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ドゥルガーという魔物

 千夏は夕食の席でセラに頼まれていたことをみんなに話す。

「治療師は数が少ないから、正直いてくれるだけでありがたい。特に条件はないな」

 二日酔いから立ち直ったアルフォンスが、今日はワインではなくジュースを飲みながら答える。


「私も特にないの。でもどんな人がくるのか気になるの。仲良くできたらいいの」

 セレナも同意する。

「セラ様が決めている治療師なら素性もしっかりしていることでしょうし、うかつな人間は入れないでしょう。しいていうならば、あまりうるさい人じゃないほうがいいですね。騒ぐ人はパーティに一人いれば十分です」

 エドの発言を聞きセレナと千夏はちらりとアルフォンスを見る。


 確かに竜フリークとか冒険大好き人間はアルフォンス一人で十分だ。アルフォンスを黙らせるために、状態異常系の魔法を買いにいったくらいなのだ。最近はアルフォンスが静かなのですっかり忘れていた。妖精王などに本当に会えたら、かなりはしゃぐことが目に見えるようだ。


「じゃあ、そう伝えておくよ」

 千夏はパーティメンバー全員分の遠話のマジックアイテムをセラから預かっている。千夏やセレナはイヤリングタイプで、アルフォンスとエドはタマと同様に腕輪タイプのものだ。全員にマジックアイテムを千夏は手渡した。




 卵に変化があったのはそれから2日後だった。

 夕飯後、千夏がお風呂から戻ってしばらくだらだらしていると、タマが抱えている卵がピキピキと音をたてる。

「ちーちゃん、卵が何かいってるでしゅ」

「たぶん、生まれるんじゃないかな」

 タマは卵をテーブルの上に置き、じっと生まれて来るのを待つ。


 やがて卵の殻が内側から破れ、小さな手足が出てくる。

「クゥ-」

 卵から出て来たのは小さな子猫のように見える。体長は10センチほどで、毛並みは真っ黒で大きな金色の瞳がタマと千夏を交互に見てキョロキョロと動く。


「タマ、エドを呼んで来て」

 千夏はパーティの中で一番物知りのエドを呼ぶようにタマにお願いする。餌に何をあげていいのかわからないからだ。


 タマは頷くと急いでエドを呼びに行く。

「猫っぽいのに鳴き声が違うのね」

 千夏は小さな器をアイテムボックスから取り出し、お湯を入れる。タオルをお湯で濡らし生まれた子猫のような魔物を拭う。


「生まれたのか?」

 アルフォンスとセレナもエドについてやってきた。


「小さくてかわいいでしゅ」

 テーブルの上で舌で毛づくろいをしている黒い子をタマは大きな瞳でうっとりと眺める。

「ほんと、可愛いの。この子がタマの弟になるの」

 セレナも愛らしい魔物の様子に目をキラキラさせる。


「なんの魔物でしょうね?見たことがない魔物です。魔物はだいたい雑食なのでなんでも食べますが、とりあえずミルクでも与えてみますか」

 エドは小皿と牛乳をアイテムボックスから取り出し、生まれたての魔物に与えてみる。子猫は、目の前に差し出されたミルクを一鳴きしてからペロペロと舐め始める。


 その傍らでアルフォンスは生まれたのがどの魔物であるかを魔物図鑑を使って調べ始める。


「タマ、名前は何にするの?」

 名前がないので呼びずらい千夏はタマに尋ねる。

「コムギ。大事な言葉でしゅ」

 タマは小さな魔物を抱き上げると「名前はコムギでしゅよ」と話しかける。

 コムギは「クゥー」と鳴く。どうやら伝わったらしい。


 確か王都に入るときにタマに小麦は大事な食べ物だと教えた記憶がある。タマはそれを覚えていたらしい。


「コムギはタマの弟でしゅよ。タマがお兄ちゃんなのでしゅ」

 タマはコムギをミルクの前に戻して、頭を優しく撫でる。


 すぐにコムギはミルクを飲み切ってしまった。千夏はアイテムボックスからパンを取り出し、小さくちぎってコムギに食べさせる。タマが生まれた時のように、コムギの食欲はとどまることを知らない。数個パンを取り出すと、後はタマにまかせる。


「それで、コムギは猫なの?」

 図鑑をみて首を傾げているアルフォンスに千夏は問う。

「んー、金の瞳に黒い毛並。外見は猫族。これじゃないかと思うんだが」

 アルフォンスは図鑑を指し示す。


 そこには獰猛な顔つきをした黒ヒョウのような姿が描かれている。アルフォンスが図鑑の解説を読み上げる。

「ドゥルガー。体長10メートル程の大きな魔物で、獰猛な牙と爪を持つ。闇属性を持つ知能が高い魔物。個体数が少なくあまり有名じゃないから情報がほとんどないな」


 タマはコムギを抱えながら図鑑の挿絵をみて「格好いいでしゅね」と嬉しそうだ。

「クゥー」

 カリカリとコムギはタマの手を引っ掻く。どうやらまだ食べ足りないようだ。

「ずいぶんと大きくなるのね。小さいままでいいのだけど」

 千夏は挿絵とコムギを見比べて残念そうに言う。


「タマの弟だから強いほうがいいんでしゅ。コムギ、早く大きくなるんでしゅよ」

 再びパンを与えながらタマはコムギを撫でる。

 雑食なのか確かめるために千夏は干し草をコムギに分け与えてみる。コムギは黙々と干し草もパンと同様に食べ始める。

 しばらくすると満足したのか、コムギは食べるのをやめてごろりと寝転がる。


「とりあえず明日ゼンの従魔屋にコムギを見せにいかないとね。サイラスならもうちょっと情報を持っているかもしれないし。午後にはセラが新しい仲間を連れてくるから、午前中がいいかな」

「判ったでしゅ」

 タマはコムギをベットの枕の上で寝かせると、自分も布団の中へと潜り込みじっとコムギを見つめている。


「それじゃあ、私たちは戻ります。おやすみなさい」

「おやすみー」

 エドが代表して挨拶をすると3人はそれぞれ自分の部屋へと戻っていく。


 千夏は固まったアイスキャンディーをアイテムボックスに収納し、空いた容器にまたジュースを入れ始める。

 きがつくとタマもすっかり寝入っている。

 ここ数日いつ卵が孵るかずっときになっていたようで寝不足だったのだ。


 愛らしいタマとコムギの寝顔を見て、千夏は蝋燭の炎をふぅーと息を吹きかけて消す。暗くなった室内を青白い月明かりが薄暗く照らす。

 千夏も欠伸をすると、さっさとベットに潜り込む。


「おやすみ。いい夢を」

 タマとコムギにそう話しかけると千夏は瞼を閉じた。



 次の日。なかなか起きてこない千夏をタマが揺り起こす。

「ちーちゃん、タマはごはんに行ってくるので、コムギを見ていてほしいでしゅ」

「んー、わかったぁ。行ってらっしゃい」

 千夏は眠い目をこすりながらタマに手を振る。


 千夏はベットから起き上がると、タマのベットの上で「クゥー、クゥー」と鳴いているコムギを連れて食堂へと向かう。

 エドが用意してくれたコムギ用の食事が並んでいるテーブルの上に千夏はコムギを置く。


「それはコムギ用だから全部食べてもいいわよ」

 千夏がそう言うとコムギはモゾモゾと動いて小さくちぎられたパンをかじり始める。

 生まれたときより若干大きくなっているような気がする。


「おはよう。チナツが早起きしているの」

 早朝の走り込みから戻ってきたセレナとアルフォンスは、千夏が先に食堂にいることに驚く。

「おはよう。タマに起こされたの。コムギが手を離せるようになるまでは早起きしないと駄目ね」

 千夏は握ったフォークをブラブラさせながら、食欲旺盛なコムギを眺める。思い起こせばいかにタマが手がかからなかったかをしみじみと痛感する。


「私も手が空いているときはお手伝いするの。ご飯食べさせるくらいならまかせてなの」

 セレナはコムギを撫でながら楽しそうに言う。

「ん。起きれなかったらお願いするかも」

 千夏はエドからスープを受け取りながら答える。


 今朝の食事はいつものパンに野菜スープにオムレツだった。この前の飲み会の翌朝はアルフォンスとセレナが二日酔いだったため、パンをミルクで煮込んだミルク粥だった。あまりミルク粥が得意じゃない千夏は普通の食事が嬉しい。

 これが白米に焼き魚に味噌汁だったら更にいうことはないが。


 千夏はまだお米をあきらめていない。

 セラから借りてきたグルメ本にどうみても米のような形状の食べ物があるのだ。しかもこれから向かう南国諸島に。早くご飯に会いたいものだ。


 朝食を食べ終え、アルフォンスとセレナのためにお風呂をわかしたあと、千夏は部屋へと戻る。

 コムギはおなかいっぱいになったので眠っているようだ。

 コムギを枕元に置き、千夏は本を読みながらタマの帰りを待つ。


 しばらくするとタマが戻ってくる。

「ちーちゃん、コムギただいまでしゅ」

 眠っていたコムギがタマの声で起き、「クゥー」と鳴く。


「では、早速いきますか」

 千夏はタマがコムギを抱きかかえたのを確認してから転移を使ってゼンに戻る。

 いつもの従魔屋のテントに入り、従魔に餌を与えている従業員を捕まえる。

「サイラスはいるかな?」

「店長ですか?奥にいると思います」

 千夏は案内しようと動き出した従業員を手で止め、奥へと歩き出す。


 サイラスは、朝食後のお茶を楽しんでいたようだった。千夏達に気が付くと、椅子から立ち上がる。

「これはこれは。お早いですね。卵が孵りましたか?どうぞ、お座りください」

 千夏とタマはサイラスの前に置いてある椅子へと腰かける。


「そう、生まれたの。この子よ」

 千夏はタマの腕の中でクンクンと回りの匂いを嗅いでいるコムギを指さす。

 従魔屋のテントの中は様々な魔物の匂いが入り混じっている。

 どうも匂いが気になるようだ。


「ほほう。ドゥルガーですか。また変わったものを引きましたね」

「あの小屋にあった卵の中で一番気力が高い卵を選んだの。そのせいかもしれないわ」

「気が見えるのですか。それはまたすごい」

 サイラスはお茶を千夏とタマに淹れると、タマの腕の中にいるコムギをじっと見つめる。


「ドゥルガーってどんな魔物なのかな?魔物図鑑に載っている情報以外に知っていたら教えてもらおうと思ってきたの」

 千夏がそういうと、サイラスは一度目を閉じ、黙り込んでお茶を飲む。

 頭の中の情報を整理していたようだ。


「そうですな。ドゥルガーの強さはBランクともAランクとも言われています。それはドゥルガーが持つ特殊能力のせいです。

 ドゥルガーは闇属性の『擬態』という特殊能力を持っています。光属性の『変化』に近いようで異なった能力です。

『変化』は自分の姿を変える能力ですが、『擬態』は相手の力を取り込み自分の力として、擬似的に相手に成りすます能力です。取り込む相手によってその強さが異なるのです」


「つまり相手の力を吸って変化するってこと?」

「まぁそのようなものですな。今もきっとルビードラゴンの力を少しずつ吸い取っているのでしょう。

 ああ、心配なさらなくても大丈夫です。すみません、言い方を間違えました。卵にいたときと同様で吸われるのは気力です。力そのものを盗られたりはしません。気が見えるのであれば、吸われた量もわかるのではないでしょうか?」


 千夏はタマの気を確認する。確かに少し小さくなっているような気がするが微々たるものだ。安心してほっと胸をなでおろす。


「コムギは、タマの気を吸ってどんどん強くなるということでしゅか?」

 タマが小首を傾げて尋ねる。

 サイラスはその可愛らしいしぐさに笑みを浮かべる。


「そうです。そしてそのうちにあなたに似た姿に擬態するかもしれません」

 タマにそっくりな姿に擬態するコムギを千夏は思い浮かべる。

 まさに立派な兄弟だ。


「ドゥルガーは知能が高い魔物ですから、それなりに育った時点で気力の吸いすぎについてきちんと教育しておいた方がいいでしょう。野生のドゥルガーは容赦なく相手の気を根こそぎ吸い込みますから」

 サイラスの忠告をありがたく千夏は真摯に受け止める。


「今気を吸われたくないというのであれば、魔物の特殊能力を一時的に下げるマジックアイテムがここにあります。効果は約一カ月!お値段はなんとお財布に優しい金貨10枚です。お買い得ですがどうですか?」

 相変わらず商売上手だ。千夏は竜笛を売りつけられたときのことを思い出す。


「それほど害がなさそうだから、今回はやめておくわ」

 千夏は苦笑してそれを断る。

 サイラスは無念そうに、がっくりと肩を下げた。

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