メイド
次の日の朝、千夏はすっきりと目が覚めた。身を起こしてうーんと体を伸ばしベットから降りる。隣のベットはすでにもぬけの空だ。
千夏はカーテンと窓を開け、王都の朝の風景を眺める。気持ちいい風が部屋の中へ流れ込んでくる。街路樹は青々と輝き、照り付ける太陽は少し暑い。
昨日はあのまま寝てしまったようで、寝汗で服がべったりとしている。この屋敷にはお風呂場がある。この時間にはもちろん沸いていないが、自分で沸かせばいいので問題はない。
千夏は一度リフレッシュの魔法を全身にかけてから、上機嫌でお風呂場に向かう。
朝風呂を気持ちよく浴びた後、ミジクで買ったワンピースを着る。火照った体にひんやりとクールの魔法が発動する。サンダルも履き替え、千夏は一階の大広間へと向かう。
階段を下りている最中に千夏を起こしにきたエドと会う。
「おや、珍しいですね」
普段はエドに叩き起こされるまでベットから千夏は抜けださない。
「今日はなんかすっきり起きれたのよね。ところで、昨日あの後どうだったの?」
千夏はエドと昨日の出来事について話しながら、食堂へと向かう。
ホリーたちパーティと合流したこと、今度飲みにいく約束をしたことなどを聞き、誰もケガなどせずに無事に帰り着いたことを知る。
食堂にはすでにアルフォンスとセレナが席についている。二人は朝から街を走ってきたようで、流れる汗を拭きながら冷たいお水を流し込んでいる。
「おはよ。この後お風呂沸かそうか?」
「おはよう。そうしてくれると助かる」
「おはようなの。チナツそれ新しいワンピースなの。かわいいの」
(おはようさん)
「修行解禁になったのね」
テーブルにつくとさっそくサラダやパンなどを配り始めたエドに千夏は尋ねる。
「走り込みだけは許可しました」
アルフォンスとセレナには朝から肉料理も配られる。タンパク質を多めにとる必要があるからだ。
全てが給仕されたところで、各自お祈り等を行った後に朝食を食べ始める。
千夏は無宗教なので、「いただきます」と軽く手を合わせる。
「さて本日の予定ですが午前中はヴァーゼ侯爵邸に赴き、魔石についての調査結果を教えていただきます。午後はレイモン伯爵邸主催のガーデンパーティへの出席。その後仕立て屋に寄り、仮縫いを行ったあと、エトス伯爵邸で夕食会となります」
「わかった」
アルフォンスはパンを頬張りながら、頷く。普段は辺境にいるため、王都にやってきたときは最新の情報の入手や、貴族との顔つなぎなどやることはいっぱいある。
「本日はセレナさんやチナツさんも同行していただきます」
フェルナーと会うのは問題ないが、ガーデンパーティだの夕食会で何をすればいいのだろう。千夏は素直にエドに質問することにした。
「基本は従者の待合所での待機ですね。お茶でもしながら他の貴族の従者から、何か情報が得られればいいでしょう」
つまりスパイ活動ということか。口下手な千夏が相手から情報を引き出すのは難しい。
「難しそうなお仕事だね……」
「普通に世間話をしてもらえれば問題ありません。あと服装ですが、こちらの屋敷のメイド服を着ていただきます」
「え、シルフィンはどうするの?」
メイド服で剣を携帯することはできない。いかにも怪しすぎる。
「馬車において置くかチナツさんのアイテムボックスに収納するしかないですかね。表だって護衛を連れていけば、相手の貴族が警戒しますので」
冒険者になってからお風呂のとき以外は常に腰に剣をつけていたセレナは、剣と離れることが不安でしょうがない。
アルフォンスにもセレナの気持ちがよく分かる。アルフォンスも正装している最中は腰に剣をぶら下げることができないからだ。
(どちらもごめんやな。ちょいまてや)
シルフィンがそういった瞬間、妖精剣が緑色の光を放つ。セレナは驚き腰にさした剣をじっと見つめる。光輝く剣はみるみるうちに姿を小さくしていく。光が収まったときには一振りの短剣へと姿を変えた。
(このサイズなら隠し持っていけるやろ)
セレナは妖精剣を腰から外し、テーブルの上に乗せる。長さ15センチほどの小ぶりの短剣だ。
「さすが神器。サイズを変えれるのか」
アルフォンスは目を丸くして小さくなった妖精剣を触り、鞘を引き抜こうとするが鞘から剣が出てこない。相変わらずセレナでなければ抜けないらしい。
「問題は解決したようですね。それでは各自着替えて30分後には玄関ホールで集合です」
エドにせかされて、全員朝食を慌ててかきこむ。
慌ただしい朝食が済むとメイドさんたちに連れられて、メイド服へと着替える。バーナム辺境伯別邸のメイド服はモスグリーンのワンピースにクリーム色のエプロンをあしらったエプロンドレスだ。スカート丈は膝丈でその下に長めの白いレース付ソックスを履く。最後に先が丸い茶色の革靴を履いて準備完了だ。
セレナのスカートには尻尾を出すようにおしりに少し切れ込みが入る。メイドさんがスカートの中の尻尾を引っ張り出すたびにセレナが「ひゃぅ!」と短い悲鳴を上げる。
無事尻尾を出しきったあと、千夏がセレナのスカートをまくりあげて、左足の太ももに妖精剣を括り付ける。
最後にメイドさんたちに身だしなみチェックをしてもらい、OKをもらうと玄関ホールへと向かう。玄関ホールにはすでにアルフォンスが準備を終えて待っていた。
ダークグレーのシンプルなスーツに首元は淡いピンク色のアスコットタイ。靴はピカピカに磨かれており、片手には白い手袋を重ねて持っている。
どこからみても立派な貴族の御曹司の姿だ。
「お、なかなか似合っているぞ、二人とも」
千夏とセレナの出来栄えに満足そうにアルフォンスは頷く。
「服装だけは立派なメイドさんだけど、礼儀作法とか全然わからないよ?エドは一緒にいかないの?」
千夏は自信なさげにぽりぽりと頭をかく。
「午前中の侯爵家にはご一緒しますが、午後からは別行動になります。やっていただくことはたった一つのことだけです。他家の貴族の前では、アルフォンス様から少し離れて後ろに立ち、顔は少しうつむき加減に斜め下あたりを見ることです。
つまり真正面から貴族と目線をあわせなければいいのです。訪問先の貴族と挨拶が終わればチナツさんとセレナさんは従者の待合室に連れていかれます。そこでは普段通り振舞っても誰も気に留めません」
「分かった。なんとかやってみる。だけど、あんまり期待しないでね」
「護衛が本業である事は認識しております。無理をする必要はありません。気楽に世間話をしにいくくらいの気持ちで結構です。それでは、参りましょうか」
今日はエドも馬車に乗り込む。侯爵邸を訪ねた後に別行動となるので、御者は別邸の下男が勤める。
本日最初の訪問先のヴァーゼ侯爵邸へと馬車は走り出した。
初評価ありがとうございます。
励みに頑張ります。




