旅の準備を始めました
千夏は部屋に着くと早速タマを育てたときの布を取り出し、卵にぐるぐる巻きをしておなかの上に落ちないように固定する。
この卵は他の卵よりも気力が大きく見えた。たぶん、タマもそれで選んだのだろう。
「何が生まれるかな?可愛いのがいいの」
セレナは千夏のおなかの上の卵を撫でながら言う。
「爬虫類とかは嫌だな……って竜ってもしかして爬虫類?」
「どうなんだろうな……」
千夏の質問にアルフォンスは首を傾げる。
竜は竜種で爬虫類とは異なる。
次の日の朝。タマと違ってまだ生まれない。卵のままである。
タマが早熟なだけで、普通卵から従魔が孵るのに数日はかかる。
「まだでしゅか?」
タマは卵を撫でながら、がっくりとしている。
今はタマが卵をお腹にくくりつけていた。
千夏は気がついていないが、昨日1日でかなりの気力を卵に吸われている。
タマも竜なので、多少気を吸われても問題はない。
その日タマはずっと卵が孵るのをずっと待っていた。
だが卵には変化がない。
アルフォンスも生まれてくる従魔が気になるようで、鍛錬の休憩時間に千夏の部屋に訪れる。
タマに自分が持っていた魔物の図鑑を渡し、「どんな子が生まれるだろうなぁ」とタマと一緒に楽しそうにページをめくる。
可愛らしい魔物もいれば、不気味な魔物もいる。
タマはどちらかというと、強そうな外見の魔物が気になるようだ。ジャイアントスパイダーやデュラハンなどを指さして楽しそうに笑っている。
タマの希望の巨大なクモや己の首を片手に抱えたアンデットなどと一緒に生活することは千夏にはとても耐えられそうにない。
できれば小さくて可愛い方がいい。
千夏は図鑑を横から覗き込みそう願った。
その夜。全員でハンス達に会いに小鹿亭へと向かう。
小鹿亭は結構繁盛しているようで、空いている席が少ない。
久しぶりに入る宿屋の食堂をなつかしい気分で千夏は見回す。ゼンの街の宿屋のおばちゃんは元気なのだろうか。
「あそこにいるの」
セレナがハンス達を見つける。
「おお、来てくれたのか」
ぞろぞろと近寄るとハンス達は千夏達に気が付き手を上げる。
ハンスは宿屋の亭主にお願いしてテーブルをくっつけ、宴会場を作り上げる。
「それでは、勇敢なる《トンコツショウユ》に乾杯!」
ハンスがエールが入ったコップを高々と突き上げる。
「「「「乾杯!」」」」
全員が楽しそうに持っているグラスを掲げる。
「やっぱり、パーティ名を別のものにしておけばよかった」
千夏はぶつぶつと呟く。
それからは飲んで歌って食べて大いに盛り上がる。
《暁の風》と《スターダスト》は魔族騒動のときは王城に詰めていたようだ。《トンコツショウユ》が魔族を倒したことは彼らも噂で知っている。
彼らから千夏達に魔族との戦いについていろいろと質問が飛ぶ。特に形勢を逆転させた竜についての質問が一番多かった。
「どうやって竜を従魔にしたんだ?」
「あの小さい竜だよな。なんでもブレスでひと吹きで、魔族を蹴散らしたそうじゃないか。強いな、竜は」
アルフォンスはハンスと竜の話で盛り上がっている。
あの竜は強い。そう賛辞されるたびに、タマは得意そうに胸を張る。
その得意げな顔が可愛らしいと言って、少し酔ったセレナはタマを抱きしめる。
(ああ、あかん。グラスが割れとるわ)
セレナは酔っているせいで力の加減が微妙になっている。抱きしめられているのがタマでなければ、体も壊れているかもしれない。千夏とエドは危機感を感じて少しセレナから離れる。
「こんな馬鹿騒ぎも久しぶりだわ」
千夏は楽しそうに騒ぐ人々を見て笑う。
最後は飲み比べ大会が始まり、千夏もそれに参加する。量を大量に飲めるが、酔いは中和されない。頭の中がくるくるまわり、早々にリタイアする。
他の面子も次々とダウンして、そのままいびきをかきながら眠り込んでしまう。
「まだまだなの!」
セレナは酒樽を軽く担ぎあげ、最後まで残っているハンスと自分のグラスにワインを注ぎいれる。
すでに二人ともかなりの量の酒を飲んでいる。異様にテンションが高いセレナとうつらうつらと眠い目をこするハンス。勝負の行方はどうやらセレナに分がありそうだ。
エドは酔っ払いを連れて帰る必要があるので、適度に酒を飲みながら最後の二人の一騎打ちを眺める。
タマはまだ幼いのでお酒は禁止だ。
「ああいう大人になっちゃだめですよ。お酒はたしなむもので暴飲するものではありません」
エドの辛口批評を聞きタマは頷く。
ただ、お酒には興味があるようだ。少し物欲しげにセレナが担いでいる酒樽を見つめている。
エドは食堂の亭主に今夜の飲み代をまとめて払うと、ぐうぐうと眠り込む千夏とアルフォンスを両肩に抱き上げる。タマに笑い続けるセレナの手を引かせ、転移でバーナム辺境伯別邸へと戻る。
次の日も特に卵に変化はない。
今日はセレナとアルフォンスが二日酔いで鍛錬は中止となっている。
(ほんまにしょうもないわー)
呆れたようにシルフィンが愚痴る。
エドはセルレーン王国と思われる島国までの旅程の計画を始める。
王都から真っ直ぐ南へ向かい、そこから船を使って島を渡る。船はエッセルバッハの南にある港町から漁船か小型船を借りるしかない。
旅程の説明を聞き、千夏は眉をしかめる。また、船に乗らなければならないかと思うと気が重い。
セラにせかされ、着々と旅支度は整っていく。
セラが特注した遠距離の通話が可能なマジックアイテムや一度だけ王都にどこからでも戻ってこられる帰還用のマジックアイテムを手渡される。タマ用の遠話のマジックアイテムは竜になったときのために、伸縮可能な腕輪だ。
千夏は旅支度のために様々な食材を念のために買い入れた。ついでとばかりに、氷自動生成のために新しくマジックアイテムを購入する。
アイスキャンディー量産計画は順調だ。
お昼にマジックアイテムを持って訪れたセラからも大絶賛される。
「これ、商売にしたら儲かるわね。売ってもいい?売り上げの1割は千夏に払うから」
アイスキャンディーを食べながらセラが千夏に尋ねる。
街で売ってくれるようになれば千夏が作る必要がなくなる。買って食べれるようになれば楽だ。千夏はセラの提案に頷く。
午後はセラに連れられて王城にある書庫へと向かう。本を大量に借りるために、アイテムボックスの拡張をしたといってもいい。
王宮の書庫なだけあって、希少な本が壁一面にずらりと並んでいる。まるで大きな図書館のようだ。
千夏は書架をぐるりと周り、適当に興味を惹かれた本を取り出していく。
エッセルバッハのグルメ情報や「メイドは見ていた!衝撃の事実」という何巻か発行されている怪しげな小説などなど。
「多少こちらの世界の情報を知っておいたほうがいいと思うの」
セラが勧めた貴族の子弟が社会学として使っている教本数冊と、妖精王や魔族(魔王)について記載された書物数冊をついでに借りる。
借りる本について王宮の書庫管理官立ち合いのもと貸出票をひとつひとつ記載していく。本来は貸出資格がないうえに貸出期間の最長が5日程だが、セラが頼んでくれて一カ月借り出せるようにしてくれた。
千夏は嬉しそうに借りた本をアイテムボックスへと詰めていく。
隣の席に座っているセラは頬杖をつき、溜息をつく。
「《トンコツショウユ》に入れるメンバーなんだけど、ランドルフは無理そうね。全然人の話を聞きやしない。この前のダンジョン案内の報酬でタマちゃんの鱗をもらう約束だったわよね?今あなた達に近寄ったら、私に丸め込まれると思ってあなた達を訪ねていないようだしね。ああ、本当に面倒くさい男!」
「そういえば、ランドルフ来ないね。報酬を渡しに行ったほうがいいのかな」
「義を通すなら取り立てに来ないからと言って放置しないほうがいいわね。あとで面倒な貸しになるのも嫌でしょ?」
「確かに」
後でタマから鱗をもらってエド経由で届けてもらった方が無難そうだ。
「それと治療師として入れるメンバーなんだけど、なにか要望はある?」
「私は特にないかな。あ、クールの魔法が使えたらいいかも」
「クールね。性別年齢、嗜好とか特に興味はないのかしら?」
セラの問いに千夏はちょっと考えてみる。特に性別や年齢にこだわりはない。
「うーん。元からいるメンバーと仲良くできる人ならいいんじゃないかな。一応みんなにも聞いてみるけど」
「そうしておいて。結果は遠話のイヤリングを使って教えて頂戴。2、3日後には合流させて旅立ってもらう予定だから。よろしく伝えておいてね」
じゃあねといってセラは席を立って自分の執務室へと戻っていく。
千夏も用事が済んだので屋敷へと戻ることにした。
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