お忍び
エッセルバッハ王国の王族は現在4人いる。王と王妃そしてその間に生まれた王子。最後に王の妹が一人いる。
王妹のセラは病気がちで小さいころから表舞台に出てくることは滅多になかった。
最後に公式の場に現れたのは今から17年前。
16歳の成人の儀に出たのを最後にそのあとはまったく姿を見せることはなかった。いつしか人々は王に妹がいることを忘れていった。
千夏はエドの口上を聞き、また厄介そうな人に関わってしまったと心の中でつぶやく。名乗ったつもりはないが、千夏の名前とミジクでの出来事をセラは知っているようだ。それでも、名前を名乗る以外に何を話していいのか皆目見当がつかない。
「千夏です」
千夏はぺこりと頭を下げる。
そういえば貴族とは目線を合わせては、いけなかったのではないだろうか。今更だが顔を上げていいのか判断に悩む。
「頭をあげてちょうだい。助けてもらったのは私のほうなのよ?」
セラに諭され、千夏は顔を上げる。
セラはタッカーに向かい、お茶をいただけないかしら?と声をかける。
タッカーは一礼すると、部屋を出ていく。彼は自分が人払いされたことを理解していた。
エドはアイテムボックスから茶器を取り出すとその場でお茶を淹れる。セラはテーブルにつくと千夏にも客間のテーブルに着くようにと声をかける。
お茶がはいった後、各自お茶を手にとるが空気が重い。
「なぜ、偽名を?」
間がもたなくなった千夏はセラに質問をする。セラはお茶のカップをテーブルに置き、まっすぐに千夏を見つめる。
「偽名を使ったのはそのほうが動きやすいからよ。王族とばれたらみんな畏まってしまう。と言っても、私の名前を言っても忘れられている可能性のほうが高いのだけれど。実際私の顔みて誰もきがつかなかったわ」
別に悲観しているわけでもなくあっさりとした口調でセラは語る。
正体を隠して各地を放浪する、ちりめん問屋のご老公みたいなものなのか。セラ自身はご老公のように正体をばらしたいわけではないようだけど。
どちらかというと旗本の三男坊という姿で下町を闊歩する、とある将軍様のほうが近いのかもしれない。
「そういうわけで、形式ばった対応は結構。普段通りに接してちょうだい」
「では、トルゥー伯爵夫人とおよびしたほうがいいのですか?」
「セラで結構よ。様もいらないわ。そのかわり私もチナツと呼ばせてもらうわ。ところで噂のルビードラゴンを見てみたいのだけど」
にっこりとセラは微笑む。
千夏は「ちょっと待ってくださいね」と一声かけると、タマを呼びに自分の部屋へと戻る。
千夏が部屋を出ていくと、セラは再び鋭い視線をエドに向ける。再び緊迫した空気が流れる。
「『鉄壁のエドアール』。元Aランクの冒険者。Sランクのランドルフとウイスラとともにパーティを組んでいたけど、諸事情によってパーティを解散。その後しばらく放浪したあとバーナム辺境伯の執事となる。話を聞いていた限り、こんな曲者だとは思ってもみなかったわ。ねぇ、なんで執事になろうと思ったのかしら?」
「なんとなくですよ。私のことまで知ってらっしゃるとは、少し驚きました。あなたは全ての情報を覚えていらっしゃるのですか?」
「情報は集めるだけでは意味をなさないでしょ。活用してこそ意味があるわ」
エドの質問を肯定するように答えるセラ。
彼女の話からは彼女がどのような立ち位置にいるのかを十分に推測できる。
手札を切ったセラにエドは怪訝そうに尋ねる。
「なぜ、そこまで話されるのですか?」
「噂話が好きでたまにお忍びに出かける変わった王族。千夏はそう思ってくれたようだけど、あなたはそう思っていないようだしね」
「噂話が好きな単なる王族であれば、パーティに出たあと帰っているはずです。仮病を使ってまでここに乗り込んでくる必要はありません」
「あららららぁ?そっちもバレていたの。ほんと油断できないわ、あなた」
「私が最初にあなたに会いに伺ったときに、寝たふりをされていることはすぐにわかりました。寝ているときと起きているときの気の放出が変わるんですよ。ご存知ですか?」
「次のときのために覚えておくことにするわ。あなたの能力についてもね」
ここまでコケにされたのはセラにとって初めての経験だ。セラは内心舌を巻く。
エドはセラの正体を見破ったことについて鼻にかけてはいない。単なる事実を淡々と語っているだけのようだ。
信頼はできないが、信用をしてもいいだろうとセラは判断を下す。彼自体はアルフォンスに忠誠を誓っているようだ。その上に位置する王族に対して敵対行動をとることはないだろう。
今回の魔物騒動でセラは配下の諜報部隊の大半を西へ向け調査にあたらせている。
人手不足と好奇心から今回単独で《トンコツショウユ》の調査をかってでた。
ここまで話したのだ。人手不足の解消のために彼らには十分働いてもらおうとセナは算段をつける。
廊下からこちらに向かってくる足音が聞こえてくる。千夏が戻ってきたのだろう。セラは話を一旦中断することに決める。
「今晩はここに泊めてもらうわ。じっくり今後について話し合いましょう」
エドは内心軽い溜息をつく。あそこまで彼女は事情を話したのだ。何をさせられるかわからないが、ていよくつかわれることになることは予想していたことだ。
馬鹿な貴族どものせいでアルフォンスの社交界デビューにケチがついている。パートナーのロウアー伯爵令嬢をなんとか説き伏せてきたが、当日まで気を抜けない。ただでさえやることが多い状況下で、いらぬ作業まで押し付けられそうだ。
「かしこまりました」
エドの立場では断ることはできない。深々と頭をさげる。
セラはその姿を満足そうに見つめる。
「お待たせしました。タマ、セラさんにご挨拶」
「タマでしゅ」
千夏とタマが仲良くそろって部屋の中に現れる。人の挨拶を覚えたタマはぺこりとお辞儀をする。
「まぁ、かわいらしい。私はセラよ、よろしくね。できれば竜となったあなたとも挨拶がしたいのだけど、よろしいかしら?」
タマは頷くと竜身に戻る。その姿をみて千夏はおやと首をかしげる。わずかばかり身体が大きくなっているのだ。目でみてわかる変化だ。
実際タマの全長は30センチから50センチほどの大きさになっていた。ドラゴンオーブの影響によって数か月後にくるはずだった第二次成長期が早まったのだ。
まぎれもない竜の姿を見てセラは「綺麗……」とつぶやく。
竜はどちらかというと人を嫌悪していることが多い。そのせいで、竜といざこざは絶えず人と敵対する竜の数は多い。
人に従順な竜。最初に報告を受けたときは、冗談かと思っていた。だがそれが目の前にいる。
「ありがとう」
セラはタマに礼をいうと、ゆっくりとタマに近づいてくる。
「触ってもいいかしら?」
「いいでしゅよ」
くいっと顔をあげ、タマは軽く翼を広げる。覚悟を決めるとセラは、タマの頭に手をのばしゆっくりと触れる。
そのとたん、ぐりゅりゅりゅーとタマのおなかが鳴る。びっくりしたセラは手を離しタマから少し離れる。
「ちーちゃん、おなかすいたでしゅ」
すでに日も傾き夕飯の時間に近い。
「おなかの音なのね。びっくりした。私のことはいいからごはんにいってちょうだい」
セナがそう答えると、タマは人の姿に戻りぺこりとお辞儀をしてから部屋を出ていく。
「聞いていたサイズより少し大きいのね」
「昨日まではもう一回り小さかったの。成長期に入っちゃったのかな」
どれくらい大きくなるのだろう……第一次成長期はその日で止まったのだが。さすがにあの大きさになると膝の上に乗せるのは無理だ。
「しばらくの間王都にいるのでしょう?王都近郊に飛ぶ竜を見たら攻撃しないように、伝えておかないと大変なことになるわね」
つまらないいざこざでせっかく人よりにいる竜と敵対したくはない。セラがそうつぶやくと、屋敷の屋根裏に潜んでいた彼女の配下消える。転移で移動したのだ。
さすがにそこまでエドは気が付かない。
「ねぇ、チナツ。王都の観光はまだしていないのでしょ?明日私が案内してあげるわ。もちろんおいしいお店もね。どうかしら?」
「行きたい!でも、明日も護衛の仕事があるのかなぁ……」
ちらりとエドのほうを見ながら千夏は答える。
「あら、アルフォンスも一緒にいけばいいのよ。問題はないわ。ねぇ、執事さん」
王妹殿下のお誘いである。アルフォンスの明日の予定は全てキャンセルとなることが決定した。
「かしこまりました。早速手配いたします」
エドは、そう答えると明日の面会予定者への断りの連絡を入れるため部屋を下がる。
こうなると明後日以降の予定ですら怪しくなる。
アルフォンスの社交界デビューまであと一週間。とても長い一週間になりそうだ。
一部セラがセナになっていました……
あと国の名前が間違っていました。
修正しました。




