夜会にて
夕方になると王宮の舞踏会会場周辺の庭に設置された街灯のマジックアイテムが淡い光を放つ。
舞踏会の会場からは静かに音楽が流れてくる。
ゆらゆらと揺らめく光と楽器の音色が合わさり幻想的な世界を醸し出す。
千夏は会場まで続く庭園の道を歩きながらぼんやりとその景色を眺める。
庭園には着飾った貴族たちが千夏と同様にぞろぞろと舞踏会場へと向かっている。
王宮には直接馬車で乗り付けられないため、みんな徒歩だ。
会場にたどり着くと、給仕がウエルカムドリンクを勧めてきた。
千夏は琥珀の液体が入っているグラスをとりあげ、先頭を歩くアルフォンスとローズの後に続く。
舞踏会会場は中央はダンスが踊れるように広々と開いており、壁際に休憩用の椅子とおいしそうな食事が盛られたテーブルがある。
着飾った人々が集まり楽しそうに談笑している。
まるで映画の中のワンシーンだ。
千夏は窓ガラスに映った自分の姿をみてこっそりと笑う。
淡い水色のドレスに身を包んだあまり見慣れない姿。髪は結い上げられドレスと同じ色合いの宝石がちりばめられた大きな髪留めと白銀に輝く大きなイヤリング。
まるでどこかの貴族の令嬢のように見える。
こういう勘違いを雰囲気に酔うというのだろうか。
千夏はちらりとヴァーゼ侯爵と談笑しているアルフォンスとそれに寄りそうローズを見つめる。
千夏の視線にフェルナーが気が付き、こちらへ近寄ってくる。
「まるで貴族の令嬢のようですね。とてもお似合いだ」
フェルナーは千夏とセレナを褒めあげる。
セレナは流れるようなフリルに飾られた淡いピンクのドレスを着ている。
初めてでる舞踏会に緊張して、ほんのりと頬を赤く染めている。
千夏とセレナの間には着飾ったタマが大人しく立っている。
フェルナーはタマが竜であることを知っている。
それもミジクと王都を守ってくれた竜だ。
フェルナーはタマと視線を合わせると、にっこりとほほ笑む。
タマきょとんとフェルナーを黙って見上げている。
「フェルナー」
ヴァーゼ侯爵の落ち着いた呼び声にフェルナーは千夏達に軽く頭を下げると、元いた場所へと戻っていく。
入れ替わりに目ざとくタマを見つけたシャロンが近寄ってくる。
付き添いのジャクブルグ侯爵夫妻は、先にバーナム辺境伯夫妻とヴァーゼ侯爵に挨拶を行っている。
本日注目を浴びているアルフォンス、大貴族であるヴァーゼ侯爵とジャクブルグ侯爵が集まっている一角に貴族たちの視線が吸い寄せられる。
その痛いほどの視線を直接浴びないように千夏とセレナは壁際に寄る。
さっさと始まらないかなぁと千夏はぼやいた。
流れていた音楽がぷつりと止まり、王の入場を高らかに告げる声が聞こえる。
奥の扉が開き王と王妃が静かに会場に入って来る。
いよいよパーティーの始まりだ。
千夏は王の挨拶を聞き流し、こっそりと会場に入ってきたセラを見つける。
セラもこちらに気が付いたようで、千夏をみてにっこりとほほ笑む。
王の挨拶が終わり再び楽団の音楽が流れ始める。
早速今夜社交界デビューする若者がパートナーとともに中央に進んでいく。
彼らが定位置へと立つと、音楽は緩やかなワルツに変わる。
千夏とセレナはアルフォンスが失敗しないか、少しハラハラしながらそれを見守る。
アルフォンスとローズは中央で優雅に踊り続ける。
場慣れしたローズに少しリードされながらアルフォンスはなんとか無事に踊りきる。
千夏とセレナはほっと一息をつき、タマに一声かけると庭園へと続いているドアをくぐり抜ける。
早速予定通りにエスケープすることにした。
料理は後でエドが運んでくれる手筈となっている。
休憩できる小さな東屋を見つけ、二人はそこに腰をおろす。
「疲れたぁー」
千夏は腕を上げ、ぐいっと体を伸ばす。
セレナも肩に手をあてて首をコキコキと鳴らす。
「やっぱり場違いなの。ドレスを着れるのはうれしかったけど、普通の酒場のほうが私には楽なの」
「そうだよね。やっぱり人間慣れたところが一番いいよね」
千夏はハイヒールを脱ぐと、ベンチに足を延ばす。
暗い道をセラが近づいてきていることに千夏は気が付く。気紋でわかるのだ。
セラは東屋にたどり着くと、すっかりリラックスしている二人を見て笑う。
「お疲れ様でした。後でうちの兄が二人と話したいそうよ。こっちに来ることになってるから、会ってあげてね」
セラの兄はもちろんこの国の国王である。
だが、最近セラが王妹であることをすっかり忘れている千夏とセレナは、気軽に頷く。
しばらくするとエドが料理とワインを差し入れにくる。
女3人で料理に舌鼓をうちながら、ゆらゆらと明かりに灯された庭園の風景を楽しむ。
「今晩は。お邪魔していいかな?」
穏やかな声をかけられ、千夏とセレナは声がしたほうをゆっくりと振り返る。
「兄よ。仲間に入れてあげてね」
セラは、王をあいている席へと座らせる。
薄暗い庭園では相手の顔ははっきりとは見えない。
「王都を救ってくれてありがとう。一度きちんとお礼をいいたくてね」
セラの兄は穏やかな声で二人に感謝の言葉を贈る。
千夏とセレナはその心地よい声に静かに頷いた。
「タマがいなかったらちょっと危なかったけどね」
千夏はほろ酔い気分で、ワイングラスを傾ける。
セラがタマとは竜のことだと兄に説明する。
「ところで王都はどうだい?居心地はよい?」
セラの兄の質問に千夏とセレナは少し考え込む。
「王宮は場違いなのできついけど、街並みはとてもきれいなの。朝走っているととても気分がいいの」
「そうね、ご飯もおいしいのがいっぱいあるし。だけど住みたいとは思わないなぁ」
ぼやく千夏に「なぜ?」と彼は尋ねる。
「やっぱり貴族がいっぱい住んでいるからかな。一回メイドとしてアルフォンスの付き添いで出かけたんだけど、ギスギスしていてついていけないって感じ。やっぱり辺境のほうがのんびりできていいよね。
身分差とかあんまりないし」
「貴族街に近寄らなければ問題ないと思うの」
「それはそうかもしれないけど、街中でばったり会うこともあるでしょ?私の住んでいた国は身分制度がなかったから慣れないのかもしれない」
千夏はデザートのタルトに手を伸ばしながらそうつぶやく。
「君の国では身分制度はないのかい?じゃあ誰が国をまとめているんだろう?」
彼は不思議そうに尋ねる。
「民衆の代表かな。みんなで代表を決めて、その代表が国を運営する仕事をするの。地方政治も同じ。基本は会議で多数決で物事を決めているかな。もちろん、クリーンな政治が必ず行われるわけではないんだけど、国民の期待に応えられないと次のときには代表に選んでもらえなくなるかな。貴族制とどっちがいいのかわからないけどね」
「つまりチナツは権力とか関わらずに、のんびりと過ごしたいってことね」
「そうだね。タマとだらだら過ごせれば特に不満はないよ。今は魔族が来たりして、緊急事態だからしょうがないんだけどね。戦争って経験したことがないからわからないんだけど、そんなのさっさと終わって欲しいよね」
セラの質問に千夏は頷く。
歴史の教科書でたくさんの戦争について暗記させられた。
特に侵略戦争の悲惨さは分かっているつもりだ。
魔族が何を思って侵略戦争を始めるつもりなのかは千夏にはわからない。
だけど、千夏の生活を守るために必要なら戦うつもりだ。
ミジクでも王都でもたくさんの人が傷ついたり、亡くなっている。
千夏はこの世界にきてまだ日が浅い。
だから知り合いは少ないけど、親切にしてくれた人たちがとても大事だ。
コマのように使い捨てにされるのはまっぴらごめんだが、千夏でも何かの役に立つならば、戦うことに異論はない。知らないところでセレナやアルフォンスが傷つくのは嫌だ。
どこかに勇者がいて代わりに戦ってくれるというのであれば話が別なのだが。
「勇者どこかに落ちてないかなー」
千夏はぼやく。
「そもそも勇者ってなんだろうね」
穏やかな声で彼は千夏に問いかける。
「んー、とっても強くて、民衆のために戦う人?」
「強いってどのくらい?」
「魔族に勝てるくらい?」
千夏がそう答えるとセラは笑い出す。
「じゃあ、チナツもセレナも勇者ね。頑張ってね、勇者様」
セレナはぶんぶんと首を振って否定する。
千夏は苦い顔でセラを見つめる。
「宝物庫のアイテムもらったでしょ?あれって対外的には勇者認定されたことになってるのよ。知らなかった?今度ギルドカード更新してみなさいよ。勇者って称号が付いて出てくるわ」
「聞いてないよー!これ返したら認定外れる?」
千夏は首から世界樹の枝を取り外し、セラに向かって突き出す。
「返しても変わらないかな」
セラの兄が苦笑しながら答える。
千夏とセレナはがっくりとうなだれる。
セレナもアルフォンスと同様に、勇者には憧れているが今の実力でそういわれるのはごめんだ。
「冒険者Cランクの勇者なんて聞いたことがないの」
「じゃあ、ランク上げる?今ならもれなくAランクまで上げられるわよ」
セラの言葉にセレナは再度首を振る。
千夏はなにかひどい詐欺にあった心境だ。
勇者はもっとアクティブで義侠心が優れたもののはずだ。千夏とは縁遠い。
「他に勇者はいないわけ?」
「アルフォンスとエドね。チナツとセレナを合わせて4人」
まったく嬉しくない回答だ。
「民のために頑張れ、勇者チナツ」
千夏はげんなりとセラの言葉を聞き流した。
やっと書きづらかった2話が終わりました。
さぁ、次から冒険の準備です。
誤記を修正しました。
×街頭 〇街灯
×依存 〇異論




