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王都への旅の終わり

 翌日、千夏は朝も早いうちから目が覚めた。

 ちょうど夜明けらしく薄暗い街に一条の光が差す。


 気を失ったのはこれで二回目だ。

 ただ前回と異なり戦闘中であったので、気を失った後のことが妙に気になり寝付けない。


 隣のベットではタマが気持ちよさそうに眠っている。自分もベットで寝かされているという事は無事に魔族を倒せたのだろう。


 気功砲で一つの頭を落とした後、タマが駆けつけてくれるまでの間千夏は自分の無力を強く感じていた。

 戦場で仲間が戦っているのに、なにもできない。


 激しい焦燥感の中、タマが吐くブレスを見ているうちに自分の中に眠っている火竜の記憶にあった魔法がよびさまされたのだ。

 魔法を使ったことまでは覚えている。だがその結果を見る前に急激に体から力が抜け、気を失ってしまったのだ。


 千夏はベットから抜け出すとカーテンを開け、まだ薄暗い街を眺める。


 昨日の朝には見えた教会の尖塔の姿がない。

 塔がないだけで、街の風景ががらりと変わったように千夏は感じた。

 何かもの悲しい。


 しばらくの間夜明けの街並みを眺めた後、千夏は窓から離れ、タマの寝顔をじっと見つめる。


 昨日最後に見た竜体のタマはかなり成長していたが、人の姿は以前と変わらないようだ。

 ずり落ちたブランケットをかけ直し、千夏は部屋を出る。


 寝汗をかいたので、まずは風呂場へと向かう。

 適温に温めた湯船にゆっくりと浸かる。そのうち、あまりの気持ちよさにうとうと千夏は寝始める。


「チナツさん、起きてください。風邪をひきますよ」

 ゆらゆらとゆらされ千夏はメイドに起こされる。


「あ、ねちゃってたのね。ごめん」

 すでに冷たくなっているお湯に身震いすると、千夏はお湯を再度暖め始める。

 メイドは苦笑しながら「もう朝食ができていますよ」と声をかけ浴室を出ていく。


 一通り体が温まってから、千夏はお風呂から出る。

 いつもの古着屋で買った服を着ると、みんなが集まっている食堂へと向かう。


「おはよう。昨日はごめんね」

 席につきながら千夏はみんなに謝る。


「おはよう。謝る必要はないの。チナツも元気でよかったの」

 セレナが皆を代表して答える。


(特級魔法なんぞ使えば、そりゃ倒れるわ。もっとレベル上げて魔力の余力積まんとな)

「あれが特級魔法なのか。どおりですごい威力だった。ドラゴンオーブの知識なのか?」

 アルフォンスは汗を拭きながら、千夏に尋ねる。

 昨日戦闘があったばかりなのに、アルフォンスとセレナは今日も日課の走り込みをしてきたようだ。


「そうだよ。他にもたくさん魔法を読み取ったんだけど、なんかもやっとしてて思い出せないのよね。

 ところで今日も街を走ってきたの?」

「ああ、教会のほうも見てきた。昨晩からずっと中央広場の瓦礫の撤収が続いているようだ。力の強い従魔を使って瓦礫を引き上げているが、いまだに瓦礫の下に埋まっている人もいるようだ」

 アルフォンスは苦い顔で答える。


「今回の被害はかなり多いでしょうね」

 朝食のスープを配りながら、エドも神妙に追従する。


「ああ、俺たちが今できるのは、次に魔族が攻めてきたときのためにもっと強くなることだ。被害を減らすためにな。だからエド、修行を再開させてくれないか?」

「そうなの。今の私には技を返すことしかできないの。タマが来てくれなかったら危なかったの」

 アルフォンスとセレナはエドに向かって嘆願する。


「わかりました。危険な技の特訓のときは必ず治療師を呼んでおくこと。それだけは守っていただきます」

「ありがとうなの」

「わかった、そうするよ」

 アルフォンスとセレナは修行の許可をもらって、とてもうれしそうだ。


 二人は午後からの修行のためにとモリモリと食事を始める。

 昨日の襲撃で王都は大騒ぎで、ガーデンパーティなどしているところではない。

 アルフォンスの今日の予定は全てキャンセルになったのだ。


「私もなにかしたほうがいいのかな?魔力を上げる修行とかってあるの?」

 千夏はスープを飲みながらシルフィンに質問をする。

 めずらしく千夏がヤル気のある発言をする。それだけ今回は厳しい戦いだったのだ。


(どうやろうな。その辺おいらにはわからへんわ。妖精王だったら知っとると思うんやけどな)

「そういえば、セルレーン王国についてなにかわかったのか?エド」

 アルフォンスはパンをちぎりながら尋ねる。


「文献をさがしたところ、このエッセルバッハがある大陸から海を渡った南のほうにある島国に、かつてそのような王国があったそうです」

(魔族がまた襲ってきた以上、剣からすぐに分離するのはやめやからな。落ち着おったときに連れて行ってもらえればええわ。せやけど、妖精王に会っとくのも、なんかしらの戦力増強になるかもしれへんなぁ)


「妖精王か、会ってみたいものだ」

 アルフォンスがうらやましそうにそうつぶやく。


 妖精剣を持っているセレナはシルフィンとの約束があり、妖精王に会いにいく必要がある。

 千夏も多少興味があるので、この旅が終わったあとに少しだらだらした後に、セレナについていくつもりだ。

 だが、アルフォンスとエドはこの旅が終わったら領地に戻ることになっている。

 そう考えるとなにか寂しい気持ちに千夏はなる。


「妖精王がどうかしたのかしら?執事さん、私にも朝食をお願いね」

 いつのまにやらセラが食堂に入ってきて、ちゃっかりと席についていた。

 今回の後始末に目途がついたので一旦こちらに顔を出すことにしたのだ。


「昨日からお休みになっていないのですか」

 エドは、セラの前に朝食を並べながら尋ねる。

「あら、顔に出てた?だいたい終わったからもう少ししたら眠るわ。昨日はみんなお疲れ様。王都に住むものとして代表してお礼をいうわ。ありがとう」


「うん。なんとか無事でよかったよね。セラもお疲れ様」

 千夏は、目の下に隈ができているセラの顔を覗き込む。


「ところで、一週間後の王城パーティは予定通り開かれるのでしょうか?」

 エドは気になっていた件についてセラに尋ねる。もともとこのパーティに出るために王都までやってきたのだ。


「ああ、あれは予定通りやるから安心して頂戴。どちらかというと今回の感謝パーティになりそうだけど。それで、妖精王ってなにかしら?」

 にこにこしながらセラは再び尋ねる。

 エドは観念してシルフィンのことについて説明をする。


「アルフォンスとセレナが使っていたあの技はその妖精が教えてくれたのね。それって他の人にも教えてもらえたりしないかしら?例えば騎士団とかに」

 話を聞き終えたセラは、さっそく妖精の有効活用を思いつく。


(あの騎士団やろ?教えるにはまだまだ体力不足や。それにスピードも足らん。半日は走り続けられるようになったらな)

 渋い声でシルフィンは答える。

 アルフォンスもセレナも旅の間中は毎日朝と夜にかなりの距離を走り続けている。


 セレナがシルフィンの言葉をセラに伝える。

「下地がまだ足りないってことね。わかったわ、死ぬ気で鍛えさせるから。そうしたら教えてね。アルフォンスとセレナもその時はよろしくね」

 にっこりとセラは答える。


 つまり、騎士団がリフレクションブレイクを覚えるまでは帰さないぞということだ。

 アルフォンスはセラの言葉を聞いて喜ぶ。

 社交界デビューのパーティが終わってもしばらくはまだみんなと一緒にいれるのだ。


「うちの国だけ覚えてもしょうがないわね。他国の騎士も呼ばないとだめだわ。

 それに下地を積むまで一カ月と考えたとしても、あなたたちをここにずっと置いておくのももったいないわね。そうね、妖精王にでも会ってらっしゃいな」

 徹底的に効率重視のセラは勝手にどんどんと予定を組んでいく。


「離れている間にまた魔族が襲ってきたらどうするのですか?」

 エドがセラに懸念点を質問する。


「大丈夫よ。今工房に大急ぎで作られている帰還(リターナー)のマジックアイテムを持っていけば。一度だけしか使えないけど、どこにいても王都に戻ってこれるわ。それと、遠距離連絡用のマジックアイテムも作らせているから安心して」

「…………一度バーナム辺境伯と相談させていただきます」

 エドはアルフォンスがゼンに戻ってからの教育スケジュールをたてていたのだが、それが崩れ去ったことを理解した。


「いくらでも相談してきなさいな」

 ふふんとセラは勝ち誇ったように笑う。一度手に入れた優秀な手ごまを手放す馬鹿はいない。

 少なくても魔族の脅威が去るまで、アルフォンスの次期領主としての勉強は中断されたに等しい。


「チナツとセレナのお給料は私のほうで持つから安心して頂戴な。それと、ゼンに帰った後にもらう予定だった報酬も払うわ」

「え?どういうことなの?」

 セレナはセラが話していることについていけない。

 不安そうに大きな黒い瞳をセラとエドに交互に向ける。

 アルフォンスも騎士団に技を教えるということと、妖精王に会いに行けるというところまでしかよくわかっていない。


 千夏はセラに無期限で再雇用されたことを理解する。

 相変わらず拒否権はないようだ。


「雇用条件についてはあとできっちり相談させてほしいんだけど」

 千夏はセラに向かってそう言い切る。

 雇用期間、休みや社会福祉の条件など最初に決めておかねばいいように使われてしまう。

 少なくても「三食昼寝付」これだけは譲れない。


「もちろんよ、明日にでも細かく決めましょう。さてと、私の用件は終わったわ。それじゃあ、また明日ね」

 しっかり朝食を完食し終えたセラは、ひらひらと手を振って食堂を出ていく。


(まぁ、あの調子でこき使われなきゃええねんけどな)

 ぽつりとシルフィンがつぶやく。

 まったくだ。

 千夏は深く頷いた。

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