一緒に寝るでしゅ。コムギも早く大きくなって擬態できるようになれば、一緒に宿に泊まれるようになるでしゅよ」

「クゥー」

 コムギはすりすりとタマに頭をすりつける。


「おい、坊主。こんな人通り多いところに従魔を置ておくな。邪魔だ」

 宿屋の前を通りかかった男にタマは注意される。男は一人ではなく、他に3人の仲間がいるようで、じろじろとタマの横にいるコムギを観察している。

 人通りといってもここはそれほど多くないし、タマもコムギも小さいので通行の邪魔にはなっていない。明らかに因縁をつけられているのだ。

 夏祭りのせいで多くの人がこの街を訪れているが、柄が悪い連中も同様に増えている。


「これでいいでしゅか?」

 タマはコムギを持ち上げる。置いておくなといわれたので抱きかかえてみたのだ。

「そいういう意味じゃねぇよ。従魔はこの街では俺たちに預けるのが筋ってもんだ。その珍しい従魔を渡しな」

 その男達はゴロツキのようだ。珍しい従魔をタマから取り上げ金に換えようとしているのだ。一人の男がタマににじり寄ると、腕の中のコムギをひっつかみ取り上げようとする。

 コムギは自分の体に伸ばしてきた腕を不快そうに見つめる。タマがその男が伸ばしてきた手を片手で振り払う。


「いてっ。なんだやるのか?」

 思ってもいない強い力で手をはたかれた男はしびれる腕をさすりながらタマを睨む。所詮相手は幼児だ。男たちはタマを取り囲むように包囲する。


 何事かと道を歩いている数人が、タマと男を見て立ち止る。

「やめないか、こんな小さな子供に乱暴するなんて」

 中年の男性が、果敢にもタマと男たちの間に割って入る。


「うるせぇな、お前も痛い目にあいたいのかよ!」

 男達は争いを止めにきた男性を殴り、蹴り飛ばす。

「大丈夫でしゅか?」

 タマは殴り飛ばされた男性のもとに駆け寄る。


「他人の心配している場合かってーの」

 男はタマの頭を掴み、乱暴に後ろへと突き飛ばそうとする。だがタマの頭はびくともしない。


「なんでしゅか?タマと喧嘩したいのでしゅか?」

 タマは自分の頭を掴む腕を掴むとなんなくそれを引きはがし、その腕を軽くふって男を突き飛ばす。反対側の店まで男は飛ばされ、店の壁に激突する。


「あんたたち、いったいなにをやってるの!」

 部屋の空気を入れ替えようと宿の窓を開け、下の騒動に気が付いたセレナが二階からゴロツキに向かって叫んだ。

 セレナは叫ぶと同時に、窓から飛び降りタマの前に降り立つ。


 千夏も窓からゴロツキをじっと睨む。タマとコムギが実際にどうこうされることがないのはわかっているが、小さい子供に絡むなんて最低だ。一発魔法でも当ててやりたいところだが、周りの被害を考えるとできない。


 突然のセレナの登場にゴロツキたちは怯む。女一人であるが、二階から平然と飛び降りる女だ。

「覚えてろよ!」

 捨て台詞を吐いて3人はその場を後にする。


「大丈夫ですか?今治しますからね」

 リルが怪我した男にヒールをかける。シルフィンがタマが襲われていると、みんなに呼びかけたので気がついて降りてきたのだ。


 エドは無傷なタマに事の次第を聞くと、遠話のブレスレットのスイッチを押す。

「エドです。マルタで最近従魔を狙う集団がいるという情報は入ってきていますか?」

 しばらくしてから、セラから返事が来る。

『最近魔族を警戒して、街から離れた場所へ一部の兵士を派遣しているの。それで、少し街の警備が緩くなってそんな馬鹿集団が出てきているみたいね。潰しにいくなら隠れ家はわかっているけど、どうする?』

 確かにこの騒動に街を警邏する兵士が駆けつけてこない。相当な人手不足だ。


(コムギを落ち着いて厩においておけんやろ。そんなやつらがおったら)

 シルフィンが代表して答える。

 もっともな意見だ。夏祭りを楽しむためにここには3日ほど滞在する予定だ。

「タマも厩でねるでしゅ」

 タマはコムギを抱きしめながら言う。

 コムギには最近狩りの仕方を教えてあるので、あの程度のゴロツキなら倒せるが、力の加減を知らない。うっかり殺してしまう可能性がある。


『潰しにいくなら、ギルドに依頼を発行しておくわ。その方が問題がおきないでしょ?』

「そうしてちょうだい」

 千夏はセラにそう答える。楽しみにしていた夏祭りにケチが付けられたようでとても不機嫌だ。

 セラから窃盗団の隠れ家を聞くと、一行はさっさと宿を後にする。


 ギルドの外にはタマとコムギ以外にセレナが付き添いで残る。

 千夏は窓口の列に並ぶ。十分ほど後に千夏の番になり、受付嬢に自分のギルドカードを突き出す。

「パーティの街の到着報告と私たち宛てに指名依頼が入っているはずなの。それの受理をお願い」


「はい。少々お待ちください。」

 受付嬢は千夏からギルドカードを受け取り、到着報告用のマジックアイテムのスロットに差し込む。その後指名依頼が入っているバインダーを開き、中を確認する。そのバインダーには《トンコツショウユ》宛ての指名依頼は入っていない。

 受付嬢は依頼受付担当者に念のために確認をとる。依頼担当者は、先程発行されたばかりの指名依頼書を受付嬢に手渡す。


「指名依頼『従魔窃盗団の殲滅』を受理でよろしいですか?」

 受付嬢が依頼書を読み上げ千夏へ確認をする。

「うん。お願い」

 千夏が頷くと、受付嬢が依頼書に受注済という判子を押す。

「受付完了しました。いってらっしゃい」

 カードを返した受付嬢が千夏に手を振る。千夏も軽く手を振ると、外で待っている一行と合流する。


 しばらくするとエドが転移でギルド前に戻ってくる。先行して男性陣が窃盗団の隠れ家に向かっていたのだ。

「先程の3人は隠れ家に戻ったようです。昼間なので窃盗団全員が揃っているわけではなさそうですが、20名ほどの存在を確認しました。セラ様の情報からのですと窃盗団は30名程度。残り10名は夕方までには戻ってくるでしょう。隠れ家にはアルフォンス様とリルさんが残って見張っていますが、どうします?」


「楽しく露店を見回る気分じゃないから、さっさと行こうか?夕方までその隠れ家で戻ってくるのを待てば問題ないと思うんだけど」

「私も賛成なの。でも30人分を縛り上げるロープはないから、買っていたほうがいいの」

「そうですね、その辺の小間物屋で買っていきましょう」

 エドは余分もあわせてロープを50本ほど小間物屋で買いこみ、転移でアルフォンス達と合流する。


 その日、マルタの警備事務所にロープで縛られた32名の窃盗団が届けられた。

 窃盗団は手首を縛られ、たった一人の少女がその32人のロープの紐を片手に持ち、全員を引きずって連れてきたのだ。

 団子状態に引きずられた窃盗団は、いろいろな箇所にできた打ち身に体をこわばらせ、ヒーヒーと呻いている。

 もちろん彼らを引きずってきたのはセレナだ。


「いいか?次にまた悪いことをしたら、また引きずり回すからな」

 アルフォンスはセレナに引きずられている窃盗団に向かってそう告げる。こういうやつらは捕まってもすぐに同じことを繰り返す。エドの提案で引き回しすることが決まったのだ。本来ならエドのそんな案にのる一行ではないが、かなり怒っていたのだ。


 千夏とエドは遅れて隠れ家に持ち込まれていた従魔を連れて警備事務所に転移してくる。窃盗団と従魔を警備事務所に引き渡すと、つきものがとれたように全員晴れ晴れとする。


「おなかすいたから宿でご飯食べようか」

 千夏の提案に誰も異論はなかった。

ちょっと暴走しすぎたかも・・・

タマとコムギは愛されているのです。

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