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大鐘楼

「ここが王都か。思ったより人が多いな」

 シャムシードは、忍びこんでいた行商人の野菜が積まれた幌馬車からするりと抜けだすと、行きかう人々に目を向ける。

 さまざま露店には見たことがない食べ物が売られている。

「どうせ派手に壊してしまうなら、壊す前に少し楽しんでも問題はないか」

 彼はにやりと不敵に笑う。

 行商人の懐から抜き取った財布を自分の懐へしまい込むと、彼は雑踏の中へと紛れ込んでいった。


「うわー高いの」

 教会の大鐘楼から広がる王都の景色をみてセレナは感嘆の声を上げる。

「俺もここまで登ったのは初めてだ。いい景色だな」

 アルフォンスもたなびく風に髪をさらわれながら、眼下の景色を楽しむ。

(いい風や)

 シルフィンも心地よさそうだ。


「よく、怖くないね、そんなに前に出て」

 千夏はというと、鐘楼のある中央位置から動かない。

 突き上げる突風が体にたたきつけられ、ビルでいうと20階はある柵のない高い場所なのだ。

 平然と景色を眺める余裕などない。


 今日は朝からセラの宣言通り、王都の観光を一行は楽しんでいた。

 大鐘楼にはセラの姿はない。

 一度登ったことがあるので、20階も続く長い階段を登る気にはならなかったのだ。


「だって、気持ちいいの。チナツもこっちに来るの」

 セレナがおいでおいでと千夏を手招くが、千夏は首を振って動かない。

 都庁だってスカイツリーだって、窓という遮断壁があるから外を楽しめるのだ。


「タマも来ればよかったのになぁ。王都内は飛べないのだから」

 残念そうにアルフォンスはつぶやく。

 第二次成長期が始まったタマは無性におなかがすくらしく、今日も朝からずっとごはんを食べに出かけている。


「それより、もう降りようよ」

「え、もう?来たばっかりじゃないか」

 呆れたようにアルフォンスは答える。


「じゃあ、私だけ先に降りてるよ」

 千夏は二人に手を振るとさっさと階段へと向かう。

 これから長い階段をひたすら降りるだけでも面倒くさい。だからといってここに居残るわけにもいかない。

 転移で戻れればよいのだが、この教会の敷地内は魔法結界が張られているのでそれもできない。

 千夏はひたすら階段を下り始めた。


「あら、もう戻ってきたの?早かったわね」

 長い階段を降り終わると、教会前の食堂にある野外席でお茶を楽しんでいたセラが目ざとく千夏を見つける。

 セラの前にはエドが座っている。

 本当は後ろで控えていたいのだが、それでは不自然だとセラに諭され席に着いたのだ。

 千夏は二人と同じ席につくと、給仕を呼び止めお茶を頼む。


「アルフォンスとセレナはまだ見てるよ。あんな怖いところだったら登らなかったのに」

「一度体験しておくのもいいものよ。私も二度目は行きたくないけどね」

 ぶつぶつ文句をいう千夏にセラも苦笑で答える。彼女もあまり高いところが好きではないのだ。


「なんとかは高いところが好きといいますしね。しばらく戻ってこないでしょう」

 しれっとエドが毒舌をはく。

 千夏も長くあの場にいたらそういわれていたに違いない。


 観光のスタート地点は教会から始まった。

 この後、商業区のお店を探索したあと昼食をとり、王都の憩いの場所になっている公園に向かう予定だ。

 観光のメインは王城見学なのだが今日はそこまでは回りきれない。


 アルフォンスとセレナは昨晩戻ってきたあとにセラを紹介された。

 アルフォンスやセレナが生まれる前から人前に姿を現していない王妹だ。

 もちろん、面識などない。


 畏まって挨拶を始めたアルフォンスに、セラは手をふりそれをやめさせる。

 セラはアルフォンスたちと親睦を深めるのが目的であって、畏まれても困るのだ。

 身分についてはとりあえず気にしないで、ざっくばらんに付き合うようにとセラから言われ、アルフォンスとセレナは頷く。

 もともとこのパーティでは身分差などあってないものだ。


 そのあとに王都観光の話を持ち出され、アルフォンスとセレナは即座にくいつく。

 今日一日でかなり窮屈な思いをしてストレスがたまっていたのだ。

 特にアルフォンスは執拗にパートナーの話をずっとねじ込まれていたのだ。

 途中でうんざりして首を縦に振りたくなったが、後を考えるとまずいことになるのはわかっている。

 我慢に我慢を重ねた一日だった。


「ロウアー伯爵令嬢はきっと最後で折れるわ。そうね、身分的にも後腐れ的にも問題がないパートナーを紹介してあげましょうか?カイエ侯爵令嬢なんてどうかしら?」

「それは願ってもいないことですが、よろしいのでしょうか?」

 カイエ侯爵令嬢であれば、他の貴族が口をはさむ隙などない。

 エドがセラの提案を訝しげに問う。


「もちろんよ。これからいろいろとお世話になるんだから」

 にっこりとほほ笑むセラにエドは腹をくくる。

 紹介してもらわなくてもなにかさせられることは決定事項である。それだったら、紹介してもらったほうが得だと考えたのだ。


 アルフォンス本人も、もちろん異論はない。

 話はトントン拍子に決まり、昨晩のうちにセラが書いた紹介状をカイエ侯爵邸にタッカーが届け、色よい返事をもらってきたのだ。

 あまりの早い返事に、いったいどんなカイエ侯爵の弱みをこの人は握っているのだろうかとエドが邪推したほどだ。


「チナツはお昼なにが食べたい?私は昨日タピを食べすぎたから辛いものは今日はもういいわ」

「私は好き嫌いがないのでなんでも大丈夫」

「じゃあ私のおすすめのお店でいいわね。楽しみにしておきなさい。あ、戻ってきたわ」

 教会のほうからアルフォンスとセレナが手を振りながら戻ってくる。


 セラは昨晩のうちにすっかり皆となじんでいる。いまでは誰も王妹だと遠慮するものはない。

 それなりに親しくなったことで、気のいいアルフォンス達はセラがひとこと「お願い」と頼めばなんだかんだで断らないだろう。

 うまいものだとエドはセラの処世術に関心していた。


「じゃあ、商業区に行きましょう。セレナが好きな可愛い洋服を置いてあるお店もあるのよ」

「楽しみなの」

「セレナの買い物は長いからなぁ」

「大丈夫よ、お店はいっぱいあるからその間別のお店を見てればいいのよ」

 女3人楽しそうに話しながら、商業区へと向かい始める。

 その少しあとをアルフォンスとエドはついていく。

 今日はアルフォンスがお供の立場だ。


 教会から離れて商業区へ入ったとたん、突然背後から凄まじい轟音が鳴り響いた。

 振り返ると、教会の塔の半分が音を立てて崩れていくのが見える。

 降りおちてくる塔の残骸から教会の近くにいた人々は絶叫を上げ逃げまどう。

 半分を失った塔は斜めに反りその揺れによってゴーン、ゴーンと大鐘楼がけたたましく鳴り響く。


 千夏達も逃げ回る人々に押され、もみくちゃにされる。

「何が起きたんだ!」

 すぐ近くからアルフォンスの声が聞こえる。


 千夏はセレナとセラが手をつないでいることを確認すると、片手をセレナとつなぎもうひとつの腕を必死にのばし、アルフォンスを捕まえる。

 アルフォンスの手をつかんだ瞬間にそのままバーナム辺境伯別邸へと転移する。

 すぐにエドが目の前に転移で現れる。


 ここからでも教会が傾いているのがよく見える。

 あと少しでも教会から離れるのが遅かったら塔と一緒に落下していただろう。

 考えるだけでもぞっとする。


「私は王城に戻るわ」

 固い表情でセラがそう言ったとたん、どこからともなく人が目の前に現れ、セラを連れて転移していく。


「問題ありません、彼女の配下のものでしょう。王城に転移したのです」

 突然さらわれたセラを心配した千夏達の表情を読み取りエドが素早く答える。


「俺は教会に戻る。状況を把握したい」

 アルフォンスは傾いている教会を見続けながらそう断言する。

「わかりました。ただし何があるかわかりませんから、装備を整えてからにしてください」

 アルフォンスとセレナは頷くとすぐに屋敷の中に走っていく。防具をとりにもどったのだ。


 千夏はその間に念話でタマに呼びかける。

 だが、王都からかなり離れているのだろう、念話に応答がない。



 そのころ教会の崩壊に王城に詰めていた近衛騎士団が転移魔法で次々と教会前へと送り込まれていた。

「マックス、アレン小隊は市民の救助、ディジット小隊は避難を誘導しろ!」

 騎士団長のマイヤーに命じられ、騎士たちは走り出す。

 教会は王都の中心部。

 塔崩壊時にはかなり多くの人々が教会周辺にいた。

 突然降り注いできた塔の残骸に押しつぶされている人達が大勢いる。


 なんの地獄絵だ、これは。

 マイヤーは傾いた塔を睨み、続いて指示を与える。

「魔法部隊は防御結界を展開!塔の崩壊に備えろ」

 次々と防御結界が展開されていく。


 そもそも塔が崩壊した原因がわからない。

 マイヤーは周囲に異常がないかを見回す。ふとひとりの人物に目が留まる。


 その男は瓦礫の上に座り、悠然と塔を見上げていた。

 その表情は苦痛などなく、ケガで動けないわけではなさそうだ。

 不審な人物に向かってマイヤーは歩き出す。


「うるさい鐘だな。そう思わないか?」

 藍色のマントに身を包んだ不審な男が、近寄ってくるマイヤーにそうたずねる。


「お前は何を言っているんだ?」

「その耳は飾りか?鐘がうるさいと言ってるんだよ」

 男はすっと立ち上がり塔に向けて片手を上げる。

 不穏な気配にマイヤーは左手に持った盾を身構える。


「もう、聞き飽きた」

 男がそうつぶやいた瞬間、塔に向かって伸ばされた手のひらが光る。

 光は徐々に大ききな球状になっていく。


「やめろ!」

 マイヤーは男に向かって走り出した。

 必死に駆け寄ってくるマイヤーをみて男はにやりと笑う。

 手の平にあつまった光の渦が放出され、それは真っ直ぐに突進し塔を食い破る。


 ドドーンッ!

 塔は轟音を立て、光の渦に食い破られた場所から真っ二つになって落下していく。

 分解された大量の瓦礫と大鐘楼がいっきに足元にいる人々に降りかかるが、魔法部隊が必死に展開した幾重にも張られた防御結界が辛うじてそれを受け止める。


 だが、いつ破られるかわからない。

 魔法部隊は、さらに魔力をつぎ込んで防御壁を積み重ねていく。

 「急げー!さっさと広場から逃げるんだ!」

 騎士達が怪我人を支え、広場に残っていた人々に怒鳴りながら誘導していく。



「貴様!」

 マイヤーは腰の剣を引き抜くと、そのまま男に向かって上段から一気に振りぬく。

 だが、男は身軽に後ろへ飛び、軽々とマイヤーの攻撃を回避する。

 男は空振りしたマイヤーを見て、楽しげに笑う。


「さぁて、役者は揃ったかな?それでは始めるとしよう。

 俺の名はシャムシード。これは宣戦布告だ。再び魔族がこの世を支配する。

 さぁ、楽しいショーの始まりだ」



感想ありがとうございました。

この回からまたドタバタが始まります。楽しんでいただけたら、うれしいです。

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