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麦わら帽子

 いよいよアルフォンスの社交界デビューの当日がやってきた。

 前日の夜からバーナム辺境伯夫妻も転移で王都に来ている。

 千夏は前夜に簡単に辺境伯夫妻に挨拶を済ませてある。


 今朝はタマとセレナと3人で食事をとる。

 辺境伯と同じテーブルに着くのが面倒だったからだ。

 ご飯は気兼ねなく食べたい。


「んー、特にやることないしお昼まで寝てようかな」

 食後のお茶を飲みながら千夏は今日の予定を立てる。

 予定といってもだらだらと寝るだけだが。


 ここ数日食っちゃ寝を繰り返している。

 寝床も食事もアルフォンスが用意してくれるので、気兼ねなくだらだらと過ごしていた。

 セラからも千夏はできるだけだらだら過ごしなさいとお墨付きなのだ。


 ここの別邸にはたくさんの本が置いてある。

 千夏はそれを借りるとごろごろしながら本を読み漁っていた。

 久しぶりの読書は楽しい。

 この世界では本は手書きで書かれているため、その値段は高い。

 貴族の屋敷くらいでしか、なかなか本を置いていあるところがないのだ。


 出かけたのは一回だけ王城に呼ばれたくらいだ。すぐに用事は終わり、そのあとセラにおいしいごはんを食べさせてもらった。

 ずっとこんな生活が続けばいいのに。


「タマは午前中はシャロンのおうちで遊ぶでしゅ。午後はちーちゃんたちとお出かけでしゅね」

 タマは、手にもったパンをはむはむと口の中へと押し込んでいく。

 いまだに頬を膨らませて食べる癖が直らない。

 リスのように可愛いのだが、大人になっても同じ食べ方をしないように小さい頃からしつけていく必要がある。


「タマ、口にパン1個を無理やり突っ込まないの。ちぎって一口分だけ口にいれるようにしないと」

 ぷくりと膨らんだタマの頬袋を千夏は人指し指でぷゅにゅりと触る。

 タマは頬をふくらませたまま、頷く。


「とっても可愛いいの」

 素直に頷いたタマをよしよしとセレナが左腕で頭をなでる。

 剛腕の腕輪を利き手にはめてからセレナは力加減に気を付けるようにしている。


 初日に普通にパンを握ったら、握り潰してしまったのだ。

 できるだけ、物は左腕でつかむように意識を切り替えている。

 間違った腕を伸ばしたときに、シルフィンから警告してもらっているのだ。

 ここ数日でだいぶ左腕を扱うことに慣れてきた。

 両手効きにするいいチャンスだと前向きにとらえたのだ。


「セレナは今日も稽古?」

「午前中はそうなの。カイエ侯爵のお屋敷はお昼ご飯食べてからいけばいいの?」

 セレナの質問に千夏は頷く。

 稽古するのであれば、昼食前にひとっ風呂浴びていったほうがよいだろう。

 稽古が終わった時点で千夏を起こしてもらうことにする。


 朝食を終え、それぞれの用事に散らばっていく。


 セレナは中庭にでるとシルフィンから素振りを千回行うように言われる。

(だらだら振るうんやなく、最速で振るんや)

 素振りを始めしばらくたつとアルフォンスもやってくる。

 二人は黙って素振りを続ける。

 最初のころは200回くらいでばててしまったが、今はなんとか千回までたどり着けるようになった。

 鍛えれば鍛えるほど、実際の動作に反映されるのでやっていて楽しい。


 千回まで素振りが終わると、二人とも疲れてその場にしゃがみ込んでしまう。

 気を利かせたエドが休憩をみはらって、冷たいお茶を中庭の東屋に用意してくれる。

 さらりとしたアルフォンスの頭にエドは手をのせようと腕を伸ばす。


 殴られると条件反射でその手をアルフォンスはするりと抜ける。

「何もしませんよ。今日も日差しがつよいので、どのくらい頭に熱が溜まっているかを確認しようとしただけです。帽子でもかぶっていたほうがいいかもしれませんね」

 この時期、暑さで倒れる人も多い。


 エドはアイテムボックスから2つ帽子を取り出すと、アルフォンスとセレナに渡す。

 昨日千夏が王城帰りに買ってきたものだ。

 千夏からのプレゼントを二人はありがたくもらうことにする。



 タマも千夏から渡された麦わら帽子をかぶって、シャロンに会いに行く。

 風で帽子が飛ばないように顎の下に紐で結んでいる。

 その姿はまるで夏服を着た幼稚園児のようだ。


 ジャクブルグ侯爵の別邸に行くのは今日が初めてだ。

 だがタマの足取りには迷いがない。

 シャロンの気紋を目当てに歩いているからだ。


 無事ジャクブルグ侯爵別邸に辿りつくと、その門を守る門番にタマは話しかける。

「シャロンと遊びに来たでしゅ」

 門番はその小さな来訪者に合わせて屈みこみ名前を尋ね、身分証明を出すようにと指示する。


 タマと名乗った幼児の身分証明はミジク出身の農民の子供となっている。

 なぜ、農民の子供が侯爵の子息と遊びに来たのだろうか。

 門前払いをしてもよかったのだが、念のために門番のうちの一人が、確認のために侯爵邸に入っていく。

 執事を通じて門番は、侯爵の子息に来訪者の身元の確認をする。


「タマが来てるの?」

 門番から話をきいた子息は嬉しそうにすぐに門へと駆け出す。

 どうやら本当に農民の子供が子息と遊ぶためにここに来たようだ。


 慌てて門番は子息の後を追いかける。

 すでに子息は農民の子供と手をつなぎ、楽しそうに門の中へと戻ってくる。

 身分制度が確立しているエッセルバッハではそれは奇妙な光景だった。

 門番はそれを見送ったあと不思議そうに首を傾げた。



 お昼近くになった頃、千夏はセレナに起こされ欠伸を噛みしめる。

 まずは二人でゆっくりとお風呂に入る。

 お風呂から上がるとすでに戻っていたタマと昼食をとる。

「今日は王宮のパーティに出るの。人がいっぱいいる集まりだから突然竜に戻ったりしないようにね」

 千夏はタマに注意を促す。


 正直千夏も行きたくないのだが、このパーティが終われば王都の用事も終わる。

 とっとと、終わらせてのんびりだらりとした旅に戻れる。


「シャロンも行くっていってましゅた。タマはシャロンと遊ぶでしゅ」

「じゃあ、シャロンのいうことを聞いていい子でいるのよ?」

「タマはいい子でしゅ」

 こくこくと頷きながらタマはパンをちぎって食べる。

 このパーティが終わったらシャロンはまた領地に戻ってしまう。

 今夜遊んだらしばらくは遊ぶことはできない。


「あとね、ちーちゃん。タマも弟がほしいでしゅ」

 今日、侯爵邸でシャロンと遊んでいたときに侯爵夫人に「まるで仲良しの兄弟みたいね」と微笑まれたのだ。

「タマもお兄ちゃんになっていろいろシャロンが教えてくれたように教えてあげたいのでしゅ」

 侯爵夫人から兄弟について教えてもらった。弟がいれば、シャロンと会えない間でも寂しくないとタマは考えたようだ。


「弟ね……」

 千夏はうーんと考え込む。

 何気に難しい要求だ。

 タマは普通の子供ようになにかねだったりしたことはない。

 できればかなえてあげたいのだが、妙案が思いつかない。


 ちらりとセレナのほうを千夏は窺うが、セレナも何も思いつかない。

 後でエドかセラに聞いてみよう。なにかいい案があるかもしれない。


 食事が済むと、エドに案内してもらってカイエ侯爵邸へと向かう。

 夜会で着るドレスを借りにいくのだ。

 ちなみにタマの服はシャロンのおさがりを借りることができた。


「弟ですか?タマの?」

 千夏は御者台に座り、馬を操るエドに相談してみる。

「そう。竜の子供なんてその辺に転がっていないしね……どうしたものかと」

「別に竜じゃなくてもいいのではないですか?シャロン様も人ですし。要するにタマが面倒みれる何かであればいいのではないでしょうか?」

 なるほど。弟というよりペットでもいいのかもしれない。

 明日王都にある従魔屋にでもいってみよう。タマも従魔屋の卵からかえったのだ。

 ある意味兄弟ともいえる。


 カイエ侯爵邸に着くとすでにセラが待っていた。

 メイドに応接室まで連れられきた千夏とセレナを見て、セラは立ち上がる。

「来たわね。ローズ、こっちがチナツとセレナ。それにタマちゃんよ」

 セラは早速、一緒に談笑していたカイエ侯爵令嬢に二人を紹介する。


 カイエ侯爵令嬢は艶やかな長い黒髪を持ち、気品にあふれた青い瞳は興味深げに千夏達を見つめている。

 カイエ侯爵令嬢はまさに深窓のお姫様という形容詞がぴったりだ。

 位で言えばセラのほうが高いのだが、二人並ぶとお姫様と平凡なメイドにしかみえない。


「ローズと申します。セラ様からお二人のことはいろいろ教えていただきました。仲良くしてくださいね」

 はにかみながらローズは二人に挨拶をする。

 女の千夏からみてもとても可愛らしい。

 3人ともぺこりと会釈し、ローズに簡単な自己紹介をする。


「ドレスは好きなものを遠慮なく選んでくださいね」

 千夏は案内された衣裳部屋に大量に吊るしてあるドレスを見て、選ぶのが少し面倒になる。

 セレナは可愛らしいドレスに大興奮だ。

 メイドとあれこれ話しながら、夢中でドレスを次々と体にあて鏡を覗き込む。


「私が選んであげましょうか?チナツはどんなドレスがいいのかしら?」

 色とりどりのドレスの前に沈黙している千夏を見て、セラが声をかける。

「とりあえず、体を締め付けないのがいい」

 コルセットでぎゅうぎゅうにウエストを絞られるなど、拷問以外でもなんでもない。


 千夏はセラに締め付けないドレスを選んでもらい、衣裳部屋に設置されたテーブルでお茶を飲みながらセレナが選び終わるのを待つ。

「ちーちゃん、似合うでしゅか?」

 タマに声をかけられ千夏は振り向く。

 そこにはピンクの可愛らしいドレスを着たタマが立っている。

 思わずお茶を吹きだしそうになるが、耐える。


「可愛いわ。とっても可愛いわ」

 うっとりとローズがタマに見とれる。

 確かにタマはとてもかわいい。


「ローズの趣味なの。可愛い子をみると着せ替え人形みたいに遊ぶのが」

 隣に座っているセラが苦笑する。

 タマは鏡で頭に乗せた小さなティアラを見つめる。キラキラ輝いてとってもきれいだ。

 ローズは新しいドレスを手にタマへと寄っていく。


 セレナのドレスが決めるまで、千夏はセレナとタマのファッションショーを鑑賞することになった。


読書の部分を追加しました。

誤記を修正しました。

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