フィタールのダンジョン (4)
しっかりと夕食をとった千夏達は何度もお礼を言うハンス達と別れ、ダンジョンの隠し通路へと向かう。魔石が落ちている大空洞と進む方向が異なるからだ。
三階の入口でヘルハウンドを50匹近く倒したのだ。魔物に遭遇せずに順調に進んでいく。ランドルフの指示通りに進むと、行き止まりにぶち当たる。
「ふふ。ここの岩をどけると隠し通路があるのよ。わからないものでしょ?」
突き当りの壁のちょい手前に高さ5メートル、横幅3メートルほどの岩がある。ランドルフはそれを指し楽しそうに笑う。
セレナとアルフォンスが岩を必死に横に押すがびくともしない。千夏も手伝うが、微妙に一センチほど動くだけでとどまる。
「というか、こんな岩どけようなんて思う人いないから」
喘ぎながら千夏は精一杯岩を押す。
「んもう、若いくせに根性が足りないわね。ちょっとお退きなさいな」
ランドルフは岩を両手で掴むと、「うりゃぁー!」と男らしい掛け声とともに、ずるずると岩を真横に移動させる。筋肉で膨れ上がった両腕にピンクのフリルのシャツが悲鳴を上げる。
「さてと、行きましょうか」
岩に隠れていた通路がむき出しになると、ランドルフはその中へと進んでいく。
「よく、こんな通路みつけられたの」
感心したようにセレナは隠し通路を眺める。
「まぁ、たまたま偶然ね。昔、ダンジョンに迷ってこの行き止まりに着いちゃってね。思わずむしゃくしゃして、岩を蹴ったら動いたのよ。私もやんちゃな時があったのよ」
蹴っただけでこの大岩が動くなど想像がつかない。逆に足を痛めるだけだ。あまりの非常識さに千夏は何もコメントができない。
「さすが、Sランク冒険者なの」
セレナは尊敬の眼差しでランドルフを見つめる。
千夏の元いた世界ではいくら体を鍛えようとも人にできる限界がある。だが、この世界ではレベルというものがあり、鍛えたら鍛えただけ無限に強くなっていく。
千夏やセレナも冒険前と比べてかなりレベルが跳ね上がっているが、本人たちは自覚していない。目の前にいる異常な力強さをほこるランドルフを見ていればなおさら気が付かない。
隠し通路の道幅はだんだんと広くなり、奥のほうから強い光が点滅を繰り返しているのが見える。色鮮やかな光を発しているのは、一メートルほどの大きな珠で珠の中には読み取れない大量の文字が浮かんでは消えていく。
「これがドラゴンオーブよ」
ランドルフは目を細め、まばゆい光を放つ珠の前に立つ。
「最初、これを見つけたときは何であるかはわからなかったわ。とあるきっかけで友人になった竜と親しくするようになってから、これがドラゴンオーブであることを知ったの」
「これが、ドラゴンオーブか!」
アルフォンスは光輝く珠に近寄り、興奮気味にそれを触ろうとする。すぐに伸ばした手をぱしりとランドルフが叩き落とす。
「だめよ。これを読み取れない人が触れば半日は気絶するわ。大量の知識量が流れ込み、頭がパンクするのを防ぐためにね。痛い目をみるだけみて特になにも変わらないわ」
実際自分で試してみたのだろう。ランドルフが苦々しそうに、明滅するドラゴンオーブを見据える。
「でも、竜は別よ。さぁ、タマちゃん。触れてみて」
ランドルフに促され、タマは頷くと空中から短い腕を伸ばし、そっとドラゴンオーブに触る。
その瞬間ドラゴンオーブが強烈な光を発し、タマを光が取り囲む。千夏は手を目の前に翳し、薄目を開けて成り行きをじっと見守る。徐々に光が収まり、元の強さに戻っていく。
「タマ、大丈夫?」
空中から墜落したのか、タマは地面に転がっていた。千夏に支えられながら、タマはよろよろと立ち上がる。
「頭がくらくらするでしゅ」
「動けるようなら問題はないわ」
ランドルフはタマを持ち上げ、太い腕の中で囲い込み優しく撫でる。
(せっかくやからチナツも触ってみたらどうや?チナツならいけるで)
千夏は魔法の理について全く勉強をしていない。
シルフィンは手っ取り早く上級魔法を覚えられるチャンスだと強く千夏に勧める。
もし、魔王が復活していたら中級魔法だけでは戦い抜けないとも。
「私も試してみる価値はあると思いますよ?」
エドはシルフィンの意見に賛成だ。千夏の性格からして、面倒な勉強をするはずがない。シルフィンがいうように魔王が復活を信じているわけではないが、何かが起きようとしていることは事実だ。強くなって損はない。
「でも、ダメだったら気絶しちゃうんでしょ?」
千夏は中級魔法を転写されたときのダメージを思い出し、思わず身震いする。
「その時は私が負ぶって連れて帰りますよ。中級魔法だって痛い思いをしただけの効果はあったでしょう?」
エドの言葉に千夏は確かにと考え込む。ここ最近は魔物退治が多くなっている。
「あら、なぁに?みんなで秘密会議かしら?」
シルフィンの声が聞こえないランドルフは不満顔だ。ランドルフをのけ者にするつもりがないエドは、簡単にシルフィンのことを説明する。
「妖精剣ね。気にはなっていたのよね、その剣。ただの剣にしては、ただならぬ気配がするし。それ、ヒヒイロカネ製でしょ。ということは、さっき使った返し技もその妖精から伝授されたのね。納得いったわ」
「これ、ヒヒイロカネだったの」
しげしげと引き抜いた剣をみながらセレナは呟く。
ヒヒイロカネはこの世界に微量にとれる鉱物の一つである。ミスリルや希少鉱物であるオリハルコンと比べても絶対量が少ない。ヒヒイロカネで作られた武器は神器と呼ばれるほどの性能を誇る。
「あんたには過ぎた武器よね。もっともっと強くなって、その剣を使いこなしなさいな」
憧れのSランク冒険者に発破をかけられ、セレナは力強く頷く。まだ返し技を一つ覚えただけだ。まだまだ力が足りない。
「それで、どうするの?」
すやすやと腕の中で眠りについてしまったタマを撫でながらランドルフは考え込んでいる千夏に声をかける。千夏はぐっと顔をあげはっきりと答える。
「やる。倒れたらちゃんと運んでね」
「もちろんです」
エドから返事を聞くと千夏は恐る恐るドラゴンオーブを触る。またもやオーブから光の洪水が溢れだす。
想像していた痛みはない。ドラゴンオーブから大量の記憶が千夏へと流れ込んでくる。
このオーブの持ち主であった竜は火竜だった。長く時を生きた火竜は、魔力溢れるこのダンジョンを最後の時を過ごす場所に選んだ。
竜として生きてきた膨大な記憶の欠片や竜が理解していた魔法の理、そして竜のもっとも得意としていた火属性の魔法。
次から次へと流れ込んでくる膨大な知識に、千夏は気が遠くなる。強いめまいを感じ、千夏はオーブから手を離しくらりと倒れこむ。倒れる千夏をアルフォンスが慌てて受け止める。
まばゆい光を放っていたオーブが落ち着いた光へと戻っていく。
(駄目やったか?)
心配そうなシルフィンの声に千夏は弱弱しく首を振る。
「なんとか行けたっぽい。だけど、力が入らないの……」
そう答えると千夏は気を失う。だらりと倒れこんだ千夏をアルフォンスはエドへと引き渡す。エドは千夏を受け取り、背中へ担ぎあげる。
「明日も予定がいろいろ詰まっています。さっさと戻りましょうか」
「そうだな。目的は果たした。帰ろう」
帰り道の戦力はアルフォンスとセレナの二人だけだ。いざとなったらエドも介入してくるだろう。
アルフォンスは先頭に立ってきた道を戻り始める。そのあとにエドとランドルフが続き、殿をセレナが務める。
地下二階へと続く道で、先ほど別れたホリーたちの背中が見える。ホリーはアルフォンス達の足音に気が付くと立ち止り振り返る。アルフォンスは立ち止ってこちらの合流を待っているパーティに声をかける。
「そっちも用事が済んだのか」
「ああ、おかげ様でな。小さな欠片だが4つほど魔石を拾うことができたよ」
ヒューズは嬉しそうに答える。
ホリーはすやすやと眠るタマと千夏を覗き込む。
「なんだ、竜と嬢ちゃんは寝ちまったのか」
「あれだけ動き回ればそんなもんだろう。帰り道は俺たちに任せてくれよ」
「そうだよ、借りを返させてくれ」
次々と同意するパーティの感謝の気持ちをくんでアルフォンスは笑顔で答える。
「そうだな。頼む」
「「任せておけ」」
行き程ではないが途中で何度か魔物に遭遇する。彼らは順調に魔物を倒していく。
アルフォンスやセレナの出る幕はない。
歩き始めて2時間ほどで、無事に出口へと辿り着く。外に出ると辺りはすでに暗闇に包まれていた。
「しばらく王都にいるんだろ?今度飲みにでも行こうぜ。奢らせてくれよ。ギルドに来てくれればいつでも連絡が付くようにしておくからさ」
別れる前にハンスが名残惜しそうにアルフォンスに声をかける。
「そうだな。用事が済んでからになるから、だいぶ遅くなるがそれでも問題はないか?」
「ああ、俺たちは王都に住んでいる。問題はないよ。じゃあ、またな」
ハンスが手を振ると、彼らは転移魔法で王都へと戻っていく。
アルフォンス達も転移魔法で屋敷の前へと辿り着く。
「タマちゃん、眠ちゃったから道案内の報酬はそのうちに取りに来るわ」
ランドルフは、眠ったタマをセレナに渡すと「じゃあね」と小さく手を振って自分の家へと戻っていく。
門番に門を開けてもらい屋敷の中に辿り着いたのは21時を少し過ぎた時間だ。
「ダンジョンに行けたし、修行にもなった。今日は充実した一日だったな」
アルフォンスは体をぐっと伸ばし、満足そうに笑う。
「それはよかったですね。明日からはスケジュールが詰まっています。寝坊しないようにしてくださいね」
エドはアルフォンスにそう声をかけてから千夏の部屋に向かう。セレナも少し眠そうについてくる。
千夏とタマをベットに運ぶと、セレナも自分の部屋へと戻っていく。
「おやすみなさい」
エドはそう声をかけるとドアを閉じた。
 




