王都襲撃 (1)
「原因はわかったの?」
足早に執務室へと向かう通路を歩きながら、セラは背後に付き従う男に尋ねる。
「いえ、ただいま原因調査中です」
「使えないわね」
セラは短く叱咤する。
ついこの間、西へと大半の配下を移動させたばかりだ。
そのせいで王都の監視が手薄となっており、その隙を突かれた形になった。
セラは忌々しげに親指の爪を噛む。
「教会周辺の調査を早急になさい。あと、王都の出入りも制限するように」
「かしこまりました」
男はそのまま転移で消える。
セラはたどり着いた執務室の扉を乱暴に開くと、そのまま中へと突き進んでいく。
「近衛騎士団の展開は終わっているの?」
セラに気が付いた宰相が頭を下げるのをその目で制して、答えを待つ。
「はい。すでに展開済です」
「カトレア、教会周辺に異常は?」
次に呼ばれた宮廷主席魔術師の老婆は先ほどまで行っていた魔力探知の結果を報告する。
「大きな魔力をひとつ確認しています。例の竜やチナツという女性は?」
「竜は王都から離れている。チナツはバーナム辺境伯別邸にいるわ。そいつが犯人ね。冒険者ギルドの緊急依頼の状況は?」
「はい。すでに手配済みです。連絡がとれたAランクパーティから随時教会周辺と王城に詰めるよう指示しております」
セラは自分の席に着くと、再び宰相に目を向ける。
「王城から至急救護班を教会に回して。それとお兄様に一応事後承諾をとっておいてちょうだい」
「かしこまりました」
宰相は一礼するとすぐさま王の執務室へと向かう。
「それで、探知した魔力からわかることは?」
「成竜並の魔力です。竜かあるいは……」
「魔族ね。思っていたより早い展開だわ。最悪ね。とりあえず、市民の避難を優先させましょう。王城への避難を開始させて」
「かしこまりました」
老婆も出ていき、一人になったセラはまた癖で親指の爪を噛む。
成竜並であるならば魔族だったとしても下位魔族だ。
まだ勝ち目はある。だが多くの犠牲が出ることは避けられない。
相手が4大属性竜であれば、弱点ははっきりしている。
魔族であった場合……だめだ。弱点などについてはまだ調査が終わっていない。
セラは教会が見えるほうの窓を開け、状況を確認する。
半壊した教会は危うい均衡で建っているのが不思議な状態だ。
しばらく見つめ続けていると、傾いていた塔の中央部に閃光がぶつかり塔を分断する。
ガランガランと大鐘は音をならしながら落ちていく。
「始まったわね」
セラはそうつぶやき、部屋を出ていく。城の守りは兄がやるだろう。
状況は前線でなければ把握できない。セラは教会へと向かって歩き出した。
「近衛各小隊は魔法部隊の前に陣形を立て直せ!」
マイヤーはシャムシードを油断なく目で追いながら、大声で指示を飛ばす。
各小隊長にはマイヤーの声はパーティを組んでいるため、轟音が響く中でも伝わるはずだ。
唖然と立ち止る騎士たちを叱咤しながら、小隊長が陣形を立て直す。
「魔法部隊は、魔族を攻撃開始」
「できません、防御結界を保てなくなります」
すぐに、魔法部隊長から悲鳴のような応答が返る。
「風魔法で防御結界に乗っている瓦礫を人がいない方向へ落とせ。いつまでも抱えているわけにはいかん。あと冒険者が緊急招集で集まっているはずだ。魔法が使えるものを魔法部隊へ組み込め」
じりじりと男の前から下がりながら、マイヤーは怒鳴り声を上げる。
「せっかく待ってやったのに。まだ戦闘準備もできないのか?」
シャムシードはあきれたようにマイヤーに声をかける。
「マックス小隊突撃!標的はあの魔族だ!」
「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」」」
マイヤーの横を駆け抜け、騎士たちが魔族に向かって突撃を開始する。
「ははは、遅い、遅いなぁ」
シャムシードは襲い掛かってくる騎士の攻撃をよけては、近くの騎士を素手で殴り飛ばす。
その重い一撃に騎士は吹っ飛ばされごろりと転がる。
倒れた騎士の鎧は大きな穴が開いている。
並の騎士では歯がたたない。
マイヤーは到着したAランクの冒険者20名の前衛に突撃を指示する。
「ん、少しはやるな」
さきほどとは打って変わって素早い動きで攻撃を仕掛けてくる冒険者たち。
シャムシードはよけるだけではさばけなくなり、一気に魔法で倒そうとするが、魔法が発動しない。
「なんだ、これ」
一瞬気をとられ、シャムシードはよけきれず肩に傷をつけられる。
「いまだ、魔法攻撃!」
数十人の合唱魔法によって紡ぎだされた上級魔法「裁きの雷」がシャムシードに放たれる。
裁きの雷は追尾魔法で混戦の中でもターゲットに必中する。
迫りくる刃を躱しながらシャムシードは魔法防御を唱える。
だがやはり魔法が発動しない。
「ギャァァァァ!」
シャムシードは数百万ボルトの雷を体に受け、絶叫する。
雷によって炭化したシャムシードの体は塵となって崩れていく。
「やったか!」
マイヤーが歓声を上げた。
その刹那、まぶしい光がマイヤーのすぐ横を通過し、後衛の魔法部隊へ着弾する。
念のために幾重も張らせていた魔法結界がその光をはじき、空気が振動する。
「ふぅん、やっぱり離れれば使えるのか。魔封じの魔石だな。前衛に持たせてるのか。少しは考えているんだな」
右手奥の瓦礫からシャムシードが姿を現す。
「なぜだ、なぜ無事なのだ!」
マイヤーはシャムシードに向かって疑問を投げかける。
裁きの雷は追尾魔法だ。いくら転移しようとも必ずターゲットを追いかけ必中する。
「誰が教えてやるか」
シャムシードは鼻を鳴らして余裕を見せる。
一日一回だけ使える、ユニークスキル「身代わり」。
身代わりする対象者に手を触れることで発動する。
内心シャムシードはイラついていた。まさかこのスキルをこんなに早く使ってしまうとは。
だが、相手の手の内はわかった。近づかせなければどうということはない。
「さぁて、いつまで魔法結界が持つかな」
シャムシードは両手を本隊に向け次々と魔法を放つ。
Aランク冒険者たちがシャムシードに向かって再度突撃を図る。
片手をそちらに振り分け、シャムシードは魔法を放つ。
「ウァアアアアア」
魔法の直撃を受けた前衛が次々と吹き飛ばされていく。
シャムシードの一撃の魔法の威力は高い。
魔法部隊は魔法結界を維持するだけで、攻撃魔法を飛ばす余裕はない。
じりじりと追い詰められていく。
こちらの魔力が切れるのが先か、相手のほうが先か。
どちらかの魔力が切れた時が勝負が決する。
「魔力回復薬をあるだけ飲ませろ。足りなければ転移で補充してこい」
マイヤーは近くにいた部下にそう指示を出す。
どうやって魔族に無駄玉を撃たせるか。そのためには前衛の犠牲が必要になる。
マイヤーは決断に迫られていた。




