シャロンとの再会
ジャクブルグ侯爵に王都の魔族襲撃が伝わったのは襲撃時刻のおよそ一時間後である。その時間はちょうど昼食時で家族そろって食事中だった。
慌ただしく、執事が凶報を告げる。
「魔族が、王都に?なんていうことだ」
侯爵は握っていたフォークを思わず落としてしまう。
王家からミジクの魔物襲撃をついこの前聞いたばかりで、領地の警戒を強めたばかりだ。
「それで、被害の状況はどうなっているのだ?」
侯爵は、落ち着こうとワイングラスに手を伸ばす。
「教会の尖塔が魔族に破壊され、中央広場はほぼ壊滅状態とのことです。現在、騎士団が魔族と交戦中とのことでした」
「あの教会の塔がか」
教会には魔力結界が敷かれていることを侯爵は知っている。一斉に50人の魔法使いが中級魔法を放ったところで、びっくともしない結界のはずだ。
「タマは?」
シャロンは首から下げている水晶玉をあわてて確認する。いつもと同じ緑色に輝いていることを確認してほっとする。
「念のために、街の警戒レベルを上げろ」
侯爵は短く執事に指示を出すと、両手を組んで黙り込む。
「なんということでしょう。まさか魔族が……。騎士団がなんとかしてくださるわよね?あなた」
侯爵夫人は、ぎゅっとスカートを握りしめる。その顔色は悪い。
「ああ。王都には貴族の兵もたくさんいる。すまん、私は執務室に詰める」
侯爵は席を立ち、食堂を出ていく。
「お母様、タマは大丈夫でしょうか?」
シャロンは水晶を握りしめたまま、侯爵夫人に問いかける。
侯爵夫人は不安げな息子の頭をなでる。
「ええ、大丈夫。大丈夫よきっと」
タマは僕よりも小さい。きっと逃げるのも遅いだろう。
(――タマ、タマ。無事でいて)
シャロンは不安げにずっと水晶玉を見つめていた。
夕方になった頃にやっと魔族を倒したとの報がジャクブルグ侯爵へと伝えられる。
被害は最初の中央広場以外には広がっていないとのことだ。
ジャクブルグ侯爵は、ほっと息を吐き体の力を抜く。シャロンは執務室の端に置かれた椅子でその吉報を喜ぶ。じっとしていれなくて、父親にわがままをいって部屋の中に入れてもらったのだ。
「アルフォンス様とその従魔である竜の活躍によって魔族は倒されたようです」
淡々と執事が報告する。
「アルフォンス殿か!そういえば変わった従魔がいるといっていたが、竜のことだったのか」
「竜が従魔になるの?お父様」
「いや、聞いたことがない。だが、あの竜好きなアルフォンス殿のことだ。なんとか手にいれたのだろうな。しかし、よかった」
シャロンもアルフォンスの影響で竜が出てくる物語をいくつか読んだことがある。
「明日、その竜もみせてもらいましょうね。お父様」
「そうだな。明日は今回の被害や対策について私は王と話をしなければならない。シャロンは先にハイマンとアルフォンス殿のところへお邪魔するといいだろう」
「はい」
シャロンは楽しそうに頷く。
きっとその竜がタマを守ってくれたのだ。
もしかしたら背中に乗せて空を飛んでくれるかもしれない。
明日はタマと久しぶりに会える。シャロンはその夜興奮してなかなか寝付けなかった。
次の日シャロンは父親とハイマンそれと侯爵家おかかえの魔術師とともに王都へと転移で移動する。転移先は王都にあるジャクブルグ侯爵別邸の前だ。侯爵夫人は王城のパーティ前日に王都に入る予定になっている。
まずは別邸を預かっている執事へ簡単に挨拶を済ませる。
「シャロン様は大きくなられましたな」
にこやかに執事に話しかけられる。
成長期のシャロンは今身長がやっと1メートルと30センチほどに伸びた。三年前にここに来た時より20センチも伸びている。
久しぶりに入った自分の部屋の家具はどれもこれも小さく感じる。幼児向けの家具ばかりが置いてあったのだ。
「私はこのまま王宮のほうに向かう。シャロンはお昼くらいにアルフォンス殿を尋ねるようにな」
そういうと侯爵は魔術師と転移で王城へと向かっていった。
お昼まではまだ数刻時間がある。シャロンはじっと時計を見つめ続けるが、なかなか時計は進んでくれない。
仕方なくシャロンは時間つぶしに父親の書斎へと足を運ぶ。この書斎の一角にシャロンが好んで読んでいた本も収容されている。シャロンはその中から竜とともに戦う勇者の本を選び、それを取り出す。本を開くと最初のページに竜と主人公である勇者の絵が描かれている。
「アルフォンス兄様と、その竜もこんな感じだったのかなぁ」
シャロンはそうつぶやき、本を読み始めた。
気が付いたら夢中になっていたようで、執事がお昼になったことを告げに書斎へとやってくる。シャロンは本をしまうと、ハイマンと一緒に馬車でバーナム辺境伯邸へと向かう。
シャロンは馬車の中から外の景色を眺める。昨日の話にあったとおり、教会の尖塔は見えない。結局一度も上まで登ることができなかった。
貴族街は静まりかえり、他の馬車とすれ違うこともない。20分ほど馬車を走らせ、目的地のバーナム辺境伯別邸が見えてくる。
ハイマンが門番と簡単なやり取りを行い、問題なく馬車は屋敷の中へと進んでいく。すでに正面玄関前には執事とメイドがシャロンを出迎えるためにずらりと並んでいた。
「ようこそおいでくださいました」
タッカーはシャロンに挨拶をすると、玄関の扉を開ける。シャロンは扉をくぐり、大広間へと案内される。
大広間にはアルフォンス、その護衛の二人の女性、それに小さな子供がシャロンを待っていた。短めなライトグリーンの髪と赤い瞳の子供を見つけると、シャロンはたまらず走り出す。
「タマー!」
「シャロン!」
シャロンはタマをぎゅっと抱きしめる。タマもうれしそうにシャロンを抱きしめ返す。相変わらず仲がいい二人をみて周囲は微笑む。
「シャロン、久しぶりだな。元気だったか?」
アルフォンスが楽しげにシャロンに声をかける。シャロンは慌てて、タマの体を離すとぺこりとアルフォンスに軽くお辞儀をする。
「お久しぶりです。アルフォンス兄様。このたびは魔族を倒されたそうですね。さすがアルフォンス兄様です」
シャロンはタマの手を握りながら、アルフォンスに挨拶をする。
「俺だけじゃないさ、みんながいてくれたからなんとかなった。とりあえず、昼食にしよう。おなかがすいただろう?」
アルフォンスに連れられて、全員食堂へと移動する。シャロンはタマの隣に並んで座ると、すでに用意されている昼食をみてタマに尋ねる。
「タマ、スプーンはうまく使えるようになった?」
「はいでしゅ」
こくんとタマは頷く。
「実際に見てみたらわかるだろう。では食べようか」
アルフォンスがそう宣言したことで、昼食会が始まる。貴族の昼食会と違って身内の昼食会なので堅苦しいマナーはない。
タマはスプーンを掴むと、出された野菜スープをゆっくりとすくい口元へと運ぶ。
「すごいね、こぼさないで飲めたよ」
シャロンは嬉しそうにそれを眺める。
「タマは凄いでしゅか」
得意げにスプーンを使いスープを飲むタマ。
「シャロンも見てばかりじゃなくて、ちゃんと食べないと」
アルフォンスに注意され、シャロンは料理に手を伸ばす。
「そういえば兄様。兄様の竜はどこにいるですか?」
シャロンはきょろきょろと周りを見回しながら訪ねる。ぴくりと隣に座っているタマが反応する。
「別に俺の竜ってわけじゃないんだ。チナツの竜なんだよ」
アルフォンスはもごもごと答える。丸投げされた千夏は、じろっとアルフォンスを睨む。
「竜の話はごはんを食べた後に話しましょうね」
千夏は苦笑しながらシャロンに食事を勧める。シャロンは頷いて、再びタマと仲良く食事を進める。
食事が終わると、全員で屋敷の中庭へと向かう。花壇の前の休憩所にやってくると、タッカーが全員分のお茶を淹れる。
タマは迷ったような顔をして、お茶を一口飲むと、シャロンに向かって顔を上げる。
「あのでしゅね、タマは竜なのでしゅ」
シャロン以外の3人が息を飲んでシャロンとタマを見守る。
「タマが竜?なんのこと?」
シャロンはタマが言っていることがよくわからなかった。
「タマは竜なのでしゅ。今は人に変化しているのでしゅ」
タマは繰り返しシャロンに説明をする。
ぽかんとタマを見つめるシャロンの前で、タマは椅子から降りるとそのまま竜へと戻る。突如全長5メートルほどの大きさの緑色の竜がシャロンの前に現れる。
「また大きくなってる」
千夏は竜に戻ったタマを見て思わず口にする。シャロンはびっくりして目の前の竜を見上げる。
「シャロン、タマなのでしゅ。竜のタマは嫌いでしゅか?」
悲しそうにタマがシャロンをじっと見つめる。シャロンは固まっているようでじっと動かない。
ハラハラと残りの3人はシャロンを見つめる。
(もしここでシャロンがタマを拒絶したらどうしよう)
千夏は祈るような気持ちでシャロンを見つめ続ける。
「シャロン?」
タマは再度シャロンの名前を悲しそうに呼ぶ。ぴくりとシャロンは動く。
「タマと同じ色の竜。タマは竜だったんだね」
ぽつりとシャロンはつぶやく。
うるうると目の前の竜は悲しそうに赤い瞳を潤ませる。シャロンは竜に近寄ると、その足を触る。
「タマ、泣かないで。嫌いになんかならないから」
竜だろうとなんだろうと、その悲しい瞳はタマのものだ。シャロンはタマの体を優しくなでる。
タマは人の姿に戻るとシャロンに泣きながら抱き付く。
「タマを嫌いじゃないでしゅか?」
シャロンはタマの頭を優しくなでる。
「ちょっとびっくりしたけど、タマは僕の大切なお友達だよ。大好きだよ」
タマはシャロンを見上げ、泣きながら笑う。
「タマもシャロンが大好きでしゅよ」
そんな二人の様子をみて千夏は思わずもらい泣きしてしまう。セレナも瞳に涙をためている。アルフォンスは嬉しそうに笑う。
「タマよかったね。よかったね」
千夏は何度もそうつぶやいた。
シャロンの身長関連の記載について見直しました。




