卵を買いに
簡易クーラーでご機嫌になった千夏をよそに、タマはまだ少ししょぼんとしているようだ。それだけシャロンと遊んでいたのが楽しかったのだろう。
千夏はタマに近寄り、軽く頭を撫でる。
「ちーちゃん?」
「タマの弟探しに行こうか?」
千夏がそう話しかけると、タマは嬉しそうに笑う。
急いでタマは帽子掛けから麦わら帽子を背伸びして取ると、きっちり顎の下で紐を結び帽子をかぶる。
千夏はタマと手をつないで部屋を出る。
中庭を通りそこで鍛錬中のアルフォンスとセレナに一声かける。
「どこいくんだ?」
アルフォンスは鍛錬で吹き出した汗を拭きながら出先について質問する。
「従魔屋。タマが弟欲しいんだって」
千夏がそう答えると、二人は自分たちも行きたいと言い出した。
タマの弟=このパーティメンバーになるのだ。
気にならないわけがない。
照りつける日差しを浴び、一行は貴族街から商業区へと抜けて行く。
元教会周辺の瓦礫は撤去され、壊れた家々を建て直している。
教会まで修復に手が回らないようだ。仮設テントが立ち並び、人々が慌ただしく行き交う。
まずは冒険者ギルドでお金を換金する。昨日のマジックアイテムのせいですっからかんなのだ。
初めて入る冒険者ギルドにアルフォンスは興味津々だ。依頼掲示板を楽しそうに眺めている。
千夏とセレナそしてタマは一番すいている窓口に並ぶ。
「なんでここにガキがいるんだ?いつからギルドはガキの遊び場になったんだ?」
千夏達の後ろに並んだ柄の悪そうな冒険者がタマをじろりと睨む。
セレナと千夏はタマを背中に庇い、柄が悪い男をキッとけん制のために見つめ返す。
タマ自身は相手の男を脅威に感じていないので不思議そうに見ている。
きっと暑さでイライラしているのだろう。千夏は男が大量に汗を吹きだしているのをみてそう考える。
今日の千夏とセレナはクール効果がついている可愛らしい服装だ。その服装を見て相手の男はさらに言い募る。
「おいおい。まさかその格好でゴブリン退治でもいくのか?」
「行くわけないでしょ。換金に来ただけなんだから」
千夏は憮然と言い返す。
受付嬢が千夏達に絡んでいる男を冷やかに見据えている。冒険者同士のいさかいにギルドは介入できない。
子供や女の子に因縁をつけて嫌がらせをするなんて男として最低だ。あの男達は冒険者レベルBで実力はあるが、素行に問題があることで有名パーティだ。あのパーティはいつもギルド内でいさかいを起こす。
何度か決闘騒ぎまで発展し、それに勝利して相手の有り金全部を巻き上げていることを受付嬢は知っていた。
まさか彼女たちが売られた喧嘩を買うとは思えないが、一方的な嫌がらせに受付嬢は不快を感じる。
受付嬢の視線を感じ千夏はちらりと受付を見る。どうやら自分たちの番が回ってきていたようだ。
「換金をお願い」
千夏はセレナ分とあわせて2枚のギルドカードを受付嬢に差し出す。
セレナは一応男たちを警戒している。
「というか、お嬢ちゃんたちじゃ怖くて魔物なんか討伐に行けないか」
「違ぇねぇ。こんなところに来るよりも食堂で給仕でもやってたほうがいい金になるんじゃないか?」
「言えてる。職業間違えているぜ」
男のパーティメンバーも千夏達を見下し、ゲラゲラと笑いだす。
アルフォンスはこの騒ぎにもちろん気が付いていたが、あえて間に入ろうとしなかった。相手の力量だけを見れば、セレナ一人でも余裕だろう。掲示板を背に腕を組んで事の成り行きを見守る。
受付嬢は千夏達からカードを受け取ると、清算読み取り機にカードを入れる。
表示されたデータをみて思わず、受付嬢は愉快そうに口元をつり上げる。
「あなた達が勇者パーティの《トンコツショウユ》でしたか。お目にかかれて光栄です」
わざと男たちに聞こえるようにはっきりとした口調で受付嬢は千夏たちに答える。
勇者パーティという言葉に千夏とセレナは若干眉をひそめる。まったく濡れ衣もいいところだ。
「は?なんていった?」
男たちは訝し気に受付嬢を見る。
受付嬢は男たちを無視し、清算データを読み上げていく。
「緊急依頼の魔族討伐の参加料は一人金貨30枚。魔族を討伐しているので、討伐報酬ひとり金貨200枚。未精算の魔物はハイオーク48匹、ヘルハウンド47匹、ミノタウルス2匹、ウォーウルフ23匹、ビックベア1匹、ポイズンスネーク4匹。ゴブリン34匹。金貨47枚と銀貨6枚になります。合計金貨507枚と銀貨6枚ですね」
異常な魔物の討伐数と魔族を倒したという一言にギルドの中はしーんと静まりかえる。絡んでいた男たちも唖然とし声もでない。
ただアルフォンスだけが愉快そうに声を殺して笑う。
「高額な受け渡しになりますので、念のためにご本人かこちらのマジックアイテムで照合させてください」
淡々と受付嬢は話し続ける。
受付嬢が取り出したマジックアイテムに千夏とセレナは交互に手をあてる。
「はい。ご本人確認ができました。大金ですので、お出しするのに少々お時間がかかります。こちらでお待ちください」
受付嬢は絡んでいた男たちが声もなく唖然としている様子をちらりと横目でみて内心大笑いをする。あんたたちは絡む相手を間違えた。たまにはドーンとやられてしまいなさい。
一気にギルド中の視線が千夏とセレナに集まる。
「俺みたぜ、あの女が『火炎地獄』を使ったのを。すげー威力だった」
「馬鹿言え。いくらなんでも特級魔法なんて一人じゃ唱えられないだろう?」
「あっちの女も魔族の火炎攻撃を何度も跳ね返しやがった。まったく恐ろしいパーティだよ」
「しかも勇者か。確かにすごいな」
「そんなパーティに喧嘩を売るとはあいつら命知らずなやつらだな」
「「「「まったくだ」」」」
千夏達に絡んでいた男たちは周囲の声を聞き、気まずそうにギルドを出ていく。
出て行くときに「覚えていろよ」と捨て台詞は忘れない。
正直、「勇者すげー」発言はかなりくるものがある。
千夏達もお金を受け取ると気まずそうにそそくさとギルドを後にしようとするが、アルフォンスに止められる。王都を出る前にハンス達との約束を守る必要があったのだ。
受付嬢に《暁の風》と《スターダスト》の居場所についてアルフォンスが質問する。
受付嬢は伝言ボードを覗き込む。ギルドを通じて冒険者同士が連絡をとりあえるために設置されているボードだ。
《暁の風》のハンスからの伝言を受け付けており、その内容は「今は小鹿亭という宿屋に泊っているので夜ならいるので尋ねてほしい」という内容だった。
アルフォンスはその伝言を聞き、受付嬢にありがとうと礼を言う。
用が済んだので3人と1匹はさっさとギルドを後にする。
エドから聞いた従魔屋は商業区の端にあり、大きな天幕が立っている。ゼンの街にあった従魔屋と同じ造りだ。
天幕の入口から千夏は中へと進む。いろいろな従魔の匂いが混ざっており、正直獣くさい。セレナは涙目で鼻を押さえている。
「いらっしゃいませ。なにかお探しでしょうか?」
木箱に座ってパイプを吹かしていた中年男性が立ち上がり声をかけてくる。
「この子のペットに従魔が欲しいの。とりあえず一通り見せてもらえる?」
千夏がそうお願いすると、「もちろんですよ」と答え、店の中にいる従魔をひと種類ずつ見せてくれた。
「みんな大きいでしゅ」
タマはがっかりと頭を下げる。基本ここは力仕事や移動用の従魔がメインなので、大きな従魔が多い。
タマが欲しいのは年齢と姿が自分より小さな弟だ。その基準だとタマは生後2ヶ月なので、卵から孵ったばかりの従魔でなければ弟にならない。
生後2ヶ月といえば人間でいえばまだ寝返りすらうてない赤子だ。従魔であってもあまり変わらない。
竜という高度な生命体が特殊なだけだ。
「卵からかえらせないと駄目か。すみません、卵ってどのくらいあります?」
千夏は店員にそうたずねる。
「うちにある卵はトールバードくらいだよ。王都では一から育てようって人はいないしな」
卵から育てた方が成獣と契約するより安い。だが手間がかかる。王都では、従魔はそのまま成獣で契約する人が殆どだ。
セレナがトールバードはいいよと勧めるが、千夏はあまり乗り気ではない。トールバードが嫌いだからではない。選べないことが嫌なだけだ。
「どうもありがとう」
千夏は礼を言って従魔屋を出る。
こうなったらゼンの従魔屋に行ってみようと考えたのだ。
2人とタマを連れて千夏は早速ゼンの従魔屋の前に転移する。
天幕の中に入るとすぐに顔見知りのサイラスが千夏に気が付いて近寄ってきた。
「お久しぶりですね。お元気でしたか?」
店主のサイラスはにこにこ笑いながら千夏に尋ねる。
「まぁまぁかな。今日はこの子の弟として従魔を探しに来たの」
麦わら帽子をかぶったタマの頭に手を置いて千夏は答える。
「従魔を弟に? まさか、その子が例のルビードラゴンですか?」
驚いたようにサイモンはタマを見る。
竜が人に変化するのは知っているが、実際にそれを見たことはない。
サイモンはきょとんとしているタマをまじまじと見つめる。
「その通り。大きくなったでしょう。それで例のギャンブル卵ある?」
「ええ、ありますよ。こちらへどうぞ」
千夏達は以前案内された小屋へと案内される。
小屋の中の様子はあまり変わっていないように見える。
「全然売れていませんでね」
サイラスは苦笑して奥へと案内する。
「タマ、ここにある卵はなんの卵かわからないの。少なくともよく見る従魔の卵はないみたい。たまたま私がタマをこの中から選んだんだけど、はずれもあるかもしれない。タマの弟だからタマが選んで」
千夏は卵を見つめるタマにそう声をかける。
「一応いっておきますが、従魔に従魔契約はできません。契約は別の人になります」
サイラスがそう忠告する。
千夏は分かったと頷く。契約自体は千夏が行い、子育てはタマが担当すればよい。
若干タマの子育てに不安があるが……。
「ここにタマがいたのか。もしかして他にも竜の卵があるかもしれないな。俺も買ってみようかな」
アルフォンスは興味深げに並んでいる卵を見る。
「はずれもあるんだよ?面倒みれるの?」
「はずれだったら実家に送ってなにか手伝わせるさ」
つまり竜じゃなかったら実家に丸投げである。
セレナも興味を惹かれているようだが、欲しい従魔は決まっている。ギャンブルをする必要はない。
タマはひとつひとつの卵をさわり慎重に選んでいく。
アルフォンスも同様にタマが触った後の卵を手にとる。たまに卵を軽く叩いたりする。
全ての卵を触り終えると、タマはすでに決めていたようで中くらいの緑色の卵を拾い上げる。
「ちーちゃん、これがいいでしゅ」
どれどれと千夏はタマから手渡された卵を持つ。するとすっと体の中から力が抜かれたような感じがあった。タマのときと同様で、孵るために気力を卵が吸っているのだと今では知っている。
「そういえば言い忘れたけど、卵を孵すのに気力が吸われるんだよ。竜なんてひいたらアルフォンスは2日後には干からびて死んでしまうかも」
千夏の忠告にサイモンが「竜なら1日で死にますよ、普通」と追撃をかける。
「じゃあ、やめておくよ」
アルフォンスはしぶしぶと諦める。
竜を引き当てたとしても死んでしまったら育てることはできない。
「確か金貨1枚よね?」
千夏はサイモンに金貨を渡す。
「その代り何が生まれたかはちゃんと教えてくださいよ」
「分かってるよ、生まれたらまた来るね」
千夏は卵を抱え、王都のバーナム辺境伯別邸へと転移した。




