謎の行き倒れ
千夏はレイモン伯爵家の門番に中へ入れてもらうと、まずは従者の控室へと向せった。
「おかえりなさい」
ミーネが千夏に気が付き声をかける。
早速、皆に倒れていた人の話を聞かせる。
だが「レモンイエローのドレス」に心当たりがある従者は誰もいない。
ミーネの勧めに従って、パーティ会場にいるレイモン伯爵家の執事に聞くことにする。
パーティを取り仕切っているものであれば、参加者に心当たりがあるはずだ。
パーティはつつがなく進んでおり、一人がかけたことに気が付いていないようだ。
アルフォンスの周りに人が群がっているのが遠目からもよくわかる。
パーティ会場の入口をうろうろしている千夏に気が付いたレイモン伯爵家の執事が、すぐに近寄ってくる。千夏はできうる限り思い出して彼女の容姿を説明をする。
薄い茶色の髪にほっそりとした肢体。背丈はやや小柄だ。年齢はおそらく30台の前半。瞳の色は目を閉じていたためわからない。
「それでしたら、トゥルー伯爵夫人だと思われます。あの方は会場の入口で従者を帰されたようで、おひとりでした」
従者を返す貴族は珍しいのではっきりと覚えていた。
それに彼女はレイモン伯爵家と縁はなく、このパーティの誰とも顔見知りではない。
カイエ侯爵の紹介状を持って突然現れたのだ。
「カイエ侯爵に問い合わせしたほうがよいと思います」
誰それ?と思わず口にしそうになるが、辛うじて千夏は執事にお礼をいうと再度控室へと戻る。
想像していなかった、見事なたらいまわしだ。
「セレナ、ちょっと」
千夏は眠たそうなセレナを呼ぶと、事情を説明して一人で警護してほしいと頼む。
「あと一時間だし、大丈夫なの」
「じゃあ、お願いね」
「チナツも頑張るの」
千夏は頷くと、セレナと別れ再度バーナム辺境伯別邸へと戻る。
トゥルー伯爵夫人はまだ目覚めていなかった。医者に診てもらったところ特に問題なく、しばらくしたら気が付くとのことだ。
「お体も心配することはなさそうですし、目覚められるまで連絡は待った方がよろしいかと思われます」
執事の采配で、眠っている彼女に客室を割り当て、対応用のメイドもそばでずっと付き添っている。
千夏がここですることはない。それならば護衛に戻るべきかと悩む。
「どうしたんです、いったい」
ロウアー伯爵邸から戻ってきたエドが、千夏の姿をみて尋ねる。パーティはまだ終わっていない時間だ。
千夏はエドに簡単に説明をする。説明ばかりしているのでだんだんと投げやりになっていたが。
「トゥルー伯爵夫人ですか。聞いたことがないですね」
エドはそういうと、伯爵夫人が休んでいる客間に足を延ばす。
寝ているご婦人の部屋に入るのは不作法だが、身元があまりはっきりしていない人間なのだ。確認しておくべきと判断する。
客室前でノックをするが返事がない。
「失礼いたします」
エドはドアノブをまわし、室内へと入っていく。
寝ている伯爵夫人をのぞき込み、エドは少し考え込む。
「カイエ侯爵のお知り合いといってましたね?」
「そうみたい」
千夏は落ち着いて眠っている伯爵夫人を眺めながら答える。
そういえばトイレに行く予定だった。慌てていたのですっかり忘れていた。
千夏はエドを残し、さっさと用事を済ませに行く。
広間に戻るとエドも戻ってきていたようで、千夏はこれから後をどうするかと尋ねる。
「直接お話しされたのはあなただけです。セレナさんがいれば護衛は大丈夫でしょう」
てっきり戻れと言われると思っていた千夏は拍子抜けする。
それならばとさっさと服を着替えることにする。
部屋に戻るとタマが机に座って何やら書いているのが見える。
「あ、ちーちゃん。おかえりでしゅ」
「ただいま。何を書いているの?」
「シャロンからきたお手紙のお返事でしゅ。シャロンも明後日に王都へ来ると書いてあったでしゅ」
それならば、返事が届く前にシャロンと会ってしまうのではないかと千夏は思ったがあえて語らなかった。タマが楽しそうに返事を書いているからだ。
「で、何を書いているの?」
「ドラゴンブレスが吐けるようになったことを書いてたでしゅ」
「そうなの?すごいじゃない。どんな感じなの?」
「んーと、ボワッっとバシューって感じでしゅ」
まったく意味がわからない。
感覚で聞いた千夏が馬鹿だった。
「というか、タマは竜だってことシャロンにお話ししたの?」
「まだでしゅ。言ったら嫌われるしゅか?」
タマは赤い瞳を悲しそうに揺らめかせそっと目を伏せる。
タマを人としてシャロンに会わせたのは大人たちの責任だ。
「シャロンはそんな子じゃないと思う。私からシャロンに話そうか?」
千夏はタマの頭を撫で優しく声をかける。
なんだかんだでこの世界の人々は異様に順応性が高い。
シャロンもきっとタマを避けずに付き合ってくれるはずだ。
タマは首を振ると千夏を見上げた。
「自分でいいましゅ」
「うん、わかった。大丈夫だよ。タマはとっても可愛くていい子だから。アルフォンスもセレナもタマが大好きなんだよ」
千夏はきゅっとタマを抱きしめる。
「タマもみんなが大好きでしゅ」
にっこりと笑うタマはとても愛らしく、千夏の母性本能をくすぐる。
千夏はぎゅっと再度タマを抱きしめる。
コンコンと軽いノック音が聞こえてくる。
「どうぞ」
千夏はタマを抱きかかえたまま応える。
ドアを開け、千夏と同じメイド服を着た本物のメイドさんが一礼して室内に入ってくる。
「失礼します。トゥルー伯爵夫人が目を覚まされました。お部屋のほうにおいで下さい」
「わかりました」
千夏はタマから手を離しメイドの後に続いて部屋を出る。
すでにエドと別邸の執事であるタッカーが客室に揃っていた。
トゥルー伯爵夫人はベットで上半身を起こし、担ぎ込まれ経緯をタッカーから説明を受けている最中だ。
青白かった顔色はほんのりと赤みをおびている。どうやら行き倒れていた事を恥じているようだ。
タッカーは入室してきた千夏を指し示す。
「彼女があなたをここに運んできました」
「お体のほうは大丈夫ですか?」
伯爵夫人は千夏を見て気まずそうに笑い、おっとりとした口調で感謝を述べる。
「ありがとう。助かったわ。実は食べ過ぎて気持ち悪くなってしまったの。お騒がせして本当に申し訳ないわ」
千夏も過去に食べ過ぎて気持ち悪くなった事があるので全く気にならない。
「あります。そういうこと。お腹いっぱいなのに止まらないんですよね」
「そうなのよー!久しぶりにタピを食べたら止まらなくて」
タピとは辛い香辛料で肉と野菜を合えたもので、レタスのような野菜で巻いて食べる食べ物だ。
辛いのでガブガブ飲み物をとり、食べては飲みを繰り返してしまったらしい。
「やっぱり暑いときは辛いものが一番ですよね」
「あの辛さがたまらないのよね」
千夏と意気投合して話しているトゥルー伯爵夫人に向かってエドは眼鏡を押し上げながら尋ねる。
「誰か迎えにこさせますか?トゥルー伯爵夫人、いえセラ様とおよびした方がよろしいですか?」
ピタリとトゥルー伯爵夫人は固まったようにはしゃいでいた手をとめる。
数度瞬きを繰り返すと、ゆっくりとエドのほうに視線を向ける。
「あらららぁ?なんでわかったの?」
口元はにっこり微笑んでいるが目が笑っていない。
「やはりそうでしたか。半信半疑でしたが……。
判ったのは骨格と目元からです。特に目元はお兄様とそっくりでいらっしゃいます」
彼女はここ十数年人前にまったく出てこなかった。
賭けでそう呼んでみたものの、どうやら本人で間違いなかったらしい。
エドは自分を強い視線で射抜くように見るトゥルー伯爵夫人……いや、セラを平然と見つめ返す。
さきほどまでちょっと抜けたような話し方をしていた人物ががらりと気配を変えた。
まるで猛禽類のような鋭い視線を光らせる豹変ぶりに、千夏は唖然とする。タッカーも緊張した場の雰囲気に息を飲む。
「骨格と目もとねぇ……兄にそんなに似てるかしら?ごく平凡な顔立ちなのだけど」
セラはベットから起き上がると、ゆっくりとエドのほうに近寄っていく。
「ふぅん。想定外だわ。まさか私を知っている人がいるなんてね。大抵の人は私の存在なんてすっかり忘れているのに」
セラは顔を近づけ、間近でエドの顔を覗き込む。
「実は10年ほど前に一度お見かけしたことがあるのです」
エドは怯むことなく、セラの視線を受け止める。
しばらくの間無言で互いを探り合う二人。そしておいてけぼりの千夏とタッカー。
「あの、トゥルー伯爵夫人?」
沈黙に耐えられなくなった千夏が、おそろおそる声をかける。
セラはエドとの探り合いをやめ、くるりと千夏のほうに振りにこりと微笑む。
「ごめんなさい。実はそれ偽名なの」
「偽名?」
「そう。そこの眼鏡の執事さん、私をチナツさんいいえ、ミジクの救世主に紹介してくださらないかしら?」
セラは先ほどまでの殺気走った視線を納め、エドを顧みる。
エドは一歩前に進み、千夏に向かって彼女を紹介する。
「このお方はセラ=リエール=エッセルバッハ様。我が王国の王妹殿下でいらっしゃいます」
国の名前が誤っていました。修正しました。




