ホロホロ鳥
「お客さん、朝食食べないのかい?」
ドンドンと扉を叩く音で千夏は目を覚ました。
昨日は食後に部屋に戻ってやることもないのでさっさと千夏はそのままベットに潜り込んだのだ。部屋はベットと荷物を置ける小さな棚があるだけで、他には何にもなかった。
(そういえばお風呂あるのかなぁ……聞くの忘れてた)
もう少しだらだら寝ていたいが、今日はホロホロ鳥を探す予定になっていたことを思い出し、渋々ベットから千夏は這い出た。せっかくなので朝食を食べに一階に降りる。
眠い目をこすりながら一階におりると、食堂には殆ど人がいなかった。
「顔を洗うなら、裏に井戸があるからそこで洗いな。朝食は席に運んでおくから。それと朝食がいらない場合は前の日の夜までに言っておくれ」
宿屋のおばちゃんにせかされて千夏は宿の裏にある井戸へ向かう。
ポンプ式の井戸のレバーを押しながら水をくみ上げる。水道が欲しい。顔を洗うのだけで面倒だなぁと千夏はぼやく。顔を洗ったがタオルがないことに気が付き、仕方がないので上着をめくって顔をふく。
日用品も買わなきゃだめか……日本だったら宿にタオルやアメニティグッズがあるのに。日本円にして3000円くらいで泊まれて朝食と夕食がつくならこんなものだろうか。洋服も買わなきゃいけないし、いろいろお金かかる。
食堂に戻って黒パンと野菜のスープの朝食を食べながら千夏は考え込む。相変わらず黒パンが固い。千夏はおいしいごはんを食べてだらだら寝ながら過ごす生活がしたい。だけど宿のごはんはあまりおいしく感じられなかった。
お風呂について一応聞いてみたが、「貴族専用の宿にじゃないんだから、あるわけない」と呆れたように宿屋のおかみさんに言われてしまった。そうなるとお風呂をあきらめて井戸で汲んだ水で体を拭くくらいしかできない。千夏はお風呂にのんびりつかるのも大好きである。このまま宿で生活するにはストレスがたまる。
(異世界に行った小説の主人公たちはお風呂はどうしてたっけ?……確か土魔法で湯船を作り火魔法と水魔法でお風呂を沸かしてたよね?よし、魔法を覚えよう。そして冒険者ギルドで依頼を受けてお金をしばらくの間稼ぎ、一軒家とメイドさんを雇おう)
なぜメイドさんかというと自分で掃除したり料理を作るのが面倒だからだ。だらだらライフには多少働かないと近づけないことを千夏は再認識する。
その後部屋に戻り昨日カリンからもらったギルド主催の各講座開催表を見る。魔法講座は明後日に開催されるらしい。ちなみに気功講座は明日だった。講座に参加するのに銀貨1枚が必要で、やっぱり何事にもお金がかかる。
講座がない今日は当初の予定通りホロホロ鳥を食べて、少しストレスを下げておくことにする。部屋に鍵をかけて一階におりた後、おばちゃんを捕まえてホロホロ鳥が売っている場所を聞き出し、千夏は宿を出た。
外に出るとメインストリートにはたくさんの露天があり、活気よい掛け声があちこちから聞こえる。食べ物、服装関係、小物等いろいろな出店が溢れていた。千夏は宿から出て最初の小物屋で千夏は日用品のタオル数枚と石鹸を買う。
(そういえば洗濯ってどうするんだろう。自分で洗うの?)
洗濯板と大きなたらいも小物やで売っていたので仕方なく購入。手洗いの洗濯はかなり重労働だ。一応千夏は女の子(?)なので面倒だからといって同じ汚れた服を何日も着るのは無理だ。
全てをアイテムボックスに入れ、手ぶらでホロホロ鳥が売っている場所へ急いで向かう。のんびり歩いていると欲しい食べ物とかを衝動で買ってしまいたくなるからだ。後でギルドに行ってFランクの依頼内容と報酬みてから買い食いするのでも遅くはない。
「安いよー、ホロホロ鳥。いつもなら銀貨5枚のところを今日だけ銀貨4枚の大盤振る舞いだ。買った、買った!」
教えてもらった場所から元気のいい少年の声が聞こえてくる。露店の奥には山とつまれた鳥肉。道く人々を一人一人捕まえて懸命にホロホロ鳥を売ろうとする少年。
(ホロホロ鳥っておいしくないのだろうか……)
さきほどからじーっと見つめているが、全然売れる気配がない。値段が安くなっていることと、売り子の少年があまりにも必死な姿に千夏は疑問を感じた。
「ねぇ、ちょっとなんで今日は銀貨4枚なの?不良品だったりするの?」
千夏は怪訝そうに少年に尋ねた。安く買えるにはありがたいが、少年の言動をみているといわくつきな雰囲気が漂っているため、なんかが気になる。
「な!バカなこというな。昨夜遅くに絞められた新鮮なホロホロ鳥だ」
悪評を立てたられたら商売どころじゃないと、少年はすぐさま千夏に怒りながら言い返す。
「じゃあなんで今日だけ安いの?」
「それは……」
突然少年が挙動不審になり黙り込む。
(怪しい……)
じと目で千夏は少年をみる。千夏は美味しいというホロホロ鳥が食べたいのだ。いわく品など論外である。
少年は千夏から目をそらす。少年がそらしたほうから男が一人駆け寄ってきた。
「あ、兄貴!」
駆け寄ってきた男は残念そうに少年に告げた。
「ウォル、タスマンさんのところは1羽だけ買ってくれるそうだ」
「1羽だけか……。こっちは売れたのは3羽だけだ。あと16羽もあるんだ……」
少年が青い顔をして露店の奥に積まれたホロホロ鳥をみる。
「ねぇ、なにがあったの?」
先ほどから無視されていた千夏が再度少年に尋ねる。
少年は千夏の声が聞こえていないらしい。代わりに兄貴と呼ばれた男が千夏を見る。
「どうした、お嬢ちゃん」
「なんで今日だけホロホロ鳥が銀貨4枚なの?もしかして美味しくないの?」
「いいや、普通のホロホロ鳥だ。めちゃくちゃうまいぞ。ただホロホロ鳥は値段が高いんで一日に4羽売れればいいところなんだが、こいつが数字を間違えていつもの5倍も仕入れてきやがったんだ。ホロホロ鳥は鮮度が大切で、絞めた次の日までうまくて、それ以上経っちまうと味が格段に落ちるんだ。ここにあるやつは明日には売りもんになりゃしない。できるだけ安くして今日中に売るしかないんだ」
苦い顔しながら男はいった。
どうも仕入れ値ぎりぎりまでさげて銀貨4枚らしい。ちなみに普通の鳥肉は1羽あたり銀貨2枚だ。
(なるほどねー)
再び客寄せをはじめた少年を見ながら千夏は納得した。とりあえず安く手に入るわけである。1羽買って帰ろうかと思ったが、売れ残った肉がどうなるのかが気になった。
「売れ残ったらどうなるの?」
「まだ食えればいいが、とても食えたものにならんので、捨てるしかないだろうな……」
はぁと溜息をつきながら男が答える。仕入れ値で売れても赤字だ。
しかし、捨てるとはえらくもったいない話だ。
(全部買ってアイテムボックスに保存しとくとか……でもずっと同じ鳥だと飽きるよね。それにほかの食べ物も食べたいし)
どうしようかと千夏は悩む。10羽買ったとして銀貨40枚。金貨4枚分になる。出費が痛すぎる。
「あのさぁ、どこか食堂のツテないの?」
「あるさ。さっき知り合いの店を全部まわってきたが、売れたのが1羽だけだった。1羽で10人分食べれるし、食堂もそんなにオーダーがあるわけでもないしな……」
「じゃあ、店に買ってもらうんじゃなくて、別の方法で売れればいいんだよ。食堂にツテがあるのならなんとかできるかもしれないかも?とりあえずお肉が無駄にはならないと思うよ」
千夏は考えた末に出した提案を男に話し出した。
「おかわり!」
千夏が食べ終えて綺麗になった皿を持ち上げてそう言った瞬間、周囲に集まった人々が「おおっ」と歓声をあげる。
ここはホロホロ鳥で商売をしている兄弟の知り合いのお店「タスマン食堂」。その横にできた特設お食事場所である。そこには長いテーブルが置かれており、必死な形相をした男たちが鳥肉をかき込んでいた。のんきに食べているのは千夏だけである。
千夏の提案はフードファイトの開催であった。参加費が一人銅貨5枚。優勝賞金が金貨10枚となっている。ちなみに優勝できなかった人は食べた分を自腹で払うことになっていた。もちろん千夏が優勝するつもりなので架空賞金だ。
一攫千金できておいしいホロホロ鳥が食べ放題でおなかもいっぱいになる。ここは大きな街であり、冒険者も多いためかなりの挑戦者が集まった。参加者が30名余り。参加費用だけでも銀貨3枚ほどの収益でた。その銀貨3枚は場所代と調理代として店主に支払済だ。
現在トップは千夏。すでに7皿をたべきったところである。神様からもらったスキルはうまく動作しているようでいくらでも食べられる。1皿は1.2人分あり、大皿にかなりのボリュームの肉がのっかっている。ホロホロ鳥の皮はパリッとして中の肉はとってもジューシーでとても美味しい。味付けはハーブと塩と胡椒でサッパリ味だ。
ちらりとほかの参加者に千夏は目を向ける。5人ほどが6皿目を四苦八苦しながらも食べている。
「この調子で頑張ってくれ」
新しい皿を千夏のもとへ運んだウォルが笑顔で応援する。
最初千夏の提案をホロホロ鳥行商兄弟は馬鹿馬鹿しいといって却下した。千夏が負けたら金貨10枚を払う金などないからだ。兄弟はどうみても千夏に勝てる要素をみつけることができなかった。
しかし、千夏の一言で開催が決定した。
「もし負けたら私が払うからいいよ」
もちろん千夏は負けることなど考えていないので、お金を払う気はまったくない。
結果は千夏12皿(まだまだ食べれたが、肉がなくなったのだ)。文句なしの優勝である。泣く泣く大量の銀貨を払う敗残者たち。
「あの女人間じゃねぇ……」
まだ物足りなさそうにお皿をながめている千夏に周囲の人々はドン引きした。結局ホロホロ鳥1羽 銀貨5枚以上の売り上げが出て、千夏の食べた分はタダになった。
「すごいなあんた。本当にありがとう」
ウォルは何度も千夏に頭をさげる。
「しかし、その体のどこに入ったんだか。全然腹が膨れてないみたいなんだが…」
「乙女のおなかをじろじろ見るな」
千夏はそう文句をいったがニコニコ顔である。なにせ太らないことが実証されたのだ。体も別に重くなっていないし、普段通りに動かせた。
「今回の借りはいつか返すよ」
ウォルの兄セドリックも感謝いっぱいの笑顔だ。
ホロホロ鳥料理の売り上げ以外にも見物人たちも飲み物や食事をしていってくれ、店の売り上げが上がったタスマンもほくほく顔である。
「あんたなら王都の大食い大会でも勝てるかもな」
「大食い大会?」
「ああ、秋に毎年開催されてるんだ。いろんなうまいもんが出てくるぞ」
確認したところ、今は初夏らしい。1年は12ヶ月で1ヶ月は30日。本日は5月20日だそうだ。基本的なことを質問する千夏に(やっぱり人間じゃないのか…?)とウォル達は首をかしげる。
大食い大会は9月10日に行われるそうだ。今からとても楽しみだった。
誤記を修正しました